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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第一章

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9


 やらなければならないことはもちろん、娯楽もないので、リリーは壁際に膝を抱えて小さく座っていた。


 目に映るのは砂と土と埃に汚れた地面に、無彩な石の壁だけ。


 鼓膜を打つのは落ち転がる雨粒、父の身動き、自分の呼吸だけ。


 薄暗い屋内に、それ以上の要素があることを禁止するとでも言うような、妙な静寂と緊張が刻々と張り詰めていく。


 うつらうつらと首で舟を漕ぐリリーはその空気を感じながら、時折、お腹の音が鳴らないようにと水を飲んでいた。


 しかし、そうならないように、と思えば思うほど、望まない現象が起こるのは人の(さが)なのだろう。


 きゅーっ、と細く可愛らしい腹の虫がリリーの意図を無視して鳴いた。


 瞬間、薄氷にひびでも入ったように、緊張が最高潮に達した。


「おい。うるせぇぞ」


 父が静かに、だが確かな怒りを込めて呟いた。


 それは警告であった。


 リリーは何も言わなかった。


 否定も肯定も、声を出すという行為は全て許可されていないからである。


 座ったままじっと固まるリリーの胸中は嵐のように荒れ、今にも氾濫しそうなほど膨れ上がった川幅みたいに広がった血管に、流量の増した血液が脈を打っていた。


 嫌な汗が、じわりと浮いてリリーの肌を湿らせる。


 そうしてまた、それが起こるのは必然だった。


 きゅーっ、と程なくしてリリーのお腹が鳴った。


 父は杖を持って静かに立ち上がると、リリーに近づき、


「脱げ」


 ただ一言、そう告げる。


 言われた通りにシャツの一枚を脱いで裸になったリリーに、父は顎をしゃくり上げて外を示した。


 出ていけ。今すぐに。


 言われずとも察したリリーは外に出た。


 ここで察しが悪く棒立ちになっていると、髪を引っ張られて地面に転がされ、殴るか蹴るかの暴行を数度受けた後、また髪を引っ張られて外に放り出されるのだ。


 その時言われたのは「俺の手を煩わせるな」である。


 言葉の意味の正確なところは分からなくとも、リリーは、機械的かつ反射的にそう行動することを学習していた。


 屋根は狭く、玄関前に立つだけで、雨は等しくリリーを濡らした。


 若干乾いてきていた髪は再び先端から滝を作り、凹凸のない体は立て板を伝う水のように地面へと流れ、わずかばかりの体重がかかる足の裏に水溜りが出来る。


 リリーはまた、このまま突っ立っているだけでは、家の中に入れてもらうことができないことを知っていた。


 膝を折り、正座から腰を曲げて額を地面に付ける。両手は額の前に重ねたその様は、土下座である。


 それから数刻の時が過ぎた。


 雨足は弱まることを知らず、陽は落ちて辺りを一層の暗がりへと変える。


 冷たさも痛みも通り越して何も感じなくなった体で、それでもリリーは数時間、雨に打たれながら、父へ、言葉のない謝罪を続けていた。


 すっかり夜になってようやく、玄関のドアが開き、


「入れ」


 父の許しを得たリリーは、ゆっくりと顔を上げた。


 だが、長時間同じ姿勢で固まったリリーの体はすぐには動けない。


 もたもたしていると、不意に、腹へ衝撃が走って、リリーは水溜りの地面を二、三回と転がった。


 痛みに悶える表情をしてはいけない。


 声を上げてもいけない。


 咳すらこぼしてはいけない。


 リリーはとにかくそれらを必死に堪え、何が起こったのかと目を開けた。


 リリーの土下座をしていた場所に立っていたのは父だった。


 すぐに立ち上がらなかったばかりに、リリーは蹴り飛ばされたのだ。


 父の命令を聞けないどころか、足の悪い父を立たせ、しまいには蹴りもさせるなんて、自分はどれほどの罪を重ねるのだろうか。


 そのことに思い至ったリリーは、意地でも立ち上がり、家に入っていく父の後を追って、ふらりと家の中へと入っていった。


「さっさと寝ろ」


 三度目は、もう後がない。


 この世でもっとも恐ろしい、父に見捨てられることを想像し、心臓がキュッと締め上げられる感覚に陥る。


 リリーは父の命令を実行するべく、朦朧とする意識の中で、体を引きずりながら二段ベッドを上がり、そのまま目を閉じて、死んだように眠りについた。


〇ストーリー要約

・お腹が鳴って家から追い出される

・雨の中数時間、土下座をする

・父に蹴り飛ばされた後、許しを得て家に入り眠りにつく

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