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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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シュレーディンガーのジャンク屋


「17日分かあ……分かってはいたけどいざ()るとなると覚悟がいるな」


1996年から帰還した充は未来を家に帰すと、屋外に設置していた監視カメラの録画映像を確認し始めた。長丁場を予想したのかコーヒーとお茶菓子を用意して万全の体制だ。だが、その予想は開始5分であっさり覆った。


「こんな客、いたっけか……? いや、まてよ」


あきらかにこの店に入ってきている客がいるのだ。しかも何組も。だが充はこれらの客に覚えがない。

一方で店から出ていく客は、今はもう使っていない真田無線のロゴが入ったビニール袋を手にぶらさげていた。

その袋から覗くアレコレは当時のジャンク屋で扱ってそうなものばかり。

つまりその客たちは充のいる店舗ではなく、おそらくは充の父が店番をしていた店舗で買い物をしてきたということになる。


レーザーマウスを買っていった事務員が来た時、ほかに客は居なかったはず。

しかし、タイミング的には他に何人かいないとおかしいくらいの客足なのだ。

そう映像は語っている。


( これは……いったいどう解釈すればいいんだ……?)


あまりにも予想外。予想外過ぎて充の頭は完全に焼かれてしまった。


( 誰か、この状況を整理して仮説の一つも立ててくれそうな奴はいないか? )


充はそれができそうな唯一の知り合い、常住に救いの手を求めるべくメールを打った。彼女はオカルトの専門家でも物理の専門家でもない。が、しかし、その時の充には、彼女に頼ることが一番良いと思えたのだ、何故か。


◇ ◇ ◇


♪るったんたん、るったったたん


1時間もしないうちに電話の着信。スマホの画面には「常住さん」の名が大きく表示されている。


『もしもし、真田無線です』


『真田さん、常住です。なんだか凄いことになってるってことですよね?』


常住の声は転がるような嬉しさを隠しきれていない。


『ええ、どう解釈したものか分からずご連絡差し上げた次第で。どこかでお話できませんか?』


『今、本社(きょうと)なんですよ。前回、旦那に怒られちゃったんでもうアキバの店舗にはお邪魔できませんが、近い内に東京に行きますのでそこでお話をしましょう。いやあ、面白い』


『ああ、旦那さんにはよろしくお伝え下さい。では、一通り状況を整理してサマった資料を作っておきます』


『はい、旦那にはちゃんと伝えときます。それで、スケジュール的に明後日くらいになると思いますが大丈夫でしょうか?』


◇ ◇ ◇


約束の日、充はタイムスリップに巻き込むリスクを避けるため、霞が関の貸し会議室で常住と宮塚を待っていた。ほどなくして現れた二人は挨拶もそこそこに、ノートPCに映し出された屋外カメラと店内カメラの映像を食い入るように()始める。


「聞いてはいましたが信じられません。この映像が正しいのであれば、タイムスリップ中、過去の真田無線と2025年の真田無線が同じ場所に同時に存在している……?」


宮塚が呻くように呟く。常澄は興奮を隠せない様子で身を乗り出した。


「まさに、『シュレーディンガーの猫』ですね。箱を開けるまで猫の生死が確定しないように、真田無線も『観測』されるまでどちらの状態も取りうる『重ね合わせ』の状態にある、と」


「重ね合わせ……ですか?」


充のうろたえたような問いに常澄は静かに頷いた。


「ええ。そして観測者は、助けを求める『お客様』です。彼らが『のっぴきならない事情』を抱えて店のドアを開けるという行為が、どちらの真田無線に繋がるかを決定づける。彼らの強い願いや主観というフィルターが、いわば確率の波を収縮させているんです」


「……なるほど。だから俺は、過去の親父に会えないし、店ですれ違うこともないんですね。俺の店に来る客は俺に用事がある客だけで、親父の店に行く客は、親父の店に用がある……」


充の中で、長い間抱えていた疑問に一つの答えが出た。自分がタイムスリップ中に街に出かけても父や祖父と鉢合わせしなかったのは、そもそも互いが観測する世界が微妙にズレていたからなのだ。


そして、宮塚がその話を遮るように口を開く。


「こちらからも報告があります。前回のタイムスリップ時、神田明神や駅前の不動明王祭祀殿、そして真田無線ビル周辺に設置した各種センサーが顕著な異常値を記録しました。特に電磁場の揺らぎが凄まじい」


宮塚はグラフが表示されたタブレット画面を充に見せた。


「常住さんの仮説に宗教学的な解釈を加えるなら、この現象は土地由来か、宗教由来かは判りませんが何かしらの『力』が蓄積されている場所をアンカーとしている可能性があります。それが祈りや願いといったものとどう関係しているのかは今のところ想像の域を出ませんが、全くの無関係ということもなさそうです」


「……話が大きくなりすぎてる気がします」


充は頭を抱えた。常住が話を戻す。


「まあ、宮塚さんの説はともかく、店が『重ね合わせ状態』にあるという仮説は、映像が示す状況によく合致します。苦境にある者の主観が、彼らを救うにふさわしい方の店へと扉を開かせている。充さんの店は、いわば『救済』という事象が確定した世界線。お父様の店は、それが起こらなかった、本来の歴史の世界線。その二つが、過去という一点で重なっているんです」


「シュレーディンガーのジャンク屋、か……」


充は力なく呟いた。自分の店が、そんな不確かで奇妙な存在だったとは。


「……まだ分からないことだらけですね」


「ええ。ですが、大きな一歩です。そしてここまでのことをやってのけるタイムスリップの仕掛け人には恐怖を超えて、畏敬の念すら抱きそうになりますね」


常住は微笑んだ。


「この情報は、長官(うえ)には報告せず、我々のレベルで厳重に管理します。それが宗務二課の原則ですのでご安心を。引き続き、情報交換をお願いします」


会議室を出た充の足取りは重い。謎が一つ解明された一方で、遥かに底の知れない恐怖が彼を包んでいた。常住の仮説も、宮塚の私見も突飛ではあるがどちらも否定できない。

何より、宮塚が見せたセンサーのデータは地味に充の心を(えぐ)っていた。


宗教施設の特性の利用、電磁場のゆらぎなどの物理的な干渉、そして客の「願い」――A6は単にumma4と対話しているだけの存在ではない。時空を歪め、現実世界に観測可能な物理現象を起こすだけでなく、人の心理状態、社会的困窮、そういったものまで認識可能な規格外の力を持っている。


自分の店が、自分が作ったAIが、そんな存在に目をつけられているのだ。


秋葉原に戻った充は、誰にもともなく呟いた。


「……観測者が俺だとしたら、俺は一体、何を見ればいいんだ?」


答えは、まだ見つかりそうにない。

(*) 宗務ニ課は諸外国との連携上必要ではあるが、設置時の社会風潮が反オカルトに偏っていたこともあるため、時の総理大臣が「二課に内閣への報告義務ナシ」と定めたというご都合主義的な設定があります。

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