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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第二章

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13/17

13


 屋根から屋根へと飛んで跳ねて走ってまた飛んでを繰り返される。


 二階から三階、四階、また二階に音もなく降りて、軽やかに走り去る。


 その速度はすさまじく、まるで草原を縦横無尽に駆ける馬のようで、リリーは自身が風になった錯覚さえ覚えた。


 街のシンボルとも言える時計塔の天辺の針を掴んだジェイドは、方角を再度確認して、「もう少しで着くからな」上層区の塀を容易く越えた。


 リリーは抱えられたまま、常夜灯の灯る街並みと人々の営みを星空でも見るかのように目に焼き付けていた。


 こんな光景があるなんて知らなかったし、想像もしていなかった。


 これなら夜でもゴミ拾いに出かけることができるかもしれない。


 陽が沈んで外に出た者は死体となって見つかることが暗黙の了解となっていた退廃特区と地続きだなんて信じられない思いだった。


 いや、誘拐されており、高所を跳ねまわるという奇想天外な命の危機を経験している真っ最中なので、夜に出歩くというのが安全であるかは疑問が残るのだが。


 そうこうしていると、ジェイドはとある建物の庭へと降り立った。


 その建物は一般家屋というには格式高く、屋敷というには質素な出で立ちをしている。


 例えるなら、貴族当主だった者が後進に席を譲り、妻と幾人かの家人を連れて隠居する別邸といった具合だろう。


 リリーが建物をじっと眺めていると、ジェイドがそっと地面に下ろし、懐から短剣を取り出して縄を切った。


「立てるか?」


 差し伸べられた手を取るべきか迷ってしかし、拒否することを知らないリリーは、恐る恐るといった様子でジェイドの手を掴み、立ち上がった。


「怪我は……、まあ大丈夫か。歩けるよな?」


 努めて明るく、また優しく語りかけてくるジェイドに戸惑いを覚えながら、リリーはこくりと頷く。


 それを見たジェイドはニッと笑って、掴んだ手を引いたまま、もう片方の手で玄関のドアを開けた。


「ただいまー」


 帰りを告げつつ、入る前につま先を立てて靴底に付いた砂や土を落とし、脱いだ上着を掛けて家に上がる。


 リリーの汚れた小さな足跡だけが、綺麗に掃除された床にくっきりと足跡を残した。


「お帰り……って、あなた、また?」


 声を聞きつけて顔を出したのは、絵画か美術品か、あるいは物語から直接出てきたかのような美しい女性だった。


 装飾のあまりないシンプルな白のワンピース姿なのに、その女性が着ると舞踏会に出るための豪勢なドレスを身に着けているようにさえ見える。


 まあ、表情はほとほと呆れ返ったという様子で、リリーでさえうんざりしているのだなと分かるほどである。


 何かこう、何度言っても子犬や子猫を拾ってくる子どもに対する母の目をしていた。


「察しがよくて助かる。じゃ、後は任せた」


「ちょっ、もう。後で納得できる説明してもらうわよ」


「はいはい、今夜は寝かさないぜ☆」


 そんな女性の苦悩などどこ吹く風として、気にする素振りも見せず、ジェイドはまた外へと出かけて行った。


 ジェイドの手がするりと抜けると、リリーは途端に心細くなった。


 そうして同時に、不安という感情に自覚的になった。


 それまでは誘拐に次ぐ誘拐と、夜闇に紛れて屋根を疾走する非日常のせいで忘れていたが、自身が置かれている状況の深刻さというものが、少しずつではあるものの、今になってようやく分かり始めてきていた。


 ジェイドの背を見送った女性は溜め息を吐き、リリーの目線に合わせてその場にしゃがんだ。


「私はリーゼロッテ、リゼでいいわ。あなたの名前を教えてくれる?」


 リリーは喉まで出かかった自身の名前をぐっと飲み込んだ。


 自分の名前がリリーであることに自信がないというのも多少はあるが、そんなことよりも、父の「しゃべるな」が解けない錠になって口を閉ざしている。


 突然暗い顔で目を逸らし、俯き黙るリリーの様子を、リゼはつぶさに観察していた。


「大丈夫よ、話せなくてもやりとりはできるから」


 リゼがその小さな両の手をそっと握ると、リリーは戸惑ったように顔を上げて目を合わせた。


「私の言っていることが正しかったら頷いて。間違っていたら首を横に振って。できる?」


 分かりやすくジェスチャーを交えて言うリゼに、リリーはゆっくりと言葉の意味を咀嚼(そしゃく)して、小さく頷いた。


「いい子ね。私の言葉は分かる?」


 なんでもない道の小さな段差に引っ掛かるみたいに、二回、リリーは頷く。


「じゃあ自分の名前は分かる?」


 リリーは頷く。


「病気とか怪我で声が出ない?」


 目を瞑り、首を横に振った。


 リリーの長い髪が風に煽られたヴェールのように揺れる。


「話すことを誰かに禁止されている?」


 禁止という単語の意味を知らないリリーはしかし、しばしの間で考え、文脈からなんとなくのニュアンスを読み取ると、今度は躊躇いがちに頷いてみせた。


「なるほどね。ありがとう、それだけ分かれば十分よ」


 リゼは水平線から顔を出す太陽のように微笑み、リリーの頭を撫でた。


「それじゃあ、ちょうどいいしまずはお風呂に入りましょうか」


 言って立ち上がり、リリーの手を引いて歩く。


 妙に胸のすく思いで足取りの軽く、リリーはリゼの半歩後ろを追った。


〇ストーリー要約

・誘拐犯に抱えられて屋根から屋根への空中散歩を体験

・格式の高そうな家の庭に降ろされる

・リリーはリーゼロッテ(以下リゼと記載)と名乗る女性に預けられる

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