trois
「どうしよう……!」
あの時すぐに読んでいれば……。私は便箋を抱きしめた。
レゾヌマ局長は真面目なお方だ。ずっと待っていらっしゃるに違いない。嘘の通報だったのに、現場で何時間も待たれていたことがある。暗くなったらご自宅に帰られていると思うけれど、局長ご自身が納得されるまで、あの湖へ通われているだろう。
「覚えていてくださったんですね」
あの頃、仕事を覚えるため、私は局長達に付き添っていた。任務の終わりに、私はあの湖のほとりで泣き声を聞いた。
草むらをかき分け、声の主と出会えた。人の親指ほどの大きさの、妖精だった。おかあさん、いかないで、と泣き叫んでいる。
「妖精は高潔な精神を持っているのだから、我々の魔法など施さなくてもいずれは癒える」
ベカン隊長は放っておけ、と仰った。制服は汚れたら洗えばきれいになる。でも、心についた傷は時間や医学では治せない。
「私は見過ごせません!」
小さな妖精に、今使える最大の心癒魔法をかけた。ハイドレンジアブルーの光に抱かれ、妖精の顔が晴れやかになっていった。
空の彼方へ飛び立つ妖精に手を振っていると、温かな風らしきものが私の背中に当たっていた。夕日? 後ろへ目を向けると、局長が微笑んでいらした。あれは、紫紺のフレームが特徴的な眼鏡の奥から吹いていたんだ。魔法ではない、もっと底の方から熱い、心でしか生み出せない……感情。局長はあまり話さないお方だけれど、周りを穏やかに見守っていて、もしもの時は強化の魔法をかけてくださる。
いつか私も、局長のような心癒魔術師になりたい。
終業の鐘が鳴ってすぐに、私はあの湖へ走った。レゾヌマ局長、お体を冷やされてはいないだろうか。川が干上がるほど暑い夏が過ぎると、急に肌寒くなるもの。熱を発する魔法なら、私にでもできる。
レゾヌマ局長、こちらこそなかなかお返事できなくて、ごめんなさい。私は、局長について、知らないことばかりです。もう一度、お会いしたいです。たくさん話したいです。
金木犀を散らしたように光る湖のむこうに、濃紺のローブをまとうおじさまがまっすぐ立っている。気品のあるお顔に、紫紺のフレームの眼鏡…………私は、手紙を片手にその人のお名前を呼んだ。
あとがき(めいたもの)
改めまして、八十島そらです。近くの公園や神社に彼岸花が咲きだしました。逆さまに見ると線香花火のようで、なぜか鼻の奥がツンとしました。
生まれ変わる場所は、月がいいです。地球を眺めながら細々と小説を書いていられる生活を送れますように。




