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派遣社員の入れ替えで、経理がまたバタバタし始めた。
今度こそと思うのか、水元は常に気を張っているみたいで、帰る頃にはぐったり疲れた顔になってる。
ただ、俺に肩を差し出すことがなくなった。
無意識だろうけど、首をぐるぐる回しながら給湯室でコーヒーを淹れていたりする。
こっちから「肩を揉ませろ」なんて言うわけにもいかず、ひどいんだろうなと予測する程度だけど。
冷房に弱くて、夏になると社内で薄い上着を引っ掛ける水元の手足は、多分冷たい。
「胃が気持ち悪いから、帰る。お先に」
そう言って水元が会社を出て行ったのは、6時過ぎだった。
俺が会社を出たのは、その30分後だ。
駅のベンチに座った水元を見た。
目を閉じて、眉間に皺を寄せている。
「おい、どうした?具合悪いのか?」
そう声を掛けると、ゆっくり目を開いた。
「なんかね、上手く立っていられないの。混んだ電車だと自信ないから、ちょっと空くの待ってる」
「気持ち悪いのか?」
「吐きそうなんじゃなくて、なんかこう、目眩みたいなの。歩いている分には、そうでもないんだけど、直立してるとまわる」
顔色は悪くないけど、辛そうだ。
「水元って家、どっちだっけ」
「氷川台。だから、赤坂見附で乗り換えるんだけど」
方面は、俺と一緒だ。俺は途中で路線が変わるけど、ターミナル駅で空き座席は見つかるだろう。
「とりあえず、池袋まで一緒に乗ってこう。掴まってていいから」
次に来た電車に一緒に乗り込み、地下鉄の階段を一歩一歩確かめるように乗り換えた。
歩いている分にはそうでもないなんて言ったけど、結構ふらふらで、何度か歩調を緩めた。
下田さんみたいに、腕にぎゅうっとしがみつくんじゃなくて、肘に手を添えている程度だからかも。
ラッシュアワーじゃないけど、つり革は一杯程度の電車の中で、水元は体重を預ける場所がない。
「ごめん、ちょっと寄りかかっていい?」
「疲れてるんだろう。いいよ、体重かけてて」
腕にでも掴まるつもりなんだと思っていたから、肩に額が寄せられて、慌てた。
「ごめん。池袋まで、失礼」
そっち側の手をどうしたものかとあたふたして、結局水元の腰を支える。
電車の中の恋人たちみたいな格好だけど、そうじゃないと体勢が安定しない。
肩が薄いのは知ってたけど、腰も細いな。
ああそうか。オトコマエだけど、こいつも女だったか。
気が抜けない業務が続けざまで、気を抜く暇もなかったんだろう。
ターミナル駅で空いた座席に水元を座らせ、電車のドアの外側から手を振った。