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……楽しそう?普通だぞ。
「そんなことはないと思うんだけど」
「ううん、楽しそう。私も長谷部さんと楽しくお喋りしたい」
ひとりくらい喋る相手が少なくたって、下田さんは不自由しないだろうに。
「長谷部さんって飲み会にもあんまり来ないし、仲のいい糸川さんとなら、一緒に来てくれるかなあと思ったのに」
糸川とは別に特別仲がいいわけじゃなくて、仕事絡みで教えることが重なってただけだ。
会社の通路で立ち話ってのも、なんかちょっとヘンな感じ。
しかも、特別な話題はないのだ。
下田さんは帰るところらしく、化粧を綺麗にしてバッグを抱えてる。
俺じゃ絶対歩けそうもない、華奢な踵の靴を履いて、これじゃ電車は大変だろうなと、妙なところに感心した。
「ま、お疲れ様。また明日」
とりあえず場を離れようと、帰りの挨拶をする。
「お先に失礼しまーす。残業、頑張ってくださーい」
うーむ。残業、別に頑張りたくはありません。
席に戻ったら、また生田さんが怒っていた。
「この見積、継ぎ手が断熱の価格じゃねえ!誰だ、これ入力したの!」
女の子に頼んだだけで、まだチェックもしてない。
「おまえの物件だろ?まだ提出してねえよな?俺が気がつかなきゃ、そのまま提出してたろ」
そんな間抜けじゃないつもりだけど、抜けがないとも言い切れないので、素直に受け取っておく。
生田さんから見れば、設備施工部で唯一年下の俺は、多分いまだに指導対象なのだ。
見積書を見直して、設計をもう一度チェックし終えると、八時になっていた。
「お疲れ様ー」
パーテーションから水元が顔を出し、残っている面子にクッキーだかなんだかの缶を差し出した。
「昼間の戴き物。女の子だけまわしたんだけど、ちょっと残ってるから、残業チームで食べませんか?」
「お、水元さん、頑張るねえ。経理も忙しいの?」
課長の声掛けに、水元が答える。
「派遣さんばっかりだと、チェック業務に結構追われるんですよ。一般職でいいから、正社員入れてくれないかなあ」
派遣社員には決裁権が与えられないので、判断は全部正社員の仕事になる。
現在の経理部は、管理職の他に、水元の下に一般職の女の子がひとりと、派遣社員ふたり。
「前年度は、見るだけで済んでたんですけどー」
つまり、訂正があるってことだな。
そして、前年度から変化したことといえば、派遣社員が萩原の彼女から、下田さんになったってこと。
俺に内勤の仕事はわかんないけど、間接部門なりのドタバタはあるんだろうな。
「毎日綺麗な格好して座って、給湯室でさぼってばっかり」
少なくとも、そう揶揄されるようなバカOLは、そうそう見当たらない。
「さて、もうひとふんばり」
そう言いながらパーテーションから出て行く水元は、左手で自分の右肩を揉み解していた