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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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昭和48年の料理勝負(前編)

「ねえサナっさん、それ何?」


未来が棚の奥を覗き込みながら尋ねた。

見た目は銀色の筒に電源コード。少し広い上面にはデジタル表記の数字とスイッチが並んでいる。


「ああ、福引の賞品の余りを引き取ったんだ」


またしても荒川の商店街である。

どうしてあそこのオヤジは毎回賞品を余らせるのか。

わざわざ秋葉原の真田無線に持ってくる理由も謎だ。


「低温調理器だよ。肉や魚、卵なんかを煮立たせずに温めて調理するんだ」


「お鍋とは違うの?」


「鍋の中にこれを立たせるんだよ。ガスで煮炊きすると火加減でムラが出るだろ?こいつは鍋の中の水を回しながら温度を指定温度にぴったり保つ。真空パックした肉や魚をドンピシャの温度でじんわりと、中まで均一に加熱できるんだ」


未来は「へえ」と相槌を打つ。


「そういうのって普通に売ってるの?」


「今じゃ家庭でも使う人は多いな。昔は化学の実験用だったみたい。ほら、何℃で反応させて、みたいな」


未来の眉間に薄いシワが寄る。充は未来の勤務先について深くは聞いていないのだがどうも医療系の会社のようだ。

薬品とか反応とか聞くと仕事を思い出すのだろうか。


「焦げてない肉はいいけど、血が滴ってるのはちょっと苦手かなあ」


「焼き鳥が生だと困るかもしれないね。だけどローストビーフがウェルダンだとかなり残念だろ?」


「それもそうか」


「今はもっと技術が進んでいて、食材に温度センサーを突っ込んで、マイクロウェーブで加熱するのをコンピュータで微調整するらしい」


「昔マンガで読んだわそれ。最後は職人の経験と勘に惨敗するんでしょ?」


「まあ、コンピュータが勝った!料理うめぇ!じゃマンガ的にどうかって話だしな……」


料理の話で盛り上がったせいか充の腹が鳴る。

せっかくだから未来を食事にでも誘おうかと思った矢先に視界がぐにゃりと捻じ曲がった。


「……最近、A6も容赦ねえなあ。少しは俺達の機嫌を取ってもいいと思うんだが」


「そうね……」


季節は春、まだ肌寒い頃。年代は不明。さっきまでの秋の景色が壁紙のように切り替わる。新緑と太陽が眩しく店に差し込んで来た。


外で遊ぶ子どもたちは「ぶいすりー!」と叫びながら走り回っている。

例によってテレビを点けると、円ドルレートが変動相場制になってインフレ気味だのなんだのと言っていた。


「1973年だな。いつだったか、業務用の炊飯器を伊豆だか熱海だかの旅館に売ったことがあったろ。その翌年だ」


「まあ、これだけ行ったり来たりしてれば、もう大抵の年代には行ったことがあるって感じね。1,2年のズレはあっても、もう景色には驚かないわ」


タイムスリップは未来にとってすでに日常となりつつあった。真田無線の4階に専用スペースを確保し、私物を次々と持ち込んでいるのはその対策のためだ。


「これでまた、サナっさんと水入らずの半月間が始まるのね」


「嫌なのかい?」


「そんなわけないじゃない」


未来はそう言うが、タイムスリップ先で手に入る食事や化粧品、生理用品などに不満を漏らすことが多くなってきた。

加えて、ネットから途絶した環境というのが相当にストレスフルでもあるらしい。


充にしても、NASに入れてあった様々なコンテンツがなければヤバかったと思えるほどだ。宇宙飛行士が参加するという隔離実験ほどではないが、知り合いが一人しかいない状況が半月も続くというのは、何気に辛いのだろう。


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


タイムスリップ後の一大行事、店の展示物の並べ替えが終わったところで店のチャイムが鳴った。


コックコートにジャンパーを羽織った男が一人、重たい足取りで入ってくる。四十代ぐらいだろうか、顔色も冴えない。


「……一通り見せてもらっていいかい?」


「ええ、どうぞ。」


レジに座りながら充の勧めに従って男は店内をしばらく店内をうろついた後、ため息をひとつついた。


「何か、お探しで?」


「いや、何か珍しい調理器具でもないかと思って」


「珍しい……ですか?そういうのは秋葉原じゃなくて合羽橋の方が見つかりますよ。タジン鍋とかドネルケバブ、サモサメーカーとか……」


実は充はマンガ好きだ。特にグルメ漫画はよく読んでいるので変わった調理法や調理器具には詳しい。

さっき未来が言い当てた低温調理器が登場するマンガも、タイトルからエピソード、勝者と敗者の作った料理まで鮮明に覚えている。


「ドネル……?すんません。不勉強で……」


「ああ、いや。ちょっと変なスイッチが入ってしまいまして。申し訳ありません。しかしどうしてまた秋葉原で変わった調理器をお探しなんですか?」


「うーん……最近出回り始めた電気を使った調理器具ってどんなのがありますかね?」


「炊飯器に電子レンジ、電気ポットにホットプレート……あとは電気フライヤーなんかは最近でてきたようですが」


レジの影で小型のノートPCで懸命にumma4にお伺いを立てながら返事をする充。


「いや、そういう誰でも買えそうにはないもので……こう、秘密兵器的な?」


「どうも要領を得ませんね……お話お聞かせ願えますか?」


充は男に丸椅子を差し出し、座るように促した。


男は墨田区の三つ目通り沿いで洋食屋をやっているという。ところがここ最近、店の経営が苦しくなってきているそうだ。


「両国駅近くのホテルが新しく外国帰りのシェフを雇ったらしいんだけど、肉料理の熱の通し加減がまた見事でね……上客を皆持っていかれてしまったんだ。こっちは焼きすぎりゃ固いし、控えりゃまだ生だったりで。修行が足りないと言われたらぐうの音も出ないんだけど」


男は充から出されたインスタントコーヒーを一口飲み、重たい声を落とした。


「うちはずっと勘と経験でやってきたけど、どうやればあんな仕上がりになるのか見当もつかないよ。そうこうしているうちに売上はみるみる落ちて行くし、多少値段を下げて対抗しても自分の首が締まるだけ。どうしようもなくってさ」


「それで、最近何か画期的な調理器具でも発売されたんじゃないかと秋葉に来たってわけですか」


「ああ」


それでも調理器具なら合羽橋の専門店の方がアンテナは高そうなのだが、それを言うと客を追い返してしまうだけだ。


「お客さん、その、両国のホテルのスペシャリテってのは何か解りますか?」


「ん?……ああ、解るよ。ローストビーフ、オマール海老のコンフィ、鯛のポッシェなんかだな。俺は食ってないが、フォアグラなんかも凄いらしい」


充は未来の方をちらりと見た。未来も充が何を言いたいのかは解ったようだ。

充は中指でクイと眼鏡を押し上げて、ニヤリと笑いながら口を開いた。


「それなら、なんとかなるかもしれませんよ?」



*1973年2月からドル円は変動相場制に移行しています。コレに伴い経済成長率年10%の高度成長期はこのあたりで一旦落ち着きます。

* 皆様がマンガに詳しいのは解っています。どのマンガのどのシーンかは貴方の思い出の中にそっとしまって下さい。

* 話がまるでミスター味っ子みたいですね。今回。

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