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下田さんと行った美術館はとても混雑していて、人酔いしそうだった。
ひとりで出る時は混雑する午後を避けて昼前に動くので、それだけで結構疲れる。
「美術館なんて、小学校の社会科見学以来。絵だけじゃないんですね」
下田さんの感想は、絵やオブジェについてではなくて、「美術館」についてだった。
つまり、併設のカフェやミュージアムショップの佇まいについて、だ。
「おうちのダイニングがこんなにシックなら、ステキですねえ」
「ショップなんてあるんですね。雑貨屋よりセンスのいいディスプレイ」
うん、美術館や博物館に興味のなかった女の子なら、当然の反応なのかも知れない。
可愛い女の子が隣を歩いているってのに、一向に上がらないテンション。
仕事の義務で接待してるみたいな気になるのは、職場以外の顔が見えないからだと思うんだけど、オンもオフもこういう子なんだな。
よく言えば裏表なく、悪く言えば深みがない。
素直なんだけど、自分の中に溜め部分は少ない。
若いから、なんて言葉は爺むさいけど、実際にそのギャップは大きい。
「長谷部さん、聞いてます?」
「ごめん、ぼうっとしてた」
だって、下田さんのカラオケの点数が何点だって、聞いたって仕方ないだろ。
「これからどうします?」
軽い夕食を済ませた後、下田さんが言った。
どうもこうも、俺は帰るつもりだった。
「軽くお酒?それとも、カラオケでも」
「いや、そろそろ帰ろう?駅まで送ってくから」
「また誘ってくれるんなら、帰りますけど」
面白くなさそうな下田さんを地下鉄の入口まで送って、ふうっと溜息をついた。
下田さんは、あれで楽しかったのか?
話が弾んだわけじゃないぞ?ってか、相変わらず意味がわからなかったぞ。
チェックの半袖シャツから出た自分の腕を、無意味にさすってみた。
贅沢を言える立場でも、イキオイで恋愛できる年齢でもないんだ。
だからって、手近に懐いてきた女の子とどうにかなろうなんて、相手に対して失礼じゃないか。
二度目はないことにしよう。
下田さんがどう考えていても。