監視カメラと認識阻害
「よっし……こんなもんかな」
雑居ビルの3階、埃っぽい空気が漂うがらんとした空き事務所の小さなベランダ。充は脚立の上で汗を拭い、今しがた軒先に固定したばかりの防犯カメラを見上げた。
通りを挟んだ向かいには見慣れた自社ビル「真田無線」の入口が見える。
ビルの大家は昔から充と顔なじみだ。暫くの間という条件付きで、その大家に話をつけ、自社ビルを見張ることにしたのである。
◇ ◇ ◇
ノートPCの画面に設置したばかりのカメラが映し出す店先の映像はまだ少し白飛びしていた。
通行人の流れが途切れた瞬間、スーツ姿の男がフレームインし、そのまま自動ドアをくぐる。
♬ぴぽぴぽぴんぽーん
古いプラスチックが加水分解する時の僅かな匂いが来訪者の持ち込んだ外気で揺れる。
そこに立っていたのは、この秋葉原のジャンク屋には場違いなほど仕立ての良いスーツを着こなした男―― 文化庁宗務二課の宮塚だった。
「らっしゃい」
充は他の客と同じように、丁寧に頭を下げて宮塚を出迎えた。
「どうも、ご活躍なようで」
「いえいえ、ニノニさんにはいつも、得難いご協力を賜り感謝しています」
慇懃無礼な挨拶を交わす二人だが、霞が関の役人がただぶらりと秋葉原のジャンク屋に来るわけもない。
「今日は例の案件で?」
「ああ、まあそうなんですけど、それよりも店に向けてカメラを取り付けていましたよね。あれはまた、どういう趣向ですか?」
充の眉間に一瞬シワが寄る。カメラを設置してほんの2時間かそこらで役人が来たということは、この店は監視されていたということだ。そして宮塚はそれを隠そうともしていない。
二人の間に漂う微妙な空気を感じ取ったのか、2,3人いた他の客はそそくさと店を出ていく。
笑顔と会釈で客を見送ったあと、充はため息混じりに宮塚に向き直った。
「常住さんから、うちの店がとんでもないことになってるのは聞いてますよね?」
「いやあ言われるまで気づかなかったんでびっくりしましたよ。確かに、二課の時間漂流者リストにビルごと載っていました」
宮塚は笑いながら答えるが、その目は笑っていない。
「実は、タイムスリップ中にこの真田無線がどうなっているのかを知りたいと思ってるんです。店ごと消えるのか、それともここに在り続けるのか……」
「なるほど……」
宮塚の微妙な返し。少しの沈黙の後に充は頭を抱えた。
「そうか……どうせ店が監視対象になっているのなら、わざわざ自前でカメラを設置しなくても良かったのか……」
「監視とは人聞きが悪い……けど、そうですね。聞いていただければ、我々の答えられる範囲で知ってることはお話しできますよ」
どうもタイミングが良いと思った……とため息を付く充。
きっと充が仕掛けたカメラによって、霞が関側の監視スキームがバレるのが嫌なのだろう。
情報を提供するからカメラを撤去しろということか。
「では聞かせてください。この店はタイムスリップしている間、外からはどう見えてるんですか?」
「そうですね……私達が観察したところでは、まるでそこに店などないかのように人々は通り過ぎていきます。アニメに出てくる『認識阻害の魔法』にかかっているようだったとでも言えばご理解いただけますでしょうか」
充の脳裏に、過去のタイムスリップから帰還した直後の光景が蘇る。確かに、あの時は妙だった。
まるで突然この店が現れたかのように、道行く人が声を上げてびっくりしていたのだ。
あの通行人は宮塚の言う『認識阻害』が解けた瞬間に居合わせたのだろう。
「そうなんですね……」
「興味深いということで、最近周囲の電場やなんかを計測しはじめたところです。なにか判ったことがあればご報告しますよ。そうそう、いつ頃タイムスリップがあったか、詳しい時間を書き残していただけると助かります。タイムスリップの開始時間、終了時間は外からの計測だと厳密には解らないものですから」
監視よりは計測のほうがいくらか気が楽だし、拒否しても彼らは引き下がらないだろう。
知らないところで暗躍されるよりは、と充はしぶしぶ宮塚の提案を飲んだ。
「逆に、過去に飛んだ真田無線の客足はどうなんです?過去でも商売は続けていると聞きましたが」
宮塚の問いに、あらためて充は腕を組んで唸った。
考えてみれば、特徴的なリクエストは多々あれど、数で見れば驚くほど客は来なかったのである。
「単純に時代にあった商品を置いていないことが原因かと思っていましたが、何か外の要因があったんですかねえ……?」
「いやあ、聞いてるのは私の方ですよ真田さん。こちらには過去の様子は分からないんですから」
「じゃあ、そこのカメラを取り外してうちの店の入口にでもつけてみますよ」
「もうタイムスリップは起こらないかもしれませんけどね……」と言いかけて充は口ごもった。
A6とumma4の過去世界の取材に終わりが近づいているのに間違いはないが、それにはまだ、少しだけ猶予があるような気もするのだ。




