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「長谷部君、肩揉んでぇ」
デスクの上に腕を投げ出す水元佑子、三十四歳経理部総合職。
彼女は二十七歳で一度姓が変わり、二十九歳の時に元の姓に戻った。
バツイチ子ナシ、そして俺の同期だ。
俺が社内で唯一、気安く口を利く女でもある。
三十四にもなって、女と喋るのに緊張するのは、俺が慣れていないせいだ。
俺は口下手だ。ツラも女ウケしない。
二年後輩の山口みたいに、ツラも良ければ弁も立ち、上司の覚えがめでたいヤツと違うのだ。
「なんで、水元の肩を揉まなきゃなんないの?」
「長谷部君の芋虫みたいな指が、気持ちいいの」
芋虫ねえ……確かに、俺の指は太い。
「新しい派遣の子が、なかなか使えなくってえ。坂本さん、よく働いたんだけどなあ」
「ああ、なんだかパニック起こしてたって子」
水元の首から肩にかけて、揉み解してやる。
「いててっ!もっと柔らかく揉んでよぅ」
「力なんか入れてないぞ。血行悪いな、ババァみてえ」
「花の独身よ、私」
「まったく……祝儀、返せ」
「ああ、その節は有難う存じました。もう使っちゃったよーん」
残業の薄暗くなった社内で、経理部にも水元しか残ってない。
俺の所属する設備施工部も、もう空だ。
「およ。ラブシーンかと思ったら、長谷部さんと水元さんかぁ」
開発営業部のお調子者、萩原がパーテーションの隙間から顔を出した。
「あら、長谷部君と愛の語らいの最中よ。邪魔しないで」
水元が軽やかに返すのを、羨ましく聞いていた。
「長谷部さんが愛の語らいっすか。誠意ありそうっすねえ」
ほらね、俺の評価なんて、そんなもんだ。
今は山口の嫁さんになってしまっている野口さん。
彼女は入社当時、立てば芍薬とはいかなくても、タンポポよりはずいぶん美しかった。
俺より一年後に入ってきた彼女に、ずいぶんときめいたこともあった。
彼女の頭の回転の速さとか、華やかな雰囲気に気圧されて、誘うこともできなかったけど。
あれだけ仕事ができるのに、短大卒だってだけで一般職でサポート業務しかさせない、会社のシステムってなんだかヘンだ。
俺がそう言ったって何にも変わらないから、誰にも言わないけどね。
いつの間にか「若手の飲み会」に誘われなくなった俺は、先日一度だけ、山口と水元に誘われて、酒の席に顔を出した。
「長谷部さんが来るなんて、珍しーい」
そう言って歓迎してくれた後輩たちは、時間が過ぎるにしたがって、俺の入っていけないノリの話題に移り、お開きになる頃には、気を遣った水元さんが隣に座っているだけだった。
仕方ない。喋るのは苦手だし、今風の話題にもついていけないんだから、後輩たちが悪いわけじゃない。
気を遣わせたくないから、やっぱり「若手の飲み会」は、誘われてもパスしようと思うだけだ。