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客先との打ち合わせがあって、スーツで出勤した日。
「おや、今日はどこ?」
「水天宮。昼メシは親子丼だ」
「並ぶの?いいなあ。私、行ったことない」
水元とそんな会話をしていると、津田がのんびりと顔を出す。
「ウチ、戌の日のお参りの時に行ったー。好みが分かれるよね、あれ」
「津田君も行ったことあるんだ!悔しいっ!食べたいっ!」
笑いながらそんなことを言う水元は、ちょっと可愛らしい。
社内では責任者面してるから若手社員とは距離置いてるし、経理ってのは他の部署からは頼りにされる反面、煙たくもあるのだ。
「友達とでも行けば?」
「何人か、誘ったことはある。親子丼食べに、そっちの方まで出たくないって断られた」
まあ、確かに水天宮は戌の日のお参りってイメージで、わざわざ出て行く気にはならない。
「大体、最近みんな子育て真っ最中で、学生時代の友達は、遊んでくれない」
それについては同感で、俺の友人たちも頻繁には集まらなくなった。
「長谷部さんと行けば?両方とも、条件一緒じゃん」
津田がケロリと口を挟む。
こいつは裏も表も深読みもないから、発言にもまったく頓着しない。
「えーっと津田君。私の休日は暇ばっかりだとでも?」
俺の休日は暇ばっかりだけど、水元は何かあるんだろうか。
「あ、怒る人がいます?スミマセン!」
頭を下げる津田に、水元が膨れた顔をしてみせる。
「……悪かったよ、バツイチで。年下大歓迎だから、津田君の友達紹介して。できれば高収入で」
「そんな非人情なことはできません」
「どういう意味よ!」
休みの日に会社の人間と出歩くって発想が、そもそもなかった。
女の子たちが、買い物に行くとか旅行に行くとか騒ぐのを、不思議に聞いていた。
山口が津田の家に遊びに行ったり、津田の奥さんが野口さんと連絡を取っていたりしても、仕事の続きを家でしているような感覚でしか、見てなかった。
下田さんと出掛けたことすら、何か義務めいた感じがしていて、自分自身がどうしたいのか全然考えなかった。
「旨かったら、案内してやるよ。水元の奢りで」
他の人が普通にしていることを、してみようと思っただけだったけど。