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「肩、揉んでやろうか?」
半分以上灯りの消えたフロアを、水元がボールペンの尻で肩を押しながら、歩く。
俺の顔を見上げた水元は、視線を固定して、断った。
「ありがとう。でも、要らない。彼女が不愉快でしょ?」
彼女って、下田さんのことか?
まだつきあってるって関係でもないし、俺にその気はない。
「長谷部君だって、自分の彼女が他の男の肩揉んでたら、イヤじゃない?想像してごらん、山口君の肩揉んでる下田さん」
言い返す前に、頭に思い浮かべてみる。
……野口さんから山口を奪うことは、不可能だろう。
あれ?労ってるとか仲が良いとかの連想じゃなくて、そっち?
下田さんのイメージ自体が、「他人に気遣いをすることの代償を欲しがる人」なんだな。
そうか、はじめに声をかけてきた時も、糸川目当てだと思ったな。
その時から全然乗り気じゃなかったのに、あの顔と押し付けられた胸に浮かれてたんだ。
「俺、下田さんとつきあってるつもりは、全然ないんだけど」
「またまたぁ。毎週デートして、帰り時間の心配までしてやって」
情報ダダ漏れ?ってか、自分の都合のいいようにしか解釈してない!
「ごめんね。仕事、引き離しちゃって。だけど私も限界だったの」
くるりと踵を返した水元の肩を、思わず掴んだ。
「違うんだって!」
もう、限界だ。思いの外早い限界だけど、我慢する必要はないんだ。
可愛いけど、悪気はないけど、素直だけど、好意を抱いていない俺には、美点より欠点が先に立つ。
はっきりしなかった俺が悪い。
ひとまわりも下の、思い込みの激しい社会経験の少ない女の子。
大人になるまで待ってやる力も、導いてやる力も、俺にはない。
わかってるのに、自分でずるずる引き延ばしてた。
「しみじみと、情けないんだけどさ」
「長谷部君が情けないのは、知ってるよ」
水元は面白そうに笑って、話を聞く姿勢になった。
気を張らないで話せる女は、オトコマエに俺の話を引き出し、「あんたが悪い」と結論付けた。
「手、出さなくて良かったね。一方的に被害者面されるとこだわ」
本当にその通りだ。
他人に言葉にしてみせて、やっと決意が固くなる。
「今度は引っ張られなくて済みそう。感謝代わりに、何か奢る」
酒が飲めない水元に、一杯奢るってわけにもいかないから、ランチくらいかな。