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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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40/52

昭和53年の幽霊トンネル(中編)

期末でして……

♬ぴぽぴぽぴんぽーん


「らっしゃい」


「ごめんください。ニノニ商会ですー」


盆休みも過ぎ、秋葉の街が少し静かになる木曜日の朝、打ち水の涼気が街角を漂っている。

そんな中を着慣れない作業着を着た二人組が工具箱を携えて真田無線にやって来た。


「やあ、お待ちしてましたよ。こちらです」


「おじゃましまーす」


何のてらいもなく店の中から裏の車庫へと入っていく二人。

少しは車に興味があるのか、真田無線のバンと充の自家用車を見て、興奮を隠せないでいる。


「いやあ助かります。ニノニ商会さんのお陰でこちらでも車が出せますよ」


「いやははは。こんな形で時間漂流者の方への便宜を図るのは初めてですよ」


ニノニ商会―― 千代田区霞が関三丁目2-2に本拠地を置く謎の組織―― まあ、ぶっちゃけ文化庁宗務二課のミラー組織だ。符丁を知る人間から支援を求められた場合、過剰な利益供与にならない範囲で支援をしてくれるちょっと頼もしい人達である。


県境の幽霊トンネルまで移動するのに自分の車を使いたかった充は、常住から聞いた符丁を使って二課にアクセスし、この時代のナンバープレートを用意してもらったのだ。


二人組が来店した表向きの理由はその納品と装着。充は最初固辞したのだが、どうも時間漂流者との接触機会というのはかなり少ないらしく、若手の職員にとっては「当たり」の役どころらしい。それならば、ということで店まで来てもらったわけだ。


「それにしてもビルごと漂流されるとは凄いですね……」


「このバックヤードのコンピュータだけで世界中にあるコンピュータの何千倍も速いんでしょう?」


ニノニの二人は目を輝かせながら棚の中やバックヤードの商品を見つめている。

見るもの全てが珍しく、カッコイイのだろう。そして性能も折り紙付き。

工作精度や素材、塗料の質に塗装方法、表面加工技術等の進歩が折り重なり、大きな差を生んでいるからそう見えるのだ。

2025年の人間が「往年の名車」だの「伝説の名機」といった二つ名を持つ昔の製品を見て少し物足りなく思うことがあるのは、存外、そんなところが原因なのかも知れない。


「私も最初は驚きましたが、最近はもう馴れてしまいましたよ」


「そんなにしょっちゅう漂流されてるんですか?ご連絡いただいたという記録はありませんが」


「いや、ニノニさんを知ったのはつい最近でして。それまでは毎回途方に暮れていましたよ」


「その時のことをうかがってもよろしいでしょうか?」


二人の顔が役人の顔に変わった。やはり漂流者キットへの記入と同じく、できるだけ未来の情報を取ってこいと言われているらしい。

逆に、工業製品などは要らないという。そもそも動作原理さえ分からない機械の分析なんてできるものではないし、あまりに工業レベルに差がありすぎると製品だけ持って帰っても何も出来ないのだそうだ。

これまでも未来から来た物というのはいくつか受領したそうだが、結局は腫れ物扱いで資料室の肥やしになっているのだとか。


充は東日本大震災の事などを話そうとしたが、自然災害系の情報はもう十分揃っているらしい。それならば何故、という気がしないでもなかったが彼らに言ってもしょうがないことだ。


「今日はこれから青梅の方まで行かなきゃならないんで、お話はまた今度ということで……」


充は二人の要請を丁寧に断ると、保冷剤を入れたアルミバッグにレトルト食品を幾つか入れて土産に持たせた。これならば資料室の肥やしになることはないだろう。畑の肥やしにはなるかもしれないが。


青梅に向かう前に彼ら二人のたっての希望で霞が関まで送り届ける事に。

車中ではひたすら感嘆と質問の言葉が充に浴びせられていた。


「なんでこんなに静かなんですか!」


「この電子装備はなんですか?」


GPSが使えない時代なので実は電子装備も大して意味は成さないのだが、それでも鼻の穴を広げて自慢げに解説をする充。

未来(みく)はそれを聞いて微笑みながら窓の外を流れる昭和の街並みを見ていた。


*  *  *


二人を霞が関で降ろした後の未来は子守から解放された親戚のお姉さんといった顔だ。


「やっぱりこの時代の男の人って車の話が大好きよねえ。サナっさんの車見て目ぇ輝かしてたわよ?」


「まあねえ……スーパーカーブームなんてのもあったらしいから……」


真田無線の車庫には、真田が普段仕事で使うバンの他に国産のスポーツカーがある。とはいっても各国を代表する大馬力・高価格のそれではなくあくまで個人の趣味の範囲で楽しむグレードのものだ。

見た目はなかなかのものなので、ナンバーを取り付け終わったニノニの二人組もそちらの方に夢中だった。


「まあ、タイムスリップした世界でも事情が分かってる人とちゃんと関われるのは少し安心したけど」


「ああ、だけど車の中で当たり前のようにタバコを吸おうとしたのにはびっくりしたな」


まあ、実際それが二人組にとっては当たり前だったのだが。


中央道を通り、八王子から青梅に向かう。首都圏中央自動車連絡道が開通していないので八王子からは下道だ。


「ガソリンが安いのは本当に助かるな。これからはタイムスリップしたらガソリンを満タンにしておこう」


1リッター109円のガソリン価格を見て、あらためてため息をつく充と未来。

時間漂流者ならではの観光旅行を楽しみつつ、目的地に着いたのは午後4時半を回っていた。


近くで流れる川のせせらぎと蝉の合唱が夏の終わりを拒否するように響く。

眩しいほどの緑の中、時間とともに主役はアブラゼミからひぐらしへと変わっていた。


「よう、お疲れさん。遠いところわざわざすまんね」


「こんにちはー中台さん。いやー遠いですね」


「正直、本気で来るとは思ってなかったよ。ちょうどいい時間に来てくれたな。夜営業まではまだ時間があるから案内するよ」


「ははは。よろしくお願いします。怖いもの見たさってのもありまして」


「なんだあ?じゃあウチに来る困った連中とおんなじじゃねえか」


中台 ――真田無線にやって来た定食屋の主人―― は片方の眉毛を器用に上げながら皮肉ったが、かといって充を困った連中の同類だと見定めたわけでもないらしい。


「ついて来てくれ。ちょっと歩くがいいよな?」


「はい」


充と未来はリュックに持ってきた機材を入れて中台の後をついて行く。

時折藪蚊やブユにまとわりつかれ、蚊柱に引きりながらも歩くこと十分。

一行は薄暗いトンネルの入口に辿り着いた。


「ここだよ。別になんてこたない生活道路だ。ここを通らないと隣町にも行けねえから毎日結構な量の車が通る。幽霊なんて出る暇ありゃしねえのになあ」


「まあ、山の中ですし、夜はちょっと雰囲気が出そうですね。ここらに街灯がバーっと並んで立てばいいんですが」


夕方の風が山の木々を揺らすとざあっという音が重なり、鳥のさえずりがどこか寂しげに響く。

加えてここは峠道。平地と違って少しひんやりとした空気が顔を撫でると嫌でも雰囲気が出るというものだ。


「都の方で今、検討してるそうだ。横に新しいトンネルを掘るかも知れないらしい。そうするとこっちはますます寂れるな」


「へえ、行政もいろいろ考えてるんですかねえ……」


そんな世間話を聞き流しながら充と未来はトンネルの脇にしゃがみ、それぞれ持ってきたものをゴソゴソとリュックから取り出し始めた。


「未来さん、そっち準備できた?」


「ええ、でもサナっさん、ほんとにこんなのでいいの?」


「俺にもわからん。幽霊は専門外なんだ」


峠道を少し歩いてきたせいか、充の顔から汗が吹き出る。

未来もたまらず持ってきた型のハンディ扇風機を回すと、涼やかな風がふわりと広がった。


「おいおい、一人だけ涼しそうだな」


未来が扇風機を中台の方に向けるが、中台は「必要ない」とばかりに手を振る。


「こんなもんかな」


充が立ち上がり道具を構えて見せると、それを見た中台は目を大きく見開いた。


「おぉ?それが秘密兵器ってわけかい?」


「行きましょうか。まずは現場を見てみないとですね」









* 風評被害回避のため、場所のモデルがどこのトンネルかは書きません。

* 文化庁は令和5年にいくつかの部署を京都に移転しています。

* 当時のナンバープレートは地名の後ろの数字が1~2桁(現在は3桁)

* スーパーカーブームは1976年をピークに、その後数年といいます。本作の舞台、昭和53年はその範疇ですね。

* モーターショーなんかで今の塗料で50年前のフェラーリを塗って磨いて見せてる展示を見ると、まるで現行モデルみたいに見えます。塗装は偉大ですね。

* 民間でのGPS利用が解禁されたのは1993年(平成5年)だそうです。

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― 新着の感想 ―
解禁当時の民間向けGPSは意図的に精度を落としていたんですよね。 見通しの良い建物の屋上で測位しても、測位の度にランダムに周囲200mくらいの位置を指していたので単独での利用は厳しかった記憶があります…
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