鬼さん、こちら
偽善が嫌い。何としてもそういう奴にはならない。
「…。」
火照った顔した女の子がこちらをまじまじ見ている。こういう一過性の欲も嫌いだ。お前らなら、羨ましいとか宣うんだろうな。はっ。こちとら、たつもんもおったてられへんから、無用の長物やがな。それにしても、今まさに気になっとるところやろう。何故こんなことになったかをや。それはな、——ほんの一時間前に遡る。
「あっぢぃ…。」
スポドリがなくっちゃぶっ倒れる季節になっちまった。部活には入ってねぇんで、さっさと帰るんだが、この短い帰路にもどうやら一本半はいるな。なくちゃ死ぬ。マウンテンバイクのボトルホルダに、まだ少し冷たいスポドリをぶち込みペダルをこぎ始めた。
汗を振って、どうにか一番の坂を越えた。いつのまにか空が赤く色づき始めている。例にもれず、好きな景色だよ。どうせお前らもだろ、なぁ。まぁんなことはどうでもいい。今日は早く帰ってゲームがしたい。テストはようやく終わったからな。今日はじっくりゲームを進めんだ。けれど、ある一点にどうしても目が留まってしまった。
「…。」
同じ制服を着た女子が道端で猫を触っている。珍しく、猫の方から触れ触れとすり寄っているもんだから思わず声を掛けてしまった。
「松本。」
名前は知ってる。クラスメートだからな。
「…あら。」
相変わらずマスクを付けて口元を隠していやがる。その上、重めの前髪でほとんど顔が見えなくなっちまってる。そしてあんまり喋らん。表情も分からんのではコミュニケーションが碌にできん。
「後ろ乗れよ。」
そして松本は意外にも拒否することなく自転車の後ろに乗った。…何?マウンテンバイクに荷物乗っけるところなんかねぇだろうよって?うるせぇ、マジレスすんな。バーカ。
「じゃ、しっかり乗ってろよ。」
ちなみに、なぜ急に後ろに乗せたかというと、まぁちょっと気になってはいたっていうか、家の近くまでなら送ってやろうかな、って思ったからだ。至って健全だろ。なぁ。ギャルゲとか触ったことがあるから少しわかるんだが、これがお前らの憧れる青春ってやつだろ。知ってるんだぜ。けど、こいつとはワンちゃんもねぇから安心しろ。どうせ友達どまりだろうから。
後ろから教えてもらいながら、どうにか近くまで来たようだ。
「…ありがと。降りるね。」
「お、おう。」
「…寄ってく。」
だいぶ茜がかってきた時間だった。夕日に照らされたか、それとも…。とにかく、
「いんや、帰るわ。」
と踵を返した。
けれどどうしても気になって、振り返ろうとして、それで…。
視界が塞がれた。そして、顔が何か熱い。
やがて、その顔が離れる。
「…あ、あぁ、お、お前馬鹿か。何やって、…意味が、分からん。」
「…。」
火照った顔して松本はこちらをまじまじ見ている。今度は間違いない。夕日は、どうにもこっちを向いていないみたいやし。
「あ、あたし、女、やで!」
頭がこんがらがって言わなくてもいいことをつい言ってしまった。深く後悔したが、松本の反応は予想外だった。
「あら。」
その一言だけ。アタシがズボンを履いてるのも、化粧をしてないのにも、何も言わず、代わりに抱き着いてきた。その時彼女は思ったより小さいんやと気づいた。やれやれ、こっちは必死の思いをしたんだが、こりゃ、魔性の女だな。まァ、アタシ好きだけどな、そういうの。




