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「長谷部さん。設備施工部、今忙しいですか」
「また小商いの工事とか言わないよね?」
萩原の俺への問いに、隣の席が、即答する。
俺の所属する部署は、基本的にビル物件の空調設備の設計施工を行うので、店舗や住宅は扱わない。
「物件のエリアがダブってて、エリア外の工事店にやらせると、後でメンテ契約の時、揉める惧れが……」
その物件に関しては、開発営業部の津田から、先手回しのメールをもらっていた。
「そこを揉めないようにするのが、営業の手腕だろ」
「それが難しい工事店だから、頭下げに来たんですよう」
「山口に相談しろよ。得意だったろ、煙に巻くの」
「他部署だし、現場から離れちゃってるし」
俺より何年か先に入社した生田さんは、とにかく仕事を増やしたくないタイプの人だ。
工事店に仕事をまわすより、元請けが直接工事した方が利益率が高いのは知っている癖に、少し手が空いていても、利益が大きい仕事だけをメインに、小商いをしたがらない。
「いいよ、個人商店だろ?予算出てんのか」
気の毒な萩原を解放してやりたくて、生田さんの言葉を遮った。
多分部内で調整しても、うまい業者が探せなくて、こっちに来たのだ。
物件は今、混んでいない。予定外の工事が一日くらい入っても、俺的にはまったく問題ないタイミングだった。
「長谷部、安請け合いすんなよ。まず申請書あげてもらわないと」
「口頭で答えてから申請書なんて、よくある流れじゃないですか。萩原、とりあえず図面送って」
嬉しそうに自分のデスクに向かう萩原の後姿に、生田さんは舌打ちした。
「他部署にどうにかしてもらおうってのが、気に食わねえんだよ。長谷部は甘いな」
「こっちにも利益は落ちるじゃないですか。それに萩原、最近仕事にノリはじめたとこだし」
「本人の好不調で、請けたり請けなかったりすんのか、お前は」
イヤガラセのようにマウスをポンポン叩いてみせる生田さんに、とりあえず頭を下げておく。
萩原は今年に入ってから、仕事への姿勢が変わってきてるし、そういうヤツはこっちも応援したいんだけど。
「長谷部さん。萩原の無理を聞いてくれたみたいで、ありがとうございました」
一人前の中堅営業社員になった津田が、パーテーションの上から顔を出した。
今でこそ萩原の指導担当だけれど、こいつもいろいろやらかしたクチだから、必ず後輩のフォローに入る。
仕事ってのは失敗してナンボだから、実はやらかしたヤツほど成長が大きい。
「津田ぁ。こっちの仕事増やすように指示したのは、おまえか」
生田さんが、文句言う気満々で噛み付く。
「大丈夫ですよ。俺が行きますから、生田さんには手間取らせません」
俺のとりなしがますます気に食わなかったのか、生田さんは自分のデスクの前に、どん、と座る。
「長谷部みたいなお人好しに、直接話を持ってったら、忙しくても請けるのわかってんだろうが。ちゃんと後輩の指導しろよ」
「いや、俺も仕事が詰まってたら断りますって。大丈夫だ。行っていいよ、津田」
手を合わせる津田に合図して、場を下がらせる。
荒れ模様の生田さんの説教を聞くのは、俺だけで充分だ。
「は・せ・べ・く・ん」
給湯室でカップ麺に湯を入れていると、後ろから水元の声がした。
「今日も残業?頑張るねえ」
「いや、これ食ったら帰るけど。家に帰っても誰も居ないし、腹減ったしな」
「生田さんに、またごちゃごちゃ言われてたね」
「仕方ないね。考え方も違うし、俺はやっぱり甘いから」
水元はくすっと笑った。
「だからみんな、長谷部君を頼りにするんだよね。人が好いのは長所だよ。じゃあ、お疲れ様ー」
給湯室から洗面所に向かった水元は、化粧でも直して帰るんだろうか。
頼りにされてるのと甘く見られてるのは、違うぞ。
本当は生田さんに言い返したいことは、山ほどあったんだ。