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「うわ、なんだこの肩、ひっでえなあ。鉄板仕込んでるみてえ」
「デスクの上で丸まりっぱなしだもん。首の後ろも押してぇ」
掌で額を押さえ、首の後ろを掴んでやると、悲鳴が上がった。
「痛い痛い痛いっ!やっぱりもう、いいっ!」
給湯室の狭い空間で、水元は腕をバタバタさせる。
「週末に鍼に行くから、それまで我慢するよぅ」
「鍼?ますますババアか」
「お邪魔しまーすっ」
津田が元気良く入ってきて、自分用のマグにコーヒーを入れている。
「水元さん、また長谷部さんに肩揉ませてるんですか?長谷部さん、力強いんじゃない?」
「いいのっ!長谷部君の指が太くていいのっ!」
「なんか卑猥っすね、そのセリフ」
げらげら笑いあってると、下田さんが水元を、電話だと呼びに来た。
そして俺に、不満そうな視線を投げて出て行った。
「メシ行きません?」
糸川に誘われたのは、その日だった。
「ちょっとまだ、かかりそうなんだよなぁ。悪いけど」
そう断ると、糸川は困った顔になった。
まだ大学出たてで子供っぽい顔の糸川は、そんな顔をすると、やけに頼りなく見える。
「何?困りごとなら聞くぞ?」
そう言うと、他の人に聞こえないように顔を寄せてきた。
「長谷部さんを連れて来てって言われてるんですよ」
「なんだあ?喧嘩でも売られんのか?買わねーぞ」
「いや、下田さんなんですけど」
また下田さんか。
俺のどこが気になるんだか知らないけど、オジサンに興味ありそうな顔をするのは、止して欲しい。
免疫ないんだからね、こっちは。
「後からでも、構わないです。『桂林』に居ますから、終わったら来てくださいね」
出て行った糸川を頭から抜き、しばらく目の前の設計に没頭していた。
腹が減ったと思ったら、八時をまわっていて、キリをつけて帰ることにする。
糸川の言葉は頭の隅を掠めたんだけれど、出て行ってから一時間以上経過しているし、義理を立てる必要はない。
PCの電源を落として、会社を出た。
「あーっ!長谷部さん、仕事終わったんですかあ?」
ロビーを出てすぐ、俺に声をかけてきたのは、下田さんだった。
「忘れもの?」
「違いますー。長谷部さんが来てくれないから、迎えに来たのー」
彼女は酔っていて、俺の腕にぎゅっと腕を絡め、胸を押し付ける。
見た目よりボリュームのある感触に、思わずたじろいだ。
「お仕事中なら、横で待ってて連れて行こうと思ってー」
……女の子を横に座らせて、仕事?冗談じゃない。
酔ってるにしろ、それはあまりにも非常識な申し出だ。
黙っていたら、腕を引っ張って「桂林」とは別の方向へ、引きずられていた。