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「なんで?彼女いないって言ったじゃないですか。先週の土曜日も、また来週って」
「俺は、そうは言ってない。否定しなかったのは悪かった、謝る」
「信っじらんないっ!」
下田さんは思いっきり顔を歪めた。
「じゃあ、なんで二週もつきあったの?長谷部さんも私のことを好きだと思ってたのに」
違和感、ありあり。下田さんが俺を好きだったことも、多分ないと思うぞ。
「本当にごめん。だけど下田さんは、俺と合わないと思う。見えてるものが、違いすぎる」
「その気もないのに、私とつきあったんですか」
いや、つきあった気はまったくないんだけど。
良かったよ、仕事が終わった時間に捕まえて。
これが会社の通路なら、明日は仕事に行けないんじゃないかと思う。
「長谷部さんって、はっきりしない人なんですね」
黙っていたら、下田さんが引導を渡してくれた。
これに感謝して、良いのだろうか?
残った仕事を片付けに、会社に戻る足は重かった。
半分くらいは、俺が悪い。
引き摺られたことを言い訳に、あわよくばってスケベ心を満たそうとしたことは否めない。
下田さんに好意を抱けなくとも、彼女にも感情やプライドはあるのだ。
他人のせいにしたのは、俺も同じだ。
引導を渡させたのも、俺だ。
もうちょっと前に、こっちから引導を渡してやりさえすれば、無駄に腹を立てさせることはなかったのに。
「長谷部さん、メシ行きません?」
残業を終えた津田が、ひょっこり顔を出す。
「今日、瑞穂と暁くん、保育園のイベントで外食なんです」
デスクの上を片付けて、パソコンの電源を落とした。
家に帰っても落ち込むばっかりだし、津田みたいにストレートな男は、話すのが楽だ。
俺より10センチばかり長身の津田は、猫背気味に居酒屋のカウンターに座った。
微笑ましいマイホーム・パパの津田が、実は結構オトナだっていうのは、ちゃんと喋らないとわからない。
逆に、ちゃんとコミュニケーションしてるからこそ、腹を割った話が怖くないんだ。
そう考えると、下田さんには本当に申し訳ないことをしたんだと思う。
だけど、これから先はもう、ないんだ。
そう思ったことで気が軽くなったのも確かで、やけに調子良く飲んだ気がする。
「珍しいですね、長谷部さんが酔っ払うの」
鈍った耳に、津田の声が聞こえた。