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「最近、肩揉めって言わないなあ」
「あれ、そうだった?」
きょとんとした顔は、本当に気がついていなかったらしい。
「ちょっとはマシなのか?」
「んーん。鍼に行った後は、何日かいいんだけど」
どれ、と肩に指を掛ける。
「冷え性だからじゃないのか?身体動かしたら?」
「運動神経、ぶっちぎれてるもん。生姜サプリは飲んでるんだけどな……って、痛い……会社の冷房で足が冷えちゃってねえ」
「本当にババア」
「同い年じゃない。これから一花も二花も咲かせようっていう……痛いって」
「水元、彼氏いるの?」
「ああ、バツイチはもてるって話だねえ。話だけだけど。どこで見つけろって言うのよ」
水元が茶碗蒸しをスプーンで掬って口に運ぶ。
口紅がかすれて、素の唇の色が見えてる。
水元って、女だったんだな。改めてそう思った。
気を張らずに喋れるし、仕事も信頼できて、同じ年数だけ同じ場所にいる同志だけど、女なんだ。
うっかり忘れてたけど、体力は俺より格段に低くて、もしかしたら子供なんかも産むんだ。
「痛いから、もうっ!」
水元が肩を引く。無意識に水元の首を揉んでいた俺は、ぼんやりとしていた。
「長谷部君、酔った?お開きにしようか」
水元が俺の顔を覗き込む。
酔ってない、酔っちゃいないんだけどさ、なんか調子が狂う。
「ま、明日も仕事だしな」
「そうだねえ。ああ、明日でやっと金曜日かぁ」
「俺は土曜出勤だぜ」
「はいはい、お疲れ様。いいじゃない、デートの予定があるわけじゃなし。しっかり稼いで」
そうだな。気詰まりなデートは、もうない。
家でテレビ眺めてるよりは、いいか。
池袋まで一緒に出て、閉まるドアに向かって手を振る。
去っていく窓越しに見た水元は、俺が思っていたよりも、頼りなさげに見えた。
離婚した後も、水元は気丈に仕事を続けていた。
姓を戻した時、理由を聞かれることも多かっただろう。
その度に、傷ついたことを思い出しただろうか。