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「長谷部さん、今週の土曜日はお時間ありますか?」
下田さんに声を掛けられたのは、水曜日の朝だった。
「いや、特にはないけど」
給湯室でしたい会話じゃないなあ。
彼女は派遣社員だから、任期が終わればいなくなるけど、俺はずっとここにいるのだ。
「じゃ、どこかに行きません?」
ここで黙ってしまうのが、俺の悪いところだ。
「長谷部君、おっはよー」
水元が入ってきて、下田さんは話を打ち切った。
「じゃ、長谷部さん、また後で」
俺もコーヒーを貰って出ようとすると、水元が話し掛けてきた。
「下田さんとつきあうの?」
そう、なっちゃうのかなあ。なんだかずるずると、引き摺られて行くような気がする。
「長谷部君が、振り回されるだけ振り回されそうだね」
今、まさにその自覚はある。
「水元は、もう結婚しないの?」
バツイチなんて珍しい話じゃないし、水元はいいヤツだ。
「うーん。そう決めてるわけじゃないんだけどね。ま、めぐり合わせだから」
ちょっと肩を竦めた水元は、自分のカップにコーヒーを注ぐ。
冷え性の肩凝り、内勤の総合職は少ないから、現場に出ている俺より、責任は重い筈だ。
「いい男、いるといいな」
心の底からそう思う。
離婚の原因は知らないけど、やつれた顔をして仕事していた水元は、知っている。
「長谷部君に心配される筋合いはないの。自分がガンバレ」
オトコマエな仕草で拳を突き出した水元と、拳をぶつける。
若くはないけど、そんなに年を喰ってるわけでもない。
下田さんと一緒に出掛けるくらい、いいか。
俺も彼女を知らないんだから、知ってみる努力くらいしてもいいかも。
「いいよ。じゃ、美術館にでも行ってみる?」
下田さんにそう言ったのは金曜日の朝だ。
「美術館?やっぱりオトナな趣味ですね。いろいろ教えてくださいね」
好きなだけで、別に詳しくはない。
「下田さんは普段、どんなところに出掛けてるの?」
「カラオケとか、ショッピングとか」
うーん。それは俺の行動パターンの中には、ない。