現在 トレーニング
期末テストは滝谷の波乱はあったものの概ね平常通り。
私達は無事夏休みを迎えた。
もちろん、施設の他の子たちも。
この施設に今所属しているのは12名だが、そのうち6人は海外にいる。
そして、5歳になった大吾にも初動訓練の開始時期が迫っていた。
夏休みに入った翌朝、バブと大吾の姿が消えていた。
「バブに頼んだのよ。」とシノブさん。
いつもの。
うん、いつもの毎日が始まった。
私達は学生というのは表向き。本業は傭兵部隊メンバーである。
のほほんと暮らしているように見えて日々の鍛錬は欠かせない。
早朝と夜、それぞれ10kmのロードワークとパワートレーニング。週に何度か、各自の必要カリキュラムに応じて格闘技や射撃訓練もトレーニングセンターに行って行う。
全国各地の育成施設には、地下にジムが完備されていて、もちろんこの施設にもある。
毎日のトレーニングと身体のメンテナンスは必須。命が掛かっているのだから当たり前だ。
そしてみんな、各自の特技を磨く。
私は格闘技とナイフ、バブは射撃が卓越した特技だが、それだけではない。
私も射撃訓練をするし、バブだって格闘技が苦手は訳ではない。
毎回のミッションで、どんな相手や状況に当たるかはその場にならなければ分からない。
だからオールジャンルに対応出来なければ死に直結する。
苦手分野など作っている訳にはいかないのだ。
私達の場合。
人間死ぬ気になれば何でも出来るというのは似て非なると、私は思う。
とにかく死なない為に必死で生きるのだ。生き残ることが最優先。
これは、この施設だから身に染み込んだ感覚かもしれない。
他の施設の中には"命をかけてミッションを遂行せよ。"とかやってるところ、ありそうだもんなぁ。命なんて賭けたら死んじゃうじゃん。
命はひとつしかない。代わりは、絶対に、ない。
ここでは必ず生きて帰るように。それが唯一の約束。
例えば、ハナ。
ハナは、5歳から始まった初動訓練の7年間を生き残って半年前に帰国した。
同じ時期から訓練に入った30人中、帰国したのはハナを含め2人だけ。ただ7年間を仲間として共にしたわけでもなく、感慨は何もないそうだ。それは私も同じだったな。
ここに帰ってくる。それだけが世界中どこにいても私達を繋ぐ唯一の絆だ。
そうそう、ハナの話。
パッと見は、まだどちらかというと華奢に見える子供のバレリーナのようなイメージだが、実は本物のバレエダンサーと同じく鍛えられた筋肉がついたアスリート体型をしている。
本来ならインドア、本の虫のような子供になっていたんじゃないかと思うが、地獄のような7年を突破してきた精神はやはり逞しい。
帰国した今は、クラヴマガとサンボを中心にトレーニングしている。まだパワー不足な自分にとって、まず身につけようと自分で組んだカリキュラム。
クラヴマガは、イスラエル軍が開発した実践的な接近戦術で一般的には護身術として習得するが、本国の軍では殺人術も範囲内。
もちろん私達のマスターからは蹴り技、絞技、飛び技も含め、全て指導を受ける。
サンボはロシアの国技でもある。こちらも対接近戦術。
レスリングと柔道を混ぜたような関節技や投げ技が特徴である。
まだ身の軽いハナでは、力不足は否めないが、相手の力を利用して対応する。
まさに"柔よく剛を制す"
そして今は身体の動かし方とスピード重視で日々習得中だ。
幅広い年齢層の練習生の中に於いても技の入り方は抜群で、彼女はスピードスターの異名を持つ。
そしてハナは、初動期間7年間のうち、最後の1年半をバブと同じアメリカの研修センターで過ごした。
その際、バブから射撃と爆弾作成を教わったという。なかなかのエリートじゃないか?羨ましいったら。
その影響か、元々の性格なのか。冷静なところはバブの後継者になれるんじゃないかと思う程だ。
そう、彼女は毒舌まで引き継ぎそうなんだよね。
それだけは勘弁してね、ハナちゃん。
ここでは全て自分で決める。
寝起きする時間もそう。ミッションが早寝早起きとは限らない。当然夜間や連日に渡る事もある。
突然、スマホと交換で、3日間分の水と食料、小型ナイフ、簡略化された地図が入っただけのリュックだけを渡され、場所も何もわからない山岳地帯や砂漠の道路すらない場所にヘリで運ばれ、ひとり自力で指定キャンプまで辿り着かなければならない訓練だってある。
私が初めてこの訓練の洗礼を受けたのは、12歳で帰国してすぐの学校の帰り道。まるで誘拐のようだった。
パラシュートで飛び降りた後、迷いに迷ってクリアまで8日間かかったっけ。
ほぼ飲まず食わず。いや、小川の水で凌いだが、その小川だって実地では毒が混ざっている可能性もある。
実際、去年は同じような状況下で海外の砂漠地帯だったが、無人の村で見つけた命綱のような井戸水には毒が自然発生していた。
あれをガブ飲みしていたら、私は今ここにはいなかった。怖い怖い。
そして私達は、明日を迎える為に、今を生き延びる。




