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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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43/52

昭和43年のチューニングパーツ(後編)

スモッグで乱反射した夕焼けが一層赤みを際立たせる夕方の小松川。

充と未来、そして大塚は真田無線の車庫の床にぶちまけられていた機材を段ボールに詰め込み、バンで大塚の自宅兼工房へと運び込んだ。


「これで全部だよな、兄ちゃん」


「思ったより少なかったわね」


「大半が素材や消耗部品だからね」


土間から繋がった農機具置き場のような場所には、かつて工作機械があった空間がぽっかりと空いていた。そこに段ボール箱8箱程度の荷物を運び入れて行く。

往年の工房だけあって電気系統はしっかりしている。大電力の使用にも十分耐えられるだろう。


旋盤、ダイキャスト炉、真空成形機、それに簡易なプラズマカッター

名前だけなら大げさな設備を想像する工作機械だが、どれも卓上で使えそうな大きさだ。

すでに大塚が声をかけた若い職人たちの手によって動作確認が進んでおり、それを聞きつけた昔の仲間やら客やらが集まってきていた。


「兄ちゃん、コレはなんだっけな?」


大塚や他の職人は、教えてもらえるのは今が最後と言わんばかりに分からないことを片っ端から充に聞きに来る。充は充で工作機械のマニュアルをあれこれめくっては職人たちと一緒に使い方をチェックしていくのだ。


職人が持っていたのは家庭用100Vでも切れるプラズマカッター。新品で買っても2025年なら2万円程のものだ。工具箱くらいの小ささだが性能は凄い。


「これはプラズマカッター。金属を切る道具ですね。最大10ミリくらいの厚さの鉄板まで切れますよ。ただ、10ミリを切るなら50アンペアの電力が必要だそうで、普通は1ミリくらいの鉄板を15アンペアくらいで切るのがいいみたいですね」


「……大塚(ヅカ)さん、やってみていいすか?」


「おう、検品だ。やってみろ」


職人が恐る恐るスイッチを入れ、トーチを近づけた瞬間、鋭い音とともに火花が散り鉄板があっという間に切断されていく。

カタン、と鉄板の欠片が床に落ちるとギャラリーがわあっと沸いた。


「すげえ……これ……」


「ボンベもねえのにアセチレン溶断みたいなことができるのか……」


「電気溶接の逆みたいなもんですよ。高温のプラズマジェットを吹き付けて切るんです。アーク溶接の3倍から5倍位の温度になりますから注意してくださいね」


「おっかねえけど使いこなせば便利そうだ。何より、場所を取らないのがいいな」


「だろ?」


大塚の口元がほころんだ。


「小さいけどできることは多そうだし、使いこなせばいい仕事ができそうだ。数を作るには向かねえかもしれねえけどヨ、当面は特注部品ガンガン作って回していこうぜ」


その言葉に、周囲の空気が少し変わった。


誰もがこの機械の意味を理解しはじめている。


技術者が自分の思い通りの物を作れる道具を手に入れたのだ。子供が「新しい玩具」を買ってもらった時に感じる万能感にも似た何かが脊髄を下から上に走っているに違いない。


「お茶いかがですか?」


未来は大きなやかんに入れたお茶を持って職人や来客の間をくるくると動き回っていた。むさ苦しい男達の中にあっての紅一点。ちょっとしたアイドルだ。


「このお茶美味いな、姉ちゃん、もう一杯くれ!」


「にしてもこの辺じゃ見かけないほどの美人だな。どうだい俺と?」


「オウ、このお姉ちゃんは売約済みだ。断りもなしにケツなんか触ったらスパナじゃすまねえぞ」


「許可なんか出しませんから!絶対!」


(なんか、文化祭みたい……)


いい歳をした大人が寄って(たか)って子供のような顔をして何かを作ろうとしている。彼らはセクハラ発言を民謡替わりに、手を止めることなく、火花を上げて金属を切り、酷い音を立てて削り、真っ黒になって磨くのだ。およそ解る者にしか解らない部品を。

その部品がバイクに取り付けられた時、そいつはオーナーとともにはた迷惑な歓喜の声を上げるのだろう。


「大丈夫?」


「うん。悪気が無いのは解るからね。タバコの煙だけはちょっとキツイかも」


なかなか放してくれない大塚の仲間たちの輪から充が未来を引っぺがす。

恋愛弱者の充にして見れば、未来が他の男と話をしているだけでも気が気ではないのだ。


未来は、そんな充の気持ちを素直に受け入れ、微笑んでいた。


「それにしても凄いな大塚さん。全然ブランクを感じない。工場勤務してたって言うけど、そこでも相当な腕だったんだろうな」


「うん。粘土かプラモ作るみたいにモノが形になっていくわね」


未来がぼそりと呟くと、隣で充が頷いた。


技術者(エンジニア)ってこういう時が一番楽しそうだよな。今日納品した物だけで工房が再開できるかは分からんけど、うまくいって欲しいよ」


「そうね、もう少し大塚さん達の行く末を見てみたかったけど」


充は少し黙って、それから首を横に振った。


「そこはしょうがないよ。分かってると思うけど」


「ん……まあね」


「これ以上俺達が関わると、おかしな事になりかねないしな」


その時、大塚がこちらに気づいたらしく、片手を挙げた。


「ありがとうよ! 本当に助かった!」


「うまく動きましたか?」


「おう、バッチリだ! 旋盤は芯出しからやり直したが、しっかり回った。炉も早く温度が上がってくれて助かった。若いのが鋳造テストまで済ませたよ」


「それはよかった」


充も笑いながら手を振り返す。


大塚はふと空を見上げて、笑った。


「昔なじみに声かけたら、まだまだ現役でやってる奴らもいたわ。ちょうど品川で工場閉めた仲間がいてヨ。機械、預けるとこないかって言ってたから、引き取って共同作業所にするつもりさ」


「そうなったら……もしかして」


「まあ、また店借りて、レースにも参加できるかもな。流石にライダーはもうやれねえけどヨ」


そう言って大塚は、手にしていた紙束を見つめた。

充が渡した納品書だ。


「ありがとうな、兄ちゃん」


「……え?」


「正直、あんな凄え機械がこんなタダみたいな値段で譲ってもらえるわけがねえって分かってんだ。だけど、いざ手にしちまうともう返したくねえ。あれは俺のもんだって気持ちが沸いちまってな。そこ、無理に分かってもらったみたいで申し訳なくってヨ」


「ああ、いやいや。ご覧の通りの中古品ですし」


充はタダ同然で引き取ってきた工作機械を大塚にセットで五十万円で売りつけている。この値段にしないと安すぎて機器としての信用がなくなるからだが、実際には真空成形機とその素材が少し高いくらいで新品で買っても2025年なら合計で30万円ほどのものなのだ。


「しかも支払いも待ってもらってヨ」


「駄目ですよ、ちゃんと10日以内にお金は工面してくださいね? ウチは掛けやってないんです。そんなお上品な商売じゃありませんから」


「はははっやっぱそこはダメか!」


大塚が声を上げて笑い、充も笑う。

中川の河川敷に男二人の笑い声が響き渡った。


*  *  *


その後しばらくして、大塚は世話になった工場を辞め、バイクの改造パーツの注文販売を始めた。

上野のバイク街におかせてもらうチラシのデザインや印刷などの相談を充に持ちかけたのだが、その仕事が良かったのか、反響は予想以上。大塚の商売はそれなりのスタートを切れそうだ。


充が一つだけ気がかりなのは、大塚のたっての願いで例のスーパースポーツの写真を「イメージ図」としてチラシの隅に印刷したことだ。見る人が見ればあの写真はアイデアの塊に見えるだろう。

実際、大塚自身が何度もあの車体を見せてくれと店にやって来たのだ。

もしかしたら充は間接的に、日本の二輪産業が世界に君臨する手助けをしてしまったのかもしれない。


ガレージの奥でふと風が吹いた。

カーテンが揺れ、窓の隙間から一筋の風が滑り込む。

あたりの空気がすっと変わった。


真田無線は音もなく時を超える。

それは、寝ていた充たちを起こすことのない静かな帰還だった。


*  *  *


「おあよ」


二階で朝食の用意をしていた充に、寝ぼけ眼の未来が挨拶をする。


「ああ、おはよう。夜のうちに戻ったんだけど、気がついた?」


「んにゃ。全然……」


「なんか、今回は妙に馴染んでたね」


「うん。……なんか、もうちょっと居たいって、初めて思ったかも」


「まあ、俺もそう思ったことがこれまでに何度かある」


二人はそのままならなさを知っている。

関わった人達と同じ時を生きられない寂しさを理解している。


「さて、また陳列をやり直さなきゃな。未来さん手伝ってもらえる?」


「あーごめん。今日火曜日だから出勤。帰りに洗濯物を取りに寄るから~」


1階に降りればいつもの真田無線がある。umma4は帰還後の情報処理で忙しそうだ。


「いっそA6に年月日をリクエストしてみようか……?できるのかなそんなこと」

* だいたい1万℃くらいの熱がでます。ちゃんと電源強化してないとあっという間にヒューズが飛びます。

* でも家庭用で結構工作機械いいのがでてますね。

* 口止め等はちゃんとしているということでご理解下さい

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