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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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39/52

昭和53年の幽霊トンネル(前編)

充は少し困った問題を抱えていた。


A6が律儀な奴だと判ったりタイムスリップの原因がほぼ特定できたりと、常住(つねづみ)との時間はとても有意義だったことに間違いはない。

しかし彼女が妙齢の女性であり、タイムスリップして仕方なかったとはいえ同じ屋根の下で15日相当の時間を過ごしてしまったことについては倫理上の問題がある。

加えて常住は既婚者だったのだ。常住の配偶者にとっては「仕事先で体調を崩したので介抱してもらっていた」のが本当だったとしても、その妻本人から一本の連絡もなかったことに関しては大問題の筈だ。


それは充も同じである。未来(みく)に洗いざらい話すべきか否か―― あのさっぱりした未来の性格だとヘタに隠し立てをする方が後々こじれるかもしれない。


「あーもう、わからん」


恋愛偏差値の低い充にはこれ以上思考を深めることは出来ない。いっそLLMにでも相談しようと思ったが、それをやるとなんだか人として負けた気分がするのでそれは避けた。


*  *  *


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


「げ……らっしゃい」


「『げ』って何よ、『げ』って」


未だ悶え苦しむ充の、悩みの種御本人の登場である。結局どうしていいか分からなかった充は常住に泣きつき、未来に連絡を入れてもらったのだ。なんというヘタレ。


「常住さんって人に連絡もらったから来てみれば、随分と情けない顔になってるじゃないの」


「そんなこと言ったって……申し訳ないやらバツが悪いやら」


不貞腐れたような顔をしつつ、充は未来の顔を正視できない。

そんな充を見て、腕組をしながらため息を吐く未来。


「何?そんな私に申し訳ないことをしちゃったの?」


「いや、神に誓ってそんなことは……ただちょっと」


「ただちょっとって……何よ!何をしたのよ!?」


目を剥いてびっくりしたような表情を見せる未来。肩が震えている理由は怒りか悲しみか。


「いや、常住さん何度か倒れたし、その後も、その……4階に置いてあった寝具なんかを借りたりね?了解が得られればよかったんだけど、御存知の通りタイムスリップ中でさ 」


「あー……それは……んー……」


タイムスリップ中、未来は充が4階に入って掃除や洗濯をしようとしただけでかなりヒステリックに怒ったことがある。私物の中でも特に衣類や寝具を触られるのが嫌という女性は多い。

そんな未来が勝手に放置していたとはいえ、4階の寝具を常住に使わせたのは充にとってかなりの心理的な負担になっていたのである。


まあ、あれだ。そこにあったからと言って妹の私物を自分の用事で使うと半殺しの目に合うのと同じ。


「そうね!それはしょうがないわ!今度は私が向こうに行ってドカンと一山当てて、全部買い替えるから!」


「協力するよ。他には誓って変なことはしてない」


やっと未来の方を向いた充の頭をコツンと裏拳で小突き、未来は二カッと笑った。


「まあ、ヨシ!とするわ。1回2回タイムスリップご一緒しただけの仲じゃないしね。私達」


それがどういう指標かは謎だがとりあえずタイムスリップ1回につき二週間は同じ屋根の下で寝泊まりするわけだから、二人はそれなりに長い付き合いではある。


「だから私のせいであんまり喜怒哀楽上げたり下げたりしないで欲しいのよ。あんなホワホワした状態で過去に跳んだら判断の一つや二つ誤るんじゃないかと思うじゃない?」


「……それでしばらく姿を見せなかったのか。俺の頭を冷やすために?」


「そんなとこね」


未来の満面の笑みに充もつられて笑う。

まさにその刹那、視界がぐにゃりとねじ曲がった。

だが店の照明が2,3回瞬いただけで視界は下に戻る。


「今、跳んだ?」


それくらい、一瞬の出来事だった。充本人にも実感がないらしい。

だが本人たちの感想とは裏腹に店の外はもうさっきとは別世界。

夏の太陽がアスファルトを灼いている。

プールへ行くのだろうか、小学生たちが水着を入れたビニールのバッグを持って外を歩いていた。


「7月か8月ね……間違いなく跳んでるわ」


「また夏か……それにしてもタイムスリップの店への影響、未来さんがいる時は穏やかだなあ」


「てことは、他の人と跳ぶと何かもっと酷いことになるの?」


「ああ、ビル全体が揺れるような音がするし、こないだなんか常住さん、しばらく臥せってしまってたよ。行きも帰りも」


なぜ店主の自分ではなく未来に合わせた最適化なのか。A6の考えることは未だによくわからない充だったが、かといって自分に最適化しろと伝える術もない。

やや得心の行かない顔をしながら店の中の令和グッズをバックヤードに運ぶ充。

これから二週間くらいは未来と一緒に過ごせると、心浮き立つご様子だ。


「未来さん、それは?」


充は未来が持っている旅行用のスーツケースを指さした。飛行機の客室に持って入れそうな、少し小さなやつだ。


「ああ、真田無線(こちら)に来る度にタイムスリップするでしょう?下着や化粧品なんかはやっぱり時代によってはどうしても肌に合わない物もあるから持ってきたのよ」


「さすが、できる女は違うな。準備は怠らないってか」


「褒めても何も出ないわよ。それより、今が何年か判った?」


「まだわからん。後で駅の方に新聞でも買いに行ってみるよ」


時代の特定の参考にでもなるかとテレビをつけた充だったが、やっていたのは怪談を集めた心霊特集の番組。

この手の番組は小中学生が夏休みの間はずっとやってるようだ。

二人はしばらくそれを見ながら腹が捩れるほどに笑い転げた。


「あははは。これ傑作!心霊写真特集!どうみてもシミュラクラ現象なのにすごいこじつけ!」


「これを撮影したあとお祖父さんが亡くなったとか、もう亡くなった人への敬意がどっかに吹っ飛んでて笑うしかないッ」


二人はひとしきり画面に向かってシミュラクラ現象とパレイドリアを説き、脳の認知能力がいかにいい加減なものかを教え合いつつ放送倫理とコンプライアンスについて話し合った。


「公共の電波がこんなんで、しかも対抗するメディアもいないんじゃ扇動なんてやりたい放題だなあ」


「インターネットって偉大なんだねえ……」


そうこうしているうちに心霊特集番組は終了。一時のニュースが始まった。


「日中平和友好条約の調印って今日だったんだ……じゃあ、1978年だな」


「……えらくピンポイントな日に跳ばしたのね。もうA6もなりふり構っていられなくなってるのかしら?」


バックヤードの棚に置いたビデオデッキ群がイコライザーを激しく瞬かせながら番組を受信している。今日の様子を可能な限り記録して置いて、あとでumma4が学習し、A6へ何らかの形で伝達するのだ。


「どういう意味?」


「あ、いやね、A6が過去のデータとか、自分を作ってくれた人達が与えてくれた以上の知識を吸収してるってことは、A6の実際のサービス内容にも何かしら影響が出るって事でしょ?A6のお客さんが騒いだり、運用会社が何かしたりしないのかなって」


「それは考えられるなあ。俺達もA6に対して何か出来たら面白いかも。」


そんな他愛もない会話をしていると、不意に店のドアが開き、むせるような風が二人の風を撫でた。


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


「……らっしゃい」


入ってきたのは40代半ばくらいの男。この時代の基準だと30代かもしれない。

テレビを見ていて判ったのだがこの時代の日本人はやたら老けて見えるのだ。

元いた時代の感覚で人の年齢を推し量ってはいけない。これ、タイムスリッパーの常識。


青果市場で何か見繕ってきた後なのだろうか。

腕に提げたビニール袋の口がふくらみ、玉ねぎか何かが覗いている。

身なりや顔つきがどうも電気街をうろつくタイプには見えないが、それでも男は物怖じした様子もなく、店内を見渡して品定めを始めた。


「なあ兄ちゃん、こりゃ一体何だい?何かのスポーツのラケットにも見えるが」


男が手に取ったのは店の端に置いてあった電撃ラケット。

興味深そうに指先で網の部分を撫でながら、男の目が充に向けられる。


「ああ、飛んでるハエとか蚊とかをそれでひっぱたくと電気でバチっと逝くやつです」


「へえ、効果あんのかい?」


眉を上げながら、半信半疑といった様子で軽く素振りしてみせる。


「まあ、飛んでる方も必死ですから百発百中とは……」


「だろうな。あいつらも生き残りに必死ってわけだ。死んでからも迷惑をかける連中もいるけどな……いいや、面白え、これもらっていくよ」


そう言って電撃ラケットを充に渡す。そんな男の動作にはどこか楽しげな余裕があった。


「ありがとうございます。害虫退治なら他にこんなのもありますけど……」


充がカウンター下から取り出したのは、銀色の筐体に青白い光を放つ紫外線殺虫機だった。表面は新品同様に磨かれているが、どこか(いか)ついその佇まいに男の頬が緩む。


「いいね、いくらだい?」


「太陽電池で電源いらずのタイプなら1万4000円。店先に吊るすタイプなら4000円からですね」


「よし、それももらっとこう。うちの店は河の近くで殊更虫が多くてね、買い物に行く度に虫除けや殺虫剤を買わないといけないからこういうのは助かるよ」


「河辺のお店ですか……涼しげですが虫が入ってくると確かに困りますね。ところで、死んでからも迷惑をかける連中とかって仰ってましたけど……」


「ああ、この季節になるとテレビで怪談とかやるだろ?うちは県境のトンネル近くで飯屋やってるんだけど、そのトンネルに幽霊が出るとか出ないとかでさあ……」


苦々しく語る男のトークはどこか慣れたもので、日常に紛れ込んだ非日常を茶化すような軽さもある。


「ああ、怖いもの見たさで来る連中のせいで常連客の座る席がなくなるとか、そんな感じですか」


「そうそう、そうなんだよ。夜中にやって来て駐車場も勝手に使うしさあ。いやんなるね」


眉をしかめながらも、どこか憎めない調子。

長年客商売をやってきた者だけが持つ、愚痴と笑いに充は親しみを覚えた。


「そうですねえ……もしかしたらお力になれるかも知れませんよ?」


「ほう?」


充の顔にはいたずらっぽい表情が浮かんでいた。









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