奇異奇譚集 タツマキオトシ
Scene0
禍転じて不覆となる。
Scene1
今回の一連の事件について『幻象』を語る少女、アークの言うところによれば、古風かつナンセンスなほんの一文で表すに、「誰が悪いんじゃない、誰かが悪いのでもない、誰もが等しく、愚鈍だっただけだよ」とのことである。メイドよろしく死ぬ思いで働いた俺としてはぶつけるべき怒りのやり場を失ったので、どうにもやりきれない気分だ。いっそアークにぶつけてやろうかと苛立つ心理が命知らずな思考を浮かべたが、帰りの電車でちょこんと座る人形みたいなコイツにちょっかいをかけた結果が碌な結果につながった覚えはないので、自粛。
そう、自粛。今度の以来の陰には、最初から最後までその二文字が存在していた。いや、自粛、なんて敬虔な言葉とは無縁な、内に秘めたる陰謀……なんて、流石に言い過ぎか。そもそも、直接の依頼主が……まぁ、前座はこのくらいでいいだろう。舞台は海沿い、古びた村。
Scene2
久しく。俺こと桧柱 棺柂が高校一年の年末年始にまたがるタチの悪い冗談のような、それでいて何処まで突き詰めても自業自得に他ならない真っ白い烏にまつわる物語を終えて以来の、久しく。最早懐かしいような潮の香りが、俺の鼻孔をついた。開いた電車の窓から、不定期に不規則に、海からの風が流れ込んでくる。場所こそ違うものの前回海に近づいたのは極寒の正月始め、今回も春も終盤の四月末で、季節感なんて情緒溢れる単語が己の脳内に正常にインプットされていない事実を押しつけられ、失った色々の代わりとでも言いたげに頻出するのはため息ばかりである。遣る瀬無い。
果たして今日この時、俺と俺の雇い主(もとい大変遺憾ながらもご主人様)たる少女、アークは、住処のある町を離れて受けた依頼をこなすべく、海沿いを走る電車に揺られていた。本日は平日で、俺の身分は高校二年生に違いないのだが、これもアークの号令一言でさぼることと相成っている。哀しいかな、学校をさぼることに関しては、俺が悪夢の正月を経て彼女に多大な借りを作る以前からそう大きくは変わっていないけど。
俺が自分のなんたるかについて改めて絶望していると、ガタガタと揺れる車体がゆっくりと減速し、丁度止まり切った瞬間と同時に、アークは立ち上がった。深い蒼の瞳がさっと俺をなぞる。
「降りるよ、棺柂。到着だ」
辰巻町。なんとも不穏な名を持つ地に踏み入る。べたつく風に、碌でもない展開を確信した。
正直気持ちの良いとは言えない風の穏やかに吹く中を、華奢な少女と中肉中背不良高校生が歩くさまと言うのはいやでも異質に見えると言うもので、駅を出て数分、適当に散歩する俺たちに対し、村と形容するのが適切であるに違いないここの住民さん方は、等しく奇異の視線をこちらに向けてくる。村そのものの様相が全体的に二世代は昔のものなので、その辺の事情も手伝って、尚更の事目立っているようだ。元より目立つ容姿のアークがいることも相俟って、潮風に負けず劣らずの不快感を演出していた。
「なぁアーク。とっとと依頼こなして帰ろうぜ。ここはどうにも気持ち悪い」
気だるさ丸出しの俺の声に、俺の胸辺りまでしか背丈の無いアークは振り返ると、けして上目遣いにならない角度に顎を持ち上げ、出来過ぎて作り物めいた顔をゆがめた。不機嫌な表情すら様になる人間と言うものは存在するのだと、俺はこいつと出会ってから知った。
「この町……いや、あえて村と呼んでおこうか。この村が気持ち悪いというのには同意するよ。だれけど、この依頼は元より楽なものじゃないんだ。それくらい君にだって分かってるだろう? 棺柂」
「いいや、全然分からん」
「今すぐその身を削って平和の象徴なる堂々の看板を持った鳩さんの餌にでもなったらどうだい? 使えない脳を持ち合わせておくよりは、まだその地に雲意義のある存在になるだろ」
「そこまで言うか!?」
「冗談だ。君の肉なんて口にしたら鳩の方が可哀想だよ。それに、君に血はもう無いだろ」
「なんのフォローにもなってないからな」
する気も無いんだろうけど。嘆息して、改めてアークに尋ね直す。彼女の毒は出会った頃からの標準装備なのだ。一々眼くじらを立てても仕方ない。反論したところで毒の量が増えるだけなのも学習済みである。
「それで、なんで難しい依頼なんだ? あのオッサン……依頼主の話、わけわかんなかったんだよな」
「確かに不明瞭な部分が多かったけどね、棺柂。本来なら考えるまでも無く思い至るはずだよ。不明瞭な依頼と言うのは、それだけで怪しいんだ。隠し事があると、言ってるも同然だろう?」
……成る程。頷きながら、昨日の記憶を引っ張り出す。今度の依頼主たるオッサン――――辰巻町町長の言葉が蘇った。
『私の町には昔から、忌むべき慣習が根付いていてね。毎年この時期になると、町民全員が群れをなして海辺の祠に出向くんだ。それも大量の供物を持って。全く理解に苦しむ、巫山戯た行事なんだが、町民があれ程まで狂信的に動くからには、何か恐ろしい力でも働いてるのではないかと思ってね。『幻象』、と言ったかな? 君たちのような人間に会えたのはまさに僥倖だったよ』
アークがいつも通り、一片の迷いも無く「請け負う」と口にした瞬間に、前払いと称して、オッサンは膨れ上がった封筒を机上に残して去っていった。その額実に百万……。と言うか、思い返せば返す程、怪しいことこの上なかった。少しばかり自分の頭が不安になる。
「君はもう、呆れるくらいに鳥頭だね。鳥類において、烏はそれなりの知能を持っているはずなんだけどな」
うるせぇ、自覚してたところだよ。
「そうかい。それじゃあ、そろそろ依頼に取り掛かろうか。『自分が依頼したことは知られないように』との話だったね。まずは聞き込みから始めよう」
Scene3
一時間ほどの聞き込みを終えて、集まった情報をおよそ纏めてみる。ド田舎と言って障りないこの辰巻には、驚いたことに、老若男女が平等に混在していて、地方にありがちな過疎の情景はどこにも見当らなかった。
「そう、それに、彼らの全員が、本当に心の底から海辺の祠の神……龍神を信仰しているようだ。町の豊穣は龍神様のお陰、以前供養を欠いた年に、町は酷い竜巻に襲われた……か」
出来過ぎた話だ、と、アークは細く呟いた。まったくその通りで、俺も馬鹿みたいに出来た話だとは思うが、しかしそれが『幻象』だろうとも、伝説級と呼ばれるそれをこの身に宿す立場では思わざるを得ない。
この町の豊穣。まさしくそれは豊穣と言って間違いないのだろう。なにせ、桁が外れている。
「何をとっても自給率百パーセント。そりゃあ、無いものだってあるが、それにしたって非常識だろ。今のこの国に、隣町とすら外交しないでやっていける町なんてあるか?」
「あるわけだいだろ」
「じゃあ、やっぱり『幻象』だろ。町長さんも言ってたじゃんか」
「そんなのはとっくに分かってる。受ける依頼は『幻象』絡みのものだけだからね」
あっさり首肯するアーク。そう、アークの住むとある廃墟には、彼女自身が仕組んだ呪術めいた特性がある。俺が烏に憑かれ行きあたってそこに迷い込んだ時、当然のように俺を出迎えたアークは、聞いてもいないのに説明を口にした。曰く、「忘れ去られた廃墟に行きつくのは、そこを本当に必要としている人間だけだ」と。あそきにたどり着く人間は、まず例外なく解決して欲しい『幻象』に苛まれているのだ。今回だって同じく。
「あのね棺柂、君が考えついたことくらい、もうとっくに思考し終えてるんだ。只少し、おかしな点がある」
「なんだよ、おかしな点って」
間髪いれず尋ねると、アークは「はぁ」と、わざとらしく息をついてから俺を見据えた。明らかに馬鹿を見る目だが、遺憾である。お前が考えることなんて、俺に理解できるはずが無いだろ。
「馬鹿だな君は」
「だから自覚済みだ!」
「自覚すれば許されたことなのかな?」
「いや、それは……」
「どうでもいいけどね」
おい。辟易する俺を見て、「くすっ」と、アークはびっくりするぐらい少女めいた笑みを漏らす。……本当にずるい奴だ、色々と。
「さて、おかしな点だったね。……まず第一に、依頼内容が『幻象』の排除ってところだ。直接依頼主が討伐を指示してきたわけじゃないけれど、口調から明らかに迷惑がったニュアンスが伝わって来た」
得心する。確かに町長は、この件を非常に迷惑に思っているようだった。得体の知れないながらも、自分の町に圧倒的な富を与えていると言うのに、だ。
「うん。それともう一つ。この町の人間は例外なく海辺の祠――龍神を信仰している。だけど、町長はどうやらそうじゃなかったみたいだね? 地方自治体はその地域の出身者から選ばれていると言うのに」
「……」
人間を作るのは家族であり、町だ。国民の一人とは言ったところで、結局その一個人の人格を形成するのは身近な範囲……生活圏内だけだ。こうも信仰が常識化された村では、信仰そのものに不信感を覚えることすらないはずである。
「じゃあ、なんだ? あのオッサンは町長を騙る偽物だって言うのかよ」
「……いや。一つ、確かめたい事がある」
「ん?」
「棺柂、この町に庁舎はあったかな?」
聞き込み中、俺たちは出来る限り町の中心を廻った。賑わう商店街、大きめの道、駅周辺……。その付近には少なくとも、庁舎と取れるような建物は無かったように思える。
「どういうことだ? 町長が偽物だったにしても、どこかには本物がいるはずだろ? まさか、国から独立してる訳も無いだろうし」
それこそ、有り得ない。幾ら単体で自給率百パーセントを誇るからと言って、国から分かれているわけじゃないはずだ。ここはあくまで町で、国家じゃない。
しばらく黙って思考に耽っていると、やがてアークは眉間にしわを寄せるようにして、口を開いた。ひどく鬱陶しそうに。
「予測は立った。大方これで正解だろう。でも、気にくわないね」
舌打ちでもしそうな表情で吐き捨てて、アークはわけがわからない俺を振り返りもせずに歩き出した。
「いくよ、棺柂。こんな馬鹿馬鹿しい依頼は早々に終わらせる」
『終わらせる』。こいつが言うからには、もうすぐそこに答えが見えているのだろう。解決編の、始まりだ。
Scene4
「龍神と言うからには、龍の『幻象』がいるはずなんだ。でも、地域に豊穣を約束して根付くような龍形の『幻象』となると、君の烏とそう変わらない規模の、伝説級になってしまう。伝説級にもなると、存在に気づかないわけがない。だから考えてみたんだ、別の可能性を。すると一つだけ心当たりがあった。この状況と、依頼の違和感を説明できる『幻象』が、いる」
呟くくらいの声量で言いながら、アークは祠へと歩を進める。心なしか、俺達が祠に近づきだしてから、波が高くなっている気がする。警戒しているんだろうか、『幻象』が、俺の中の烏を。或いは、アークか。『幻象』にとって、アークは鬼門であると以前言っていたのを思い出す。「既知は未知を殺す」とかなんとか。
米俵やら、酒瓶やら、わざわざそのために作られたのであろう大きな台の上に、大量の貢物が並んでいる。あたり一面を埋め尽くさんばかりのそれらは、確かに、狂信の単語が相応しく思える。台を飛び越えた向こうには、長い年月で補修を繰り返してきた跡の窺える祠が見えた。
躊躇い無く、アークは進路をふさぐ目前の台を蹴倒した。崩れて散乱する貢物を踏まないよう――――違う、彼女の歩幅に合わせるかの如く、散らばった物達は隙間を覗かせている――――迷い無い歩調で、アークは着実に祠へと近づいていく。貢物を蹴倒したタイミングで、波が更に高さを増したように見えた。
「何を逡巡しているんだ、棺柂。まさか罰があたるとか、馬鹿な思考をしているんじゃないだろうね? 怒気は伝わってくるが、コイツに罰を与えるような力はないよ。だって、神様なんかじゃないからね」
さらっととんでもないことを言って、僅かな手振りで俺を促す。
「この国には確かに、大小様々な八百万の神がいるけどね。コイツは違う。下級の神なんかよりは力を持ってるのかもしれないけどね。……神なら、こんな形で魂を残したりしない。品が無いよ」
流暢に続けながら、アークはまた当然のような所作で小さな祠に手をつっこんだ。あまりに自然過ぎて突っ込み忘れていたが、さっきから何やってんだ、お前。華奢な腕が引き抜かれて――――その手には球の中心にだけに亀裂が入った、水晶のようなものが握られていた。
「なんだ、それ。神の……依代みたいなものか?」
「だから、コイツは神じゃないと言ってるだろ。全く馬鹿げているよ。この『村』の人間は、ずっとこんなものを守り、崇めてきたんだ。愚かしいね、ここも、この町全部も」
アークが手の平を返し、落ちた水晶が、割れた。
「『タツノナガレ』。固形と魂の概念を持っているから、コイツの対処法は一つだ。淘汰しろ、棺柂」
何か引っ張り上げられるように隆起した海水を巻き込んで、渦潮の如く竜巻が発生した。
Scene5
『タツノナガレ』。意味と必要と偶然の産物たつ『幻象』には珍しく、一度存在を現わすと、こいつの場合明白に討伐されるまで個体を持って居続けるらしい。ついさっきにアークが割った水晶のように自らの魂を顕現し、それの影響できる範囲で「流れ」を「断つ」。魂と乖離した本体は海底に住み、自身に影響を及ぼす状況に面した時、魂との繋がりをも「断ち」、仇となる者を殺して新たな魂を持つ。よってコイツを駆除するのは、手順としては簡易である。魂を見つけ次第破壊し、襲ってくる本体をたたけば良いのだ。
「まだ色々とわからねぇところはあるけど、とりあえず今やるべきことは分かった」
「うん。ならばさっさとやればいい。いくら鳥頭の君でも、まさか力の発現方法を忘れたとは言わないだろう?」
「あぁ。……でもさ」
上着を脱ぎつつ、目の前の情景を見渡す。空は曇り、海は荒れ、大時化の様相だった。巻き上がる渦潮は確かな脅威を訴えかけてくる。
「こいつ、おかしくないか? なんでこんなにデカイんだよ!?」
渦潮の向こうに見える、水族館なんかで見かけられるそれは、裕にこの小さな『村』を覆い尽くせる程の巨体を持っていた。巨大タツノオトシゴ、である。確かに龍では無かったが。
「信仰をそのまま力にする典型例だからね、これは。そういう意味では、神と似た側面を持っているとも言える。あぁ、安心しなよ、住人達にコイツは見えて無い。竜巻すらね。そのあたりの隔離作業は、あの水晶を割るより先に済んでいるよ。それに見かけ倒しだ、あんなの、君の敵じゃない」
言うなり、アークは俺が上裸になり終えているのを確認して、拾い上げた水晶の欠片で一閃、俺の腕に傷をつけた。鋭い痛みと共に、血管が裂け、体中に流れる透明な液体が外気に触れる。
「――――っ」
なれない感覚だ、と、毎度の感想を抱くと同時、背中から真っ白い両翼が噴き出した。頭髪も同色に染まり、そう認識した次の瞬間には視界から色が消えた。得体の知れない力が、筋力を度外視して湧き上がる。
正月の顛末、馬鹿な俺が馬鹿な選択をした結果、俺は心臓を失い、正常な人間に戻る機会を永遠に放棄した。その代わり、というか、所為と言うか、心臓の肩代わりとして俺を生かすのが、この異能、『幻象』にして伝説級と呼称される『白烏』である。不可在を現実にするその能力は、目の前に超然と立ちはだかる海中生物を持ってしても、足元に及ばない程の威力を持つ。
色を失い、反対に現実味を失くした超視力で敵を見据える。『幻象』の中には実在の生物を巨大化したものが多々見受けられるが、いやはやしかし、どれも一様に気持ち悪いものだ。隣に悠然と佇むアークも、心底嫌そうな顔を隠そうとしない。……早めに切り上げよう。
片手を掲げ、途方の無い大刀を想像する。不可在から頭一文字の消える感触がして、軽く握った柄を、正面に振り下ろす。手応えと一緒に、アークが隔離した世界が崩れる音がした。
Scene6
異能を治め、服を着直した後のアークの行動は迅速だった。蹴倒した貢物もかち割った水晶もそのままに、元来た道をたどって電車に乗り込む。潮の香りが遠のいてから、アークはようやく今回の依頼の深層と結末を語ってくれた。語り始めの一文は、最初に記したとおりである。
「細かい時代は分からないけれど、辰巻は昔、『村』としてあの場に存在していたんだろう。そこにアレが発生して、それは別に良かったんだが、年月が経つと問題が生じた」
町村の合併だよ、と、アークは言う。
「合併して辰巻は『町』になり、元より『村』だったあの地域も、勿論その中にふくまれた。そして元より村だった地域に食品なんかを回し始めて、外側で町長になった人間は気づいたんだ。ある地区は、コメも野菜も取れているのに輸出が無い、それどころか、町民からの納税も無い」
外からの輸入は自然に行われても、中から出てくるはずの物は、全て『幻象』に断たれた流れによって外に出ていくことは無かったと言う。結果、知らずの内に牛の一頭もいない地区に食肉が入り、工場も無いのに衣服が入った。わけのわからない力に操作され、その地区から得られるはずの物は何一つとして手に入らない。
「あの町長……依頼主は去年からの新任だそうだけど、彼は君身の引けをとらないくらいに愚かだったんだよ。多分これまでの町長はそれを理解していたんだろう」
「どういうことだ?」
「『幻象』が不自然に流通を断っていたから、あの地域が皆脱税の状態にあるのが見過ごされていたんだ。今更その仕組みを崩したんだ。見つかってはいけない膨大な額の未納税が、表に出てくるだろうね」
俺は唖然として固まってしまった。つまり、俺達があれを削除した所為で、……確かに本来ならそうあるべきなのかも知れないが、あの村は今の仕組みに引き入れられる。結果は……考えたくもないな。
「お前、発生している『幻象』があの巨大オトシゴだって気づいた時点でこの結末が分かってたんだろ? ……なんで止めなかった」
「依頼だからだ。それに、今回見逃したところで、いずれは同じ事になる」
或いは溜めた分、より酷いことになっていただろうね。言い放つアークに反論できることは何もない。
「言っただろ、これはこの件に関わった全員の過失だ。村人は神を狂信して理性的に思考することを捨てた。少し考えれば、異常な現実に気がついただろうに。町側もそうだよ。もっと早くに対処していれば、ここまで大事にはならなかったんだ」
怠慢の純然たる報いである。『幻象』より辛辣に「断じ」て、アークはそれきり口を閉ざした。
本来であれば、『タツノナガレ』はほとんど災害のような存在なのだろう。運が悪かったのだ。地震や津波が来てもおかしくない土地に、その代わりが訪れた。災害であり、不可避の、禍。
災害ならば、この類の『幻象』が対応次第で福とすることも可能だったかもしれない。
だが、この件は、最早覆らない禍へと変化した。廻り廻って、巡り巡って、流れ断たれて。
町に残ったのは、自ら招いた間違いの結果。竜巻の如きそれを、今はもう「断つ」モノは無い。
「敢えて言うけれど、棺柂。君が行って、烏の力を使えば、あの町と住民たちは再興不能の災禍を逃れられるんだよ? 勿論、君にその気があれば、だけど」
わかってるよ。よっぽどの邪魔が入らない限り、『白烏』の力は絶大だ。事実を捻じ曲げることだって無理じゃない。まぁ、でも。
「冗談だろ」
俺も同類なんだ。自業自得の馬鹿げた報いを受けている。自分の分で手一杯、他人の借金は不用意に背負うもんじゃない。人でなし、上等だ。既に俺は普通の人間じゃない。
「知ってるだろ、疲れるんだよ、あれ。有り得無さが押し寄せて脳がパンクする」
現に今だって、当分動く気にはなれない。座ったら寝てしまうから、こうしてアークの前に立っているだけで。
キィィィ、と甲高い音が鳴って、電車が止まった。座っていたアークが俺の腕を取って立ち上がる。
「当分遠出は御免だね。電車なんて、君の運転するスクーターの後ろの次に乗りたくない。やはり移動は徒歩が良いよ」
改札をくぐりながら、アークは失礼なことを言う。やっぱりコイツは苦手だ。確認するように頷いてみる。
首だけ振り返って、前を行くアークは穏やかな微笑を見せた。
「お疲れ様、棺柂。――――――――さ、帰ろうか」
――――To be continued.
因果応報、自業自得。そもそも正義なんて欠片も持ち合わせていない棺柂くんは、皆幸せなんて幻想は抱いていないので――――。
とは言え、烏どうこうでなんとでもなるような世界ですし、どっかで違う誰かが世界の秩序を守るべく、それとなく隠ぺいしているんじゃないかなぁと、思ったり思わなかったり。なんて、らしいこと言ってますが、社会風刺とかでは全然ありません。エンターテイメントこそ正義。
ここまでお付き合い頂いた方、どうもありがとうございました。彼らの物語はもしかしたらいずれまた出てくることかと思いますので、また機会がありましたらお会いできることを願って。




