夏祭り―次の日
三題噺もどき―ななひゃくじゅうきゅう。
窓を叩く強風の音が聞こえる。
雨こそ降っていないものの、最近は毎日こうして風が強い。
涼しい分にはいいかもしれないが、運んでくるのは南風だ。暑くて仕方がない。
まぁ、部屋の中にいる分には涼しいので何も問題はないのだけど。
「……」
ずり落ちた眼鏡を掛けなおしながら、パソコンを操作する。
口内で遊んでいるキャンディは、少ししょっぱすぎるくらいに塩の味がした。
その奥の方でレモンの酸味が効いていて、うまくもなくまずくもなく……しかし好きな味ではない。とにかくしょっぱすぎる。
今の時期ならどこにでも売っている塩分補給のできる飴だ。必要性は感じないが、カゴの中から適当に取った手が悪い。
「……」
すぐにでも噛み砕いて、飲み込んでしまおうかと思ったが。
先日、それで口内を噛んだので、自重した。傷が残るようなことはないが、痛いことには変わりない。あの程度の痛みはどうってことはないが、痛いことは誰だって避けるものだろう。進んでそれを受けに行くのは、私からすればモノ好きのすることだ。そういう趣味嗜好の者がこの世にはいるので、深くは追及しないが。
「……」
何とも言えないキャンディを口の中で遊ばせながら、仕事を進めていく。
今日の仕事はたいしたことはないが、細かい作業で目が疲れて仕方ない。
パソコンを見続けるのも疲れるので、それを軽減させるためにブルーライトカットの眼鏡をかけているが……市販のものでサイズがあっていないのが悪いのか、定期的にずり落ちてくる。
「……」
そうこうしているうちに、小さくなったキャンディをようやく飲み込む。
ついでに、水分補給もかねて机の上に置かれているコップに手を伸ばす。
「……」
コーヒーを入れたつもりだったのに、中身はココアが入っていた。
嫌いと言うわけではないが、今。口の中は何とも言えない塩味と微妙な酸味と甘味がのこっていて、気持ちのいいモノではないのに。
そこに少し粘り気のある、味のしっかりしたココアを流し込まれて……。
思わずしかめても、誰も文句は言うまいよ。
「……」
なんだか、一気にやる気が削がれた気分だ。
昨夜の夏祭りで、らしくもなくはしゃいだのが悪かったか……まだ疲れがのこっていたのかもしれない。
ココアとコーヒーなんて、どうやったら間違える。お湯を入れた時点で香りが違うのだから気づいてもおかしくない。そもそも粉の時点で匂いがするだろうに。
「……なんて顔してるんですか」
「……」
だからノックをしろと言うのに。
昨日の夏祭りの姿とは打って変わって。見慣れた小柄な青年の姿で部屋の入り口に立つ私の従者は、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
時計を見ると、そろそろ昼食の時間だった。
この口で、昼食……?
「……ココアが入っていた」
「ご自分で淹れたんでしょう」
ごもっともなことを言われては、ぐうのねもでない。
コイツも昨夜の祭りで私以上に疲れているはずなんだが、そんな様子をおくびにも出さず、今日も寝起きからきびきびと家事をしていた。
ちなみに今日のエプロンは、黄色の向日葵がワンポイントに入っている、珍しい色味のものだ。後ろ手にボタンで止めるタイプのやつではあるが。
「お昼ですよ」
「うん……」
呆れながら、リビングへと戻っていく。
とりあえず、水でも飲んで口の中をリセットしよう。
すこしは気分もリセットされるだろう。
「……」
パソコン画面を閉じたり、保存したりして。
ココアの入っていたマグカップと、キャンディの籠の中に残っていた塩系のものを取り出し、リビングへと向かう。
とりあえず、水を飲もう。
「……お前これ、繋がってるぞ」
「え、あぁ、失礼しました」
「……疲れてるなら、休んでいいんだぞ?」
「あとで休憩します」
「……休めよ?」
お題:キャンディ・ココア・向日葵