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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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33/52

4階とサーバーと文化庁

真田無線の店内では充の不機嫌が止まらない。未来(みく)と会えない日々が続いていたからだ。

実際は3日と経っていないのだが、途中過去に行って2週間近く過ごしたので会えなかった主観時間は半月以上になる。


SMSやらSNSやらメールやらで何かと未来(みく)の気を引こうとメッセージを送るのだが、送れば送るほど未来(みく)の返事がそっけなくなっていく。


「ううう……釣り上げた魚に餌はやらないってことかよぅ……」


木で鼻をくくったような返事が返ってくる度につのる充の寂しさ。

自分の何が悪かったのだろうという思考にたどり着けていないあたりがなんとも情けない。

普段人の悩みにあれだけ乗っているのだから、自分も友達でも呼んで愚痴の一つ、悩み相談の一つでもすれば糸口が掴めるかも知れないのに、そこに思い至らないのだから困ったものだ。


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


「……らっしゃい」


未来(みく)ではなかった。当然だ。彼女が平日昼間に来るわけはない。

やって来たのは髪を綺麗に七三に分け、黒縁メガネをかけた実直そうな男性だった。


「すみません。私、宮塚と申します。真田実さんはいらっしゃいますでしょうか?」


「父なら8年前に他界しましたが……」


「ええっ!?そんなお歳でしたっけ?」


本当に知らなかったらしい。以前に充の父とは面識があったようだがそんなに親しい間柄でもなかったようだ。


「いえ、病気で……あっという間でした」


「それは惜しい人を……。後でお線香を上げさせて下さい」


宮塚がお悔やみを述べつつ、一通りの自己紹介を済ませる。

彼は文部科学省の下部組織、文化庁の宗務二課というところにお勤めの国家公務員らしい。


「どういったお仕事をする部署なんですか?」


「通常、宗務課は一般の宗教法人監督業務を担当してるんですが、ウチは雑用係ですかね。今日はその、雑用と言うか、ちょっとしたお話をさせていただきに来たんですよ。あとでもう一人、常住(つねずみ)という者がやって来ますがそっちは私とは用事が異なります」


「ということは文化庁の、しかも宗教関係の部署が当店に2つも御用があるということですね……というか、常住(つねずみ)さんのお名前には聞き覚えがあります。確か粟竹が、京大からそんな名前の方が来るとか来ないとかと」


宗教法人の監督部署、粟竹の知り合い、父親の知り合い……

充の頭の中ではいくつかの情報が錯綜したが、一向にそれらが一本の糸で繋がることがなかった。


「うーん……父からは何も聞いておりませんでしたが、何か文化庁さんとお約束ごとがありましたか?」


「はい。そのことで今日はお邪魔しに来たのです。突然で申し訳ありませんが御社ビルの4階に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「4階ですか……後日、というわけにはいきませんか?」


充は気が進まない素振りを見せた。4階には未来(みく)の私物がそこそこある。彼女に黙って他人を招き入れるのは流石に気が引けたのだ。

真田無線は宗教法人ではないから文化庁宗務課の管理監督下にあるわけではないが、個人宅としては不自然なほどの広さの弁財天祭祀殿がある。充の父と文化庁との間に何かしらの約束があってもおかしくはない。


「事前にご連絡を差し上げなかったのはこちらの落ち度です。日を改めた方が宜しければそのようにしますよ。先代様から『いつでも遊びに来な』と仰っていただけておりましたので、つい手抜きをしてしまいました。申し訳ない」


「いえ、すみません。4階はあまり片付いてなくて、人様をお通しできる状態ではないんですよ」


初対面の人間を名刺一つで信用して家の奥の奥まで上げるというのも考えてみれば不用心な話だ。


(親父の名前を知っているというだけで、そこまで信用していいものでもないだろう)


「解りました。ところで、最近こちらではおかしなことが起きたりしていませんか?」


「おかしなこと……って例えば?」


動揺する充。別に特殊な訓練を受けたエージェントでもないのだから狼狽えるときには狼狽えて当たり前だ。ジャンク屋の精神的な駆け引きは商品の調達の時と税務監査の時くらいで十分なのである。

だが、宮塚の方はそういう意味では訓練を受けたエージェントと言っていい。役人なんてのは程度の差こそあれ百人いたら百人が人の顔色を読むことにかけてはプロなのだ。


そう、彼は充の焦って上ずった声を見逃さなかった。


「ああ、我々的におかしな事といえば心霊現象の類かと思われるかも知れませんが、そうではなく、しつこい宗教の勧誘だとか、仏壇を見せろ、拝ませろだとか言って家に入り込んでこようとする輩がいなかったかという話です」


「ははは……それは今、宮塚さんがやろうとしていたことそのものじゃないですか。」


宮塚は充の表情の変化を見逃さない。しかし、見逃さなかったからと言って突っ込んで嫌われる愚も犯さない。


「今日は私はこれで失礼しますが、4階の弁天様の祭祀殿、大事にしていただきたいです。あれと似たような祭祀殿がアキバには他にいくつかありましてね。最近いろいろとご相談を受けるものですからもしかしたらと思ってお邪魔したんですよ……おっと、常住(つねずみ)が来ました」


「白山通りに立派な御殿を立てている人のところの祭祀殿なら知ってますよ。こちらも何かありましたらご連絡差し上げます。その時は相談に乗って下さい」


「ご連絡お待ちしていますよ。その時には改めてお父様にお線香を上げさせて下さい」


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


宮塚と入れ替わりでやって来たのは、年齢は充と同じくらいだがスラッとした長身の美女だった。美女は美女だがあまり装いには気を使わないらしく、非常に秋葉原の往来に馴染む格好をしている。


挿絵(By みてみん)


「……らっしゃい。常住(つねずみ)さん?」


「宮塚の用はもう済んだみたいですね」


「はい。男やもめなもんで、お客様をお通しするほど片付いてなくてですね、今日はお引取願いました。常住(つねずみ)さんの御用もそちらで?」


「ええ、まあ……それもありますが、文化庁の方はアドバイザーみたいなもので。本命は粟竹さん関連のお話です。あ、これどうぞ」


常住(つねずみ)は来る時に名古屋駅で買ったという赤福の箱を一つ充に渡す。その箱にある日付は今日のものだ。

ということは今日は関西のどこかしらから真田無線に直行してきたのだろう。

真田は常住(つねずみ)をバックルームに迎え入れ、自分はお茶の準備を始めた。


「粟竹に何かありましたか?」


「いえ、粟竹さんご自身には特に」


「良かった。無事なら何より」


ホッと胸を撫で下ろす充に、常住(つねずみ)は厳しい顔を向ける。


「ということは、何かそれなりにきな臭いことがこちらでも起きているということですね?」


「えっ……あ……」


確かに、この会話の流れでは粟竹以外の何かが害を被っていると言っているようなものだ。うまく口車に乗せられてしまったが後悔先に立たず。


「真田さんは粟竹さんのお友達で粟竹コレクションを保管してるって聞いてますから言っちゃいますけど、最近、粟竹コレクションと同様のデータを持つ国内の研究機関のサーバーがオンプレ・クラウド関係なくクラッキングを受けてるんですよ」


「うへえ……あ、どうぞ。お持たせですが」


常住(つねずみ)は充の入れた緑茶を啜りながら、赤福を器用に木べらで切って食べ始めた。

遠慮のないスピードで赤福が無くなっていくので充もスプーンで参戦する。

難しい顔をしながらもくもくと赤福を食べる二人。その光景はなんとも異様だ。


「実に巧妙で足取りも全く判らない。判っているのはやり口が全部同じってことだけです。何かOSの脆弱性を突いているんでしょうけど我々には未知の手口なんですよ。試行錯誤もほとんどなしで、あっさり入ってあっさり用を済ませて帰っていくんです」


「被害は……?」


「何も。ただデータをつらーーーっと見ていって帰る。それだけです。サーバー管理者からすると怖いですよね。『こんなサーバー、いつでも悪さできるぞ』って言われてるようなものですから」


(A6はumma4からの回答だけだと客観性に乏しいと見て、さらに参考文献(リファレンス)を取りに行ったのか……)


充だけが知っていると思った謎の存在A6は、日本中に調査の手を伸ばしていたことになる。その事実は充を戦慄させた。


「まあ、とある方から『暇ならこの覗き見野郎の正体を暴いて欲しい』という依頼を受けましてね。いろいろ調べてるうちに粟竹コレクション、そしてこちらを知ることになったわけです」


「じゃあ、神田明神がどうこうってのは……?」


「それは実は宮塚の方の用事ですね。ただ、真田さんにお目通り願えないと困るので、物々しい話よりはと氏子がどうこうってお話にさせてもらいました。嘘をついていたのは申し訳ない。この通り、謝ります」


常住(つねずみ)は深々と頭を下げた。


「それで、もしよろしければ粟竹コレクションが全部揃っているというストレージを見せてもらってもいいでしょうか?」


こうまで腹を割って話に来ている相手の願い出を断れる充ではない。充はバックヤードの隅に置いてあるサーバーラックを指さした。


「あれがそうです」


「中身をみせていただいても?」


「今、ユーザーアカウントを作りますね」


管理用のノートPCからumma4サーバーに入り、常住(つねずみ)用の環境を作る充の顔に苦笑が浮かぶ。

先ほど宮塚を一見の客だからと追い返したくせに、充はもう一つの「奥の奥」を友人からの紹介だと言うだけで見せようとしているのだ。


「sudo 使いたいんですが」


「……はい。じゃ sudoersにしときますね」


管理者用の権限つきアカウントを発行してPCを常住(つねずみ)に渡す。真っ黒いウィンドウが複数開いている味も素っ気もない画面。なのにキーボードを叩く常住(つねずみ)の顔は、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものような顔になっていた。


「へえ凄い。CPUが144個もある。それにシステムメモリもGPUメモリも凄いな……いいなあ。これ高かった……というか、よくこんなもの買えましたね?」


「ええ、まあ。ウーパーマイクロの営業を拝み倒して売ってもらいました」


「GPUだけじゃなくてFPGAまであるのか……何に使うんだろう?」


(え?FPGA見えてる?そんな馬鹿な!)


いつか何かに使うからと言いながら物理的にかなり無理して装着したFPGAだが、現状充はそれを使っていない。本来の設定ではFPGAは「これから使う」と決めてビットストリームを流し込まないと見えない筈なのだ。


常住(つねずみ)が呑気にNASを漁る傍らで、充の背中には冷たいものが走っていた。


* sudoersというグループにいると、まあ、そのサーバーの管理権限を持ったのと同じです。

* 職場へのお土産は「個包装」「手につかない」「日持ちの良さ」がありますが、赤福は全てこれらに反しながらも圧倒的な旨さで人々を黙らせます。素晴らしい。

* FPGAは本来、ビットストリームというものを電源投入後に何かしらの方法で入れてやらなければOSから見えません

* FPGAとは「何かしら特別な動作をさせるチップ」をプログラムで作れるLSIだと思って下さい。

* どことは言いませんが、実際にビルの一室が綺麗な板の間になっていて、神様を祀っている場所はあります

* オンプレ=社内、学内にサーバーを設置していると思いねえ

* クラウド=ネットワーク上のどこかにサーバーがあると思いねえ

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― 新着の感想 ―
やばい素人には分からない単語沢山出てきてハングアップしそう。 文末の解説ありがたし。
赤福、GWに食べたけど美味しかったですね 白黒のやつも旨かった
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