確かに目力最強聖女と呼ばれていますが、すべて目力で乗り越えろっていうのはさすがに無茶ぶりでは?
大体の生き物は私が睨むだけで恐れおののき、ほとんどの場合言うことに従ってくれます。
それは人も魔物も動物も大体そうで。
それ故に私、フラウワ・メイリーンは、目力最強聖女と恐れられています。
私がカッと一睨みすると、大体みんな「すみませんでした……」と言うのです。
おかげで人と揉めることで苦労したことがありません。
女子のいざこざも、悪い人に絡まれたときも、大体のことは目力で乗り切ってきました。
私がカッと一睨みするなり、向こうが謝ってくれるのが申し訳なくて、むしろこちらから謝る癖がついたほどです。
そのため私は人と争うことが基本なく、周囲と穏やかな日々を送っていました。
私は確かに人よりぱっちりとした大きな赤い目をしています。目つきは鋭いと言われますが、自分ではそれほどキツイと思っていません。
ある日私は、聖女としての神託を受けました。
神託を受ける前も後も、私にできることは祈ることぐらいです。
文字通り祈るだけで、回復魔法とか付与魔法とか、そういうことは一切できません。
今、困難に直面している誰かのために何かしたいと、ただただ彼らの幸せを願う日々が続いていました。
そんな私のもとに、勇者パーティーへの加入依頼があったのです。
だけど私が魔法の類が一切できないと知ると、彼らは私を連れて行くことを躊躇いました。
本当にただただ普通の20歳そこそこの女子だからです。体力もある方ではないので、長旅も正直キツイ。
そのため、私が呼ばれたのはラスボス戦、つまり魔王との戦いでした。
ラスボス戦には呼ばれたわけです。
いやいや、ちょっとそれってどうなの?
確かに以前勇者パーティーに参加して、街の近所で戦った時、すべての魔物が「すみませんでした……」と私の目力に戦意喪失したけども。
それを見た勇者たちは私を連れて冒険を続けようかと迷ったようですが、私の体力が長旅向きではなかったので、ラスボス戦に魔法で呼び出されたのでした。
最終兵器として。
マジですか。
巨大な魔王は、魔王という名にふさわしく、禍々しいオーラを放っていました。まだかなり元気そうで、ぎらぎらと魔力を放ってもいます。
一方勇者パーティーは、ほぼ戦闘不能という大ピンチ状態。
だからこそ一縷の望みをかけて私を呼び出したのでしょう。
うーんどうしましょう?
とりあえず私は、カッと魔王を睨みました。
さすがに魔王、何の変化もありません。
すべて目力で乗り越えろっていうのは、さすがに無茶ぶりでは?
私がそう思っていると……
「まさか……大魔王様……?」
何それ?
魔王の発言に、私は首を傾げます。
「えっと……」
「先の大戦で亡くなられたとばかり思っていましたが、まさかそのようなお姿になっていらっしゃるとは」
そう言うと、魔王は私にひれ伏したのです。
どうします? これ。
「とにかく、争うことはおやめなさい」
まあ、せっかく誤解しているならそれはそれ。
私は調子に乗ってそう言ってみました。
「何故このようなことをしたのですか?」
「あなた様の遺志を継ぎ、世界を征服しようと……」
「そんなこと、私は望んでいません」
「すみませんでした……」
いつもの展開になってしまいました。
気づけば目を覚ました勇者様が、小刻みに震えながら、怯えた様子でこちらを見ています。
いや、仲間なんですけど。助けに来たのにひどいな。
「ところで……」
私は魔王と交渉し、特定の領土からこちら側には来ないこと、人を襲わないことをきっちり約束させました。
そうして平和が訪れたと思っていたのです。
だけど。
大魔王との噂が立ったせいで、私は街に住むことができなくなってしまいました。
せっかく平和をもたらしたというのに、ひどい話です。
そこで私は、遠い親戚の辺境伯のところに身を寄せることになりました。
そこにはマリアンヌという、自分勝手で有名な一人娘がいました。
私は彼女の家庭教師をすることになったのですが、彼女はこれまで雇ってきたメイドや家庭教師をことごとくいじめ倒して辞めさせ、悪評極まっていました。法外な報酬にも関わらず、家庭教師のなり手がいないほどでした。
そこで彼女の父親である辺境伯から依頼を受け、私はマリアンヌ嬢と対面することになりました。
「あんたなんか、即クビにしてやるわ!」
長い金髪の巻き毛が愛らしいマリアンヌ嬢。気の強そうな少し年下の彼女は、私に対してそう息巻いていたのですが。
「そうですか」
私がカッと一睨みした途端。
「すみませんでした……」
いや、だから何で?
あっさりとそう言うので、私は逆に怖くなりました。
やっぱり大魔王なのかもしれません。
マリアンヌ嬢は私以外には極悪令嬢だったのですが、一つ一つの行動を睨んで止めているうちに、徐々に普通の育ちの良いお嬢様になりました。
「ねぇ、あなたはどうしてこんなところに来ることになったの?」
マリアンヌ嬢にそう言われ、私は「大魔王と間違えられたんですよ」と答えると、彼女は笑いました。
「確かに目力はすごいけれど、それ以外は普通なのにね」
マリアンヌ嬢はそう言うと、私の手を握り締めました。
「あなたを悪く言う輩は、私が徹底的にやっつけてあげる!」
それは丁重にお断りしました。
そんなある日、マリアンヌ嬢の元に王家からダンスパーティーのお誘いが届きました。そのパーティーは、王子の花嫁候補を探すものとして行われるものです。国中の乙女が参加したいと思うその会ですが、マリアンヌ嬢は違いました。
「めんどくさ。欠席するわけにもいかないし、代わりにフラウワが行ってよ」
「ダメです(カッ)」
「すみませんでした……ってでも、一人で行きたくない。私みんなに嫌われているしさ、一緒に来てよ。それなら行くから」
マリアンヌ嬢にそう懇願され、私は仕方なくダンスパーティーに参加することになりました。
最低限踊ることはできますが、私がダンスを披露することはないでしょう。隅っこの方でそう思っていると。
長いドレスから短剣を出した女性が、王子を人質に取り、何やら叫んでいます。
パーティーどころではなくなってしまいました。
王子を助けようと近づいた護衛の一人が、魔法攻撃に倒れ込みました。
困った事態のようです。
私は仕方なく、王子たちの前に現れました。
「その手を放しなさい」
「はっ、そんなことより、私の要望を聞きなさい! さもなければ、この王子の命は無いと思え!」
「とりあえず落ち着いて、手を放してください」
私はいつもの調子でその犯人の女性をカッと睨みました。
「すみませんでした……」
いや、だから何で?
そうして王子は解放され、犯人は囚われました。
私はそれを見届け、面倒くさいことにならないうちに帰ることにしました。
すると。
先ほどの王子が全力で追いかけてくるではありませんか。
「お待ちください!」
「待ちません」
私は王子を一睨みして動きを止めさせ、マリアンヌ嬢と馬車で帰ることにしました。
けれど後日、やっぱりというか、手紙が届きました。
それは熱烈なラブレターでした。
ご丁寧にマリアンヌ嬢が朗読してくれるのを聞きながら、私は困ったことになったなと思いました。
「あなたの目力に、恋に落ちました……だってさ」
マリアンヌ嬢はにやにやと楽しそうに笑っています。
「こういうのって、どうやって断ったらいいんですか?」
「嫌われるぐらいしか思いつかないけど。でも、相手は大魔王のあなたを好きだって言うんだから、それはそれでいいんじゃない?」
確かにそうかもしれません。
私は一度、王子と会ってみることにしました。
「お会いできて嬉しいです」
王子は私に会うなり、笑顔でそう言いました。
私に好意的な人というのは、確かにいます。でも、大抵はこの目力で終わるのです。
なので私は、カッと目力を込めて王子を見つめました。
「すみませんでした……」
やっぱりそうなるのですね。
私は王子と話をし、それから「あなたの恋はまやかしです」といった内容を目力で承諾させ、帰宅しました。
私の目力に怯まないような人でなければ、きっと好きにはなれないと、私はこの時思いました。
「今までに、目力に怯まなかった人って、いなかったの?」
マリアンヌ嬢に言われ、私はしばし考えました。
私の身内ですら、私の目力には恐れをなしていました。
最強にして最恐。
それ故に、私は本当の意味で好きな人を作ることに難儀していました。
以前、お付き合いしていた人の浮気に気づいた時は、「浮気したんですか?」と目力全開で尋ねたら、即「すみませんでした……」と返ってきましたし、浮気の理由は私が恐いからでした。
うーん、恋って難しい。
でも思い返せば一人、私の目力に怯まない人がいました。
彼は私の古くからの友人で、俗に言う幼馴染ですが、今は騎士団に所属しています。
私がマリアンヌ嬢にそのことを告げると。
「ふーん……」
どうやら彼女は「これは面白そうだぞ」と思ったみたいで、彼女の策略により、数日後騎士団の幼馴染、ライハルトがやって来ました。
「まさかこんなところで会うとは」
ライハルトはさわやかな笑みで言いました。
青い髪に茶色い瞳をした彼は、いつ見てもにこにこと笑みを浮かべています。今は騎士団で立派に仕事をしているはずですが、相変わらず穏やかそうな雰囲気をしていました。
「『大魔王』の噂は聞いているよ。よくわからないんだよなあ、昔から」
せっかくなので、久々に彼を見つめてみることにしました。
目力でカッと彼を見つめます。
「それ、みんな恐いって言うけど、何でだろうな」
全然変化なし。
もしかしたら彼は、大魔王より更に上の何かなのかもしれません。
効かないと効かないで、何だか少し寂しくもあります。
話をしているうちに、私はライハルトのことを好意的に思う自分に気づきました。
けれど聞けば、彼には婚約者がいるようです。
私がカッと一睨みすれば、大抵の女性は彼から離れていくでしょう。
ですがそうすることは躊躇われました。
本物の大魔王にはなりたくないですし。
そもそも彼が幸せなら、それを邪魔する気にはなれません。
だけど私のこの想いは、どうしたら良いのでしょうか。
彼が帰った後、「一緒に世界を滅ぼす?」と囁くマリアンヌ嬢から休暇をもらい、一人旅に出ることにしました。
私の目力に怯まない誰かを求めて。
ちなみに私のこの一睨みは、視力とは関係が無いことがわかっています。
何と言うか、圧にやられるみたいです。
私はしばしの間、田舎でのんびり過ごすことにしました。
そしてこの想いを忘れようと思ったのです。
けれどそうこうしている間に、魔王は約束を破って人里を襲うようになり、マリアンヌ嬢は悪役令嬢よろしく悪の限りを尽くし、王子は国政をめちゃめちゃにし、ライハルトは「申し訳ないけど、君を愛することはもうない」的な感じで婚約破棄をしたようでした。
さて、どうしましょうか。
私はとりあえず魔王に睨みを利かせ、マリアンヌ嬢をなだめ、王子を叱責し、ライハルトと再会しました。
言うと簡単ですけど……まあ睨んだだけなんですけど。
私はライハルトに尋ねました。
「あの人のことを好きだったんじゃないんですか?」
そう言うと彼は、私の方をじっと見つめました。
「君のことが頭から離れないんだ。ずっと、ずっと」
私の目力が離れなくなったんでしょうか?
離れない目力って、私、本格的に大魔王になっちゃったんでしょうか?
そんな風に混乱していると。
「君と会ったときに思ったんだ。やっぱり好きなのは君だけだと」
ライハルトは私のことを好きだと言ってくれました。
「ありがとうございます」
私は他人事のようにそう言いました。
「私は……」
私は、目力に怯まないからライハルトのことが好きで。
だけどそれ以外の何かで、ライハルトのことを好きなわけでもないのかも。
そんな自分に、気づいてしまったのです。
「少し考えたいので、ちょっと出かけてきても良いですか?」
そう言うわけで、私はしばし旅に出ることにしました。
私は旅先でライハルトに手紙を書きました。
美しいと思った景色のこと。街で出会った人のこと。感動したすべてを。
ライハルトも手紙を送ってくれました。
彼からの手紙を読むうちに、今の彼を少しずつ知るようになっていました。
その中に、こんなことが書かれていました。
「多分僕が他の人のようにあなたの目を恐れないのは、ずっと前からあなたのことが好きだったからだと思います」
好きだと恐くないなら、王子とか過去に付き合った人は何だったのでしょうか……?
まあ、やっぱり、ライハルトは変わった人なのだと思います。
そうやって手紙を交わすうちに、少しずつ距離が縮まっている感覚がありました。
そんな風にのんびりしているうちに、魔王はまた復活し、マリアンヌ嬢は悪の限りを(以下略)。
私はのんびりすることもままならないようです。
「そういうわけで、あなたと結婚することは難しいです」
私が一睨みし続けないと、この世界の均衡は保てないようなのです。
「そうですか」
ライハルトはそう言って納得したようでした。
「じゃあ、僕も何かしようかな」
「え?」
「それなら、一緒にいられますよね?」
そうして何故か一睨みルーティンに、ライハルトも参戦したのです。
「ふははははは!」
「ちょっと静かにしてもらえますか?」
「すみません……」
今日も魔王を睨むところから始まります。
そして一日の終わりにライハルトとのんびりお茶を楽しむのが、いつもの私の日課です。
<終わり>
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