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「長谷部さんって、糸川さんと飲みに行ったりしてるんですか?」
経理の派遣社員の下田さんは、なんていうかイマドキちゃんで、仕事よりもプライベート優先の雰囲気を漂わせてる。
小さな可愛い顔と、明るい色に染めた髪と、短いスカートだ。
大体ろくすっぽ口を利いたことのない俺に、何故こんな風に話しかけたかって言うと、サービス部の新人の糸川が俺に懐いてるからだ、と見当がつく程度。
利害関係がわかりやすくて、素直っちゃ素直なんだな。
「たまにはね。糸川も今、忙しいから」
「どんな話するんですかぁ?今度、連れてってくださいよぉ」
他の男目当てに気がつかなくて、気がついたら自分が除け者になっていたことは、何度もある。
座を取り持つほどの話術は心得てないから、俺以外で盛り上がってる話を耳にしながら、ただ同じテーブルに向かってるだけで、結構消耗する。
好意を持ちつつある女の子に、そんなことをされると、結構へこむんだな。
だけど悟りきった傍観者になるほど、俺もまだ諦めちゃいないわけさ。
三十四にもなれば、それ相応に家庭なんか持っちゃって、子供の一人二人ってのは、俺が学生の頃抱いてたイメージなんだけど、今の自分を鑑みてみれば、それはあんまりリアルな空想じゃなかったらしい。
そりゃ、彼女がいた時代はあった。
一番最近だと五年くらい前に、やけに「結婚したら」って言葉の出る女の子がいたな。
俺がそこまで盛り上がる前に、とっとと他の男を見つけて結婚しやがったけど。
「あなたは、結論が見えてるんだか見えてないんだか、わかんない」
「もっとじっくり考えようよ」って言ったときの、返事だった。
つまり、結婚が見えてれば待てるけど、これから考えるんじゃ話にならんってこと、だったらしい。
山口と野口さんが、一緒に会社を出て行く。
あんまり生活の見えないカップルだけど、これから一緒にメシ作ったり、洗濯したりすんのかな。いいなあ。
ドラマみたいな恋愛や、分不相応なロマンスは、期待したくたってできない。
ただ俺みたいな地味な男を、気に入ってくれる子がいれば、大切にしたいとは思う。
実際のところ、職場以外で女の子と話すことなんてないし、職場の女の子の眼中にも、入ってないけど。
つまり、お見合いシステムみたいなところに金を落とすか、このままジジイになっていくか、なのかも知れない。
両方とも、嬉しくはない。