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「土曜日は、ありがとうございました」
月曜日の朝、にこにこしながら下田さんが言う。
「あ、いや、どうも」
こんなタイミングで、「次はありません」とは、とてもじゃないが言えない。
こうやってどんどん、タイミングを逃していくんだ。
営業開発室の山口が、珍しく作業ジャンパーを着て、一緒に現場に来るという。
「山口、作業着似合わねえなあ」
「長谷部さんが似合いすぎるんですよ。ザ・現場の人」
作業着がやけにハマっているのは、自覚している。
我ながら、現場仕事自体が向いていると思うし、俺には事務も営業も無理だ。
ヘルメットを抱える山口を、横目で見る。
整った顔と長い足は羨ましいが、こいつの外見で俺の中身なら、アンバランスこの上なし、だ。
グズグズした性格じゃあない筈だけど、「打てば響く」とは言えない。
まあ、ごつごつした外見に、ごつごつした中身が入ってるだけのことだ。
遅くなって現場から帰社すると、給湯室で水元がおかしな動き方をしていた。
「何してんの?」
「腰痛体操」
痛いときにそんなことをしても、すぐには治らないんじゃないかと思う。
「目の疲れが肩に来て、肩から腰に来るの」
そして、当然のように俺に肩を向けた。
「なんだ?俺は水元の専属マッサージ師か?」
「いいじゃなーい。女の肩なんて、滅多に触れないでしょ?」
襟に手を突っ込んでるんならともかく、服の上からじゃときめかない。
「下田さんとデートしたんだってねえ」
世間話のように水元が言う。いや、世間話か。
「早いな、土曜日の話だぞ」
「ロッカールームで下田さんが、はしゃいでたもん。仕事もあれっくらい熱心になってくれるといいんだけど。さて、さんきゅ。もうちょっと仕事してくわ」
水元は独身だから、遅くなっても誰も気にしない。
「水元、ひとり?」
「課長がまだ残ってる。大丈夫だよ、煮詰まってないから」
笑った顔は、相変わらずのオトコマエだ。