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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第一章

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 一夜を明かした空は晴れていた。


 散開した雲の残骸に控えた晴天と、降り(しき)る陽光を返す水はけの悪い地面の間には無数の足跡が残り、なおも新しく刻まれていく。


 その足跡の一つはリリーのものであった。


 今日も朝早くからゴミ拾いに出かけているのだ。


 昨日の件もあり、体は思うように動かないが、お金を稼がなければ同様の目に遭うことは明白だった。


 これ以上、父を失望させてはいけない。


 そんな強迫観念から、ゆっくりとではあるものの、たしかな足取りで普段の巡回ルートを回っていく。


 早朝という時間帯か、はたまた単に運がいいだけなのか、ゴミ拾いは順調だった。


 残飯こそ少なかったものの、可食部のほとんどない骨が一昨日の肉屋で見つけた量と同等以上あるし、なんと金属製の鍋まで落ちていた。


 リリーはその鍋にいつもの木の丸カゴと骨を入れ、大事に両手で抱える。まるで大量の現金を運んでいる気分にさえなった。


 さっさと換金してしまおう。


 悲鳴を上げている体に鞭を打ち、出せる最大速度で歩くリリーの足の親指が、コツンと何かを弾いた。


 石ころか何かだろうとリリーは思ってしかし、自然と弾かれた何かを視線が負追っていた。


 それは日々の苦労や不幸から、労いと幸福への揺り戻しだろうか。


 そこに落ちていたのは鈍色(にびいろ)の硬貨だった。


 鉄貨以外をほとんど見たことがないリリーは、色も相まって、鉄貨が落ちていると思い、拾い上げた。


 素直に、ないよりはマシだろうという思いからの行動だ。


 それに、硬貨は全て拾っておけという父の言葉をしっかり覚えていたことも大きい。


 普段なら道の往来で立ち止まる方を危険視して、見向きもしなかったかもしれない。


 拾った硬貨を見たリリーは、ふと、違和感に気が付いた。


 鉄貨は普通、錆の浮いていたり、欠けていたり、多少折れ曲がっていたり、凹んだりしていて、意匠というのも取ってつけたような雑なモノなのだ。


 だが、その硬貨は、錆びた様子もなく、確かな厚みによって担保された生成時のままの造形と精巧な意匠に、陽の光を映す銀色の光沢を放っている。


 リリーはそこでようやく、これは鉄貨ではないと思い至り、また同時に、これが銀貨かもしれないと考えついた。


 銀貨は、価値にして銅貨の十倍、普段リリーが手にする鉄貨の百倍の貨幣である。


 一昨日拾った金貨に比べれば百分の一の価値しかないが、そもそも金貨なんて日常で使われることなどめったにないため、銀貨は一般的かつ実質的な貨幣の最上位に当たる。


 それが今、リリーの手の中にあった。


 リリーは生唾を飲んで、銀貨を握る手が震えた。


 金貨の価値が分からなかった時とは違い、リリーは、その手の中にある物が、正確なところはともかくとして、相応に貴重であることを知っている。


 知らなければ、「きれいだなぁ」くらいの感想で済んでいたのに。


 リリーは今一度、その銀貨をぎゅっと握りしめた。


 なんとしてでも、他の何を差し置いても、父に届けなければならない。


 急に緊張感が増したせいもあったのだろう。


 考え事をしていたことと、鍋を持っていたこともあって、視野の狭くなっていたリリーは、歩きながら人にぶつかってしまった。


 相手は身なりのいい、若い男性であった。


 どのくらいの格なのかは判然としないが、身に着けている衣服やアクセサリーと、育ちの良さ特有の品のある佇まいから、上は上級貴族から最低でもそこそこ繁盛している商会の主くらいには見える。


 リリーが顔を上げて男と視線を交わすと、すぐに男の目から温かみと精気が抜け、眉間には深い谷を作られる。


 気品あふれる端正な表情から一転して、ゴミに(たか)る蝿でも見るかのような目つきに変わった。


 口元の横に出来た赤く真新しい切り傷も相まって、その人相な犯罪組織の長のような風体と言われても納得しそうなほどだった。


 一瞬、体を硬直させて頭が真っ白になったリリーだったが、種々の経験と教訓から、体は勝手に動いていた。


 持っていた鍋を地面に置いて、流れるように深々と土下座をしたのだ。


 口は開かず謝罪の言葉すら述べてはならない。


 仮に「すみませんでした。お許しください」とでも言えば、「発言を許した覚えはない」と火に油を注ぐことになるだろう。


 また、はたしてこれが正解なのかはリリーには定かではない。だが、あのまま突っ立っていたら、悲惨な目に遭うことだけは間違いなかった。


 ドン!


 土下座をして数秒、頭部に重たい衝撃が走り、ひっくり返ったリリーは地面を滑った。


 加えて、暗がりに覆われる視界と、顔面に重たく圧力がのしかかる。


 痛みに痙攣(けいれん)する瞼をうっすら開けると、今後一生、触れることすらないであろう、いかにも高級そうな革製の靴底に踏まれているのが分かった。


 リリーはそれでも、一切の抵抗を見せなかった。


 むしろ体の力を抜いて、全身を脱力させ、意思という意思を全て捨て去っていた。


 その態度と、ある種の誠意が伝わったのだろうか。


「気ぃ付けろクソガキ」


 男はそう言うと、リリーの掌から銀貨を拾い上げ、靴をどけた。


「ムカついてたけど、これに免じて許してやるよ」


 男の親指に弾かれた銀貨が、くるくると宙を舞った。


 空中で銀貨をキャッチした男は、背を向け、そのまま歩き去っていった。


 リリーはまた態勢を戻して再び土下座をし、男が見えなくなってからようやく起き上がった。


 蹴り飛ばされる前に置いていた鍋は無事で、そのことにほっと胸をなでおろすする。


 あのどさくさに紛れて同業に盗まれていても不思議ではなかったが、これは不幸中の幸いと言える。


 銀貨は失ったが、なんだかんだと言ってやはり、運が良い日なのかもしれない。


 気を取り直したリリーはしかし、蹴られた頭がズキズキと痛んでいた。


 この鍋を換金したら、今日はもう帰って休もう。


 ふらふらとした足取りで換金所を訪れたリリーは、鉄貨を受け取り家路に着いた。


 陽はまだ高く昇っていた。


 昨日の雨のせいで湿度がいやに高く、また、時間が経ったことで混ざり合った色々な臭いが立ち込めている。


 リリーは気持ち早く歩いて家の前まで帰ってきて、ピタリと足を止めた。


「やあリリー。会いたかったよ」


 一昨日ぶりに、あの男がやってきていて、玄関の前に立っていた。


「さあ、今日もたっぷり。昨日の分まで愛し合おう」


 細い肩に手が回り、体を密着させて、リリーは男と共に家の中へと入っていった。


〇ストーリー要約

・ゴミ拾いの最中、銀貨を拾う

・銀貨に浮かれていると、人にぶつかってしまう

・暴行を受けて銀貨を奪われるが、それだけで済んだ

・家に帰ると一昨日ぶりにあの男が立っていた

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