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インタラプション

1994年の年末の神戸、とある大きな神社の社務所では二課と充との神経の削り合いが続いていた。


「沢村さん、そうは言いますけど今のセンセ達はたいがいアレでっせ。人間権力持ったら本性出すって言いますけど、この野合内閣になってからはそら酷い。たぶん、何千人死んでも性根は変わらんでしょうな(*0) 」


「だからって、多くの人が亡くなるのを黙って見てるなんて……」


食い下がる未来。当然だ。その「多くの人」の中に自分の母がいるのだから。


「黙って見てるわけやない。この時代なりにやれることは全部やる。ただズルはせえへんだけや。あんたらの忠告なんか()うても起きたことには粛々と向かう。これの何が悪いんや?」


未来ははっと息を呑んだ。

被災者として子どもの頃から嫌でも目にしてきた当時の記録。多くの人による救助活動、復興への努力――そこには傍観や手抜きは見当たらなかった。そう、彼らの言うことは間違っていないのだ。


―― むしろ、ズルをしようとしたのは自分達。


「こない考えたことはあれへんかな? お二人が神戸に来たせいで地震が起きたんとちゃうか、と」


充も未来もその言葉にビクッと肩を震わせた。


店ごとタイムスリップしてきて車で乗り付けるという、物理法則をいくつかまとめてゴミ箱に叩き込むような真似をしているのだ。天変地異の原因になっていないとは言い切れない。

事実、2025年の二課はその心配をして何やらセンサーを取り付けていたではないか。


「歴史の改変には十分気をつけているつもりなんですが……」


充がなんとか言葉を絞り出す。しかしその言葉には何の裏付けもない。ただのお気持ち表明だ。


男は首を振ってそれを制した。


「大きな流れは変わってないにしても、個人レベルでは十分変わってるのと違いますか?

 おたくらは複数回タイムスリップをしてますやろ?その時、誰とも話さず何も買わず、何も手放さんかったちゅうことはない筈や。私らが調べただけでも、おたくらのお陰で人生変わった人は何人かいてはりますな。今まではたまたま大事には発展せえへんかっただけ、と言えませんやろか」


ぐうの音もでない充。


確かに充の渡したジャンク品は、それを手にした人間の人生を大きく変えていた。まずかった温泉宿のメシが急に美味くなり、シャンデリアの電気代がごっそり減り、可哀想な経理課長が出世コースに乗っても、それが政権交代や経済事件の引き金になることはなかった。


競走馬の着順一つ変わらなかったのだ。


それこそが充と未来の今回の神戸来訪の拠り所でもあった。未来の母一人が震災を生き抜いたとして、それが歴史を変えることには繋がらないだろう―― 充も未来もそれを心の何処かで免罪符のように考えていたのだ。


だがしかし、歴史を変えたかどうかはどこに視座を置いているか次第でどうとでも言える。自分たちのやったことが歴史の大きな流れを変えるかどうかはともかく、小さなところでは確実に変わっている筈だ。

たとえ歴史を変えまいと充がその場で自殺したとしても、その死体を処理する人、死亡診断書を書く医師、死因その他の調査をする人々の未来をいくらか変えてしまうであろうことは否定できない。


遠くで低い、大砲を撃つような音が聞こえる(*1)。その音に苛立ちながらも充の思考はループを続けていた。


「さて、もうよろしいやろ。このまま何もせんと神戸から立ち去っていただけませんやろか。そうしてもらわんと、私らもやりとぅない仕事せなならんので」


男のドスが効いた声がひときわ低くなる。充も未来も解っていた。これは交渉ですらない。決定権はこちらにはなく、決定事項の通達が向こうの温情で交渉のように見えているだけだ。

断った場合は神戸港で死体が2つ、魚のエサになるだけなのだろう。

それは、充がこれまで何度と無く経験したタイムスリップの中で初めて遭遇した、明確な生命の危機でもあった。


部屋の寒さとは裏腹に、充のこめかみからつう、と汗が頬に伝う。

未来は何も言わない。俯いて、ただ悲しそうな顔をしているだけだった。


「わかっ……」


「!?」


充が口を開いたまさにその時、充と未来を白い霧が包んだ。

霧は自ら異様な光を発し、二人の姿は徐々に霧と同化し消えていく。

二課のメンバーの一人があわてて霧に向かって手を伸ばしたが、その手は空を切るだけに終わった。


神社の杜を根城にしていたカラスの群れが一斉に飛び立ち大きな声で鳴いている。

二課のメンバーはその場を一歩も動けず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「あの……常住課長……?」


「せやな。あの二人は何もせんと神戸からおらんようになった、皆、それでええな?」


男の迫力ある声に、他のメンバー達はサングラスの下でなんとも言えぬ表情を浮かべながら頷く。

充たちが駐車していた車を見張っていた別のメンバーから「車が光を発して消えた」と連絡があったのはその数分後のことだった。


*  *  *


充と未来も、二課のメンバーたちと同じく呆然と立ち尽くしていた。

違うのは、さっきまで自分たちを取り囲んでいた二課のメンバーが消えているということだ。


通りかかった権禰宜ごんねぎ(*2) は二人から事情を聞くと、疑うこと無く社務所の奥から二人の靴を持ってきてそれぞれに手渡した。


「お二人みたいな人が来たら渡しとくように、と申し送りがありましたよって」


靴を履き、神社を後にした二人は自分たちがどういう状況に置かれたか分からず神戸の街を彷徨った。

その風景は先程見ていたのとは少し違う。人々は下を向きながらスマートフォンをいじりながら歩いていたのだ。

未来は反射的に自分のポケットにあるスマートフォンを取り出した。


「サナッさん、これ!」


未来が充に見せたスマートフォンの画面―― そこに表示された時計は、二人がタイムスリップしてから2時間も経っていないことを示していた。


「そうか。帰ってきたのか……俺達」


「母さんと話せなかったのは残念すぎるけど、とりあえずあの険悪な雰囲気ムードからは逃れられたわね」


眉をしかめ肩をすぼめる未来。しかし充の表情は硬いままだ。


「それはわからんよ。この後東京に無事に帰れるのか、帰れたとして、常住さんたちと良好な関係でいられるのか」


過去の二課と今回の件で軋轢がでたのなら、過去の友好な二課の存在は自分たちだけが知る「変更される前の時間軸」のものだ。


「いや、さっきの出来事を踏襲して、なお2025年の二課は俺達に協力的なのかな?」


「原因と結果がこう入り組むと、よくわかんないわよね」


混乱する頭を抱えつつ記憶を辿って駐車場のあった場所に行くと、そこには立派なマンションが立っていた。

その玄関を塞ぐように充の車が止まっており、あたりには数人の子どもの野次馬と警察官の姿が見える。


「すいません。その車は僕のです。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ない」


「ああ、この車の持ち主の方ですか。マンションの管理人から通報がありましたよ。公道ではないので駐車違反にはなりませんが、無許可で駐車してどこかに行くのは駄目でしょ。あとでちゃんとここの管理の人と話し合ってくださいね」


警官と管理人からこっぴどく叱られた後、二人は車に乗り込んで東京へと向かった。


「……なんか、びっくりするくらい普通の日常ね」


「そうだな。店から離れてても帰ってこれたのにも驚いてる」


「それにしても、今回の帰還はなんか突然だったわね。いつもとぜんぜん違う感じ」


「まあ、とりあえず店に戻って、難しいことは明日考えよう」


充の車のライトが新東名の濡れたアスファルトを照らす。

未来は疲れたのか助手席でうたた寝をしているが、その頬には涙の跡が見えた。

(*0) 実際当時の首相は阪神・淡路大震災への対応の遅れは自衛隊の災害対応に関する法整備と官僚機構の報告の遅れが原因とし、死ぬまで自分の指揮能力の不足ではないと言い張ったが首相に留まるには限界があり辞任。緊急事態への対応能力や危機管理能力がないことを露呈した。

(*1) 阪神・淡路大震災の1ヶ月くらい前から、六甲山や神戸市内では「どーん」という音が聞こえていたようです。

(*2) 権禰宜(ごんねぎ): 神社のトップである宮司・幹部の禰宜(ねぎ)の下で働く神職。出仕、巫女を指導し、社務員と連携する。


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