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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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32/52

昭和41年の逃亡劇(後編)

《あらすじ》

未来(みく)が自分を憎からず思っていると知り、頭がピンクに染まっていた充を見て未来は距離を置こうと思い立つ。その直後、頭をピンクに染めたホスト風の男が来店。追手から逃げている途中だという。

事情を聞いている最中、未来がいないのにタイムスリップが起きてしまった。

「つまり俺はもう、どこかに売り飛ばされた後なんすか?」


このピンクのハリネズミは何をどう説明しても理解できないらしい。今のところのこいつの理解では自分は薬で眠らされている間に発展途上国に売り飛ばされたことになっている。


「店ごと売り飛ばされるわけないだろ」


「そんなこと言ったって、俺、前の店がどんなんだったかなんてちゃんと覚えてないもん!」


埒が明かないと判断した充はテレビをつけることにした。昼下がり、奥様向けの情報番組の視聴率競争に各局が鎬を削っている時代である。キンキン声のアナウンサーが早口でエビデンスもろくにない噂話を無責任に拡散し、視聴者を煽るだけ煽っている図式は変わらないが、コンプライアンスという概念がない分こちらのほうがいろいろとえげつない。


「ほら、これでいいか?ここが日本だって解るよな?」


「なんすかこれ。ショッボイテレビ……あれ、日本語喋ってる。ほんとだ。日本だここ。しかしヤバい番組っすね。こんなの今どき許されるんスか?」


悪態をつきながらもしばらくはおとなしくテレビに見入るハリネズミ。しかしバックヤードで唸っているビデオデッキを目ざとく見つけたが最後、今度はこの番組が録画されたものだとかいい出す始末。


「まあ確かに、お前の持ってる知識も金も何一つここでは使えないという点では外国と同じだな。もういいや、そうそうここは外国だよ。そう思ったほうがいい」


「ほらーやっぱりぃ……」


「でも、結局お前、どこかしらに借金作ってたんじゃないの?売り飛ばされるのを心配してたってことは」


「いやだから言ったでしょ。太客が飛んで売掛が俺のペナルティになって俺が追い込まれてて、匿ってくれるってんでその太客のところに転がり込んだら椅子に縛り付けられて監禁されてたんスよ。売掛残7千万ですよもう……」


ようやく全体像が見えてきたが、ハリネズミは別に充に助けは求めていない。求められても居ない助け舟は出さないのが充のポリシーだ。世の中には弾切れの軍隊に弾を貸してやったら後日「良くも弾を貸しやがったな」と言って怒ってくる連中だっているのである。ジャンク屋危うきに近寄らず。ただし仕入れの時を除く。


「世界にはまだまだ俺の知らない秘密が沢山あるんだなあ……で、どうする?その太客から逃げられたら大丈夫なのか?」


「いや、結局売掛は俺がかぶるんだろうとは……フツーの仕事じゃ返すの無理なんで、やっぱ女転がしてナンバー目指すしかないとは思うんですけど」


「ろくな死に方しないぞお前」


「キャストやってるからには腹ぁ括ってますよ」


時折入るハリネズミの専門用語に充は頭が痛くなる。自分も博士課程の時にはこれくらい、他人が知らない専門用語を当たり前に使っていたのだろうかと反省し始めるほどだ。


そんな話をしていると充の腹がグゥと大きく鳴った。


「腹減ったな……そういえば何にも食ってないや」


「俺なんか買ってきましょうか?」


「いいけど、場所分かんのかよ?」


「いや、歩いてりゃコンビニくらいあるっしょ。もうアイツらいないんすよね?」


さっきまでここが外国だと喚き散らしていたくせに、外を歩くことには物怖じしないハリネズミ。

充はタイムスリップしたときのために用意してある「現地通貨」の入った財布を取り出して千円札をハリネズミに渡す。


「千円って自分の分だけスか?酷くね?」


「大丈夫だよ、そんだけあれば豪遊できるさ。コンビニがあればだけど」


当然この時代にコンビニエンスストアはない。豊洲に最初のコンビニができるまでにはあと8年を要する。


*  *  *


それから3時間経ってもハリネズミは帰ってこなかった。


だが、ハリネズミの逃亡で悲嘆に暮れるような充ではない。失ったのは千円、得たのは自由。

充は2階に生活環境を丸ごと持って来ている。タイムスリップした先の時代の食生活が合わないことも十分考慮したうえでインスタント食品からレトルトまでぎっちり半年分は買い込んであるので別に外に買い物に出かけなくても問題はないのだ。


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


自由の象徴、令和から持ち込んだカルボナーラを3人前平らげて満腹になった充。彼の体内時計では夜中1時を過ぎている。当然、来客はありがた迷惑だ。


「……らっしゃいって、なんだお前か。帰ってきたのか、めんどくせえ」


「大変だ!俺達タイムスリップしたみたい!」


入ってきたのはハリネズミだった。


「だから何度もそう説明したじゃないか。(ハナ)っからインチキ扱いしやがって」


「だけど酷いんスよ。道行く人みんな俺の頭ひっつかんで『若えもんがなんてカッコしてやがんだ、真面目に働け!』って。10メートル歩くたびに言われるんですよ?警察もそのへんのおっさんやおばはんもめっちゃ容赦ない感じで!」


この頃の日本人の他人との距離感を令和の尺度で見てはいけない。プライバシーの侵害、個人的事情への躊躇なき介入、何の根拠もないお気持ちのぶつけ合いが常態化しており声が小さい者ほど損をする社会。同調圧力への抵抗をするものには容赦ない鉄槌がくだされる恐怖の全体主義社会なのである。出る杭は二度と出ないように入念に地下深くに埋められ、上から厚さ数メートルの鉄板とコンクリートを流し込まれるこの時代にピンクのハリネズミが生きていけるはずがない。


案の定、ハリネズミの頭はバリカンで刈られていた。

上にうっすらピンクが残り、地肌近くは黒い髪の毛。


「で、どうするんだ?お前これから」


充はまだ桃黒に話していない。2週間もすれば現代に帰れるということを。

2週間程で帰れるというのはあくまで経験則だ。法則性も根拠もない。これまではたまたま帰れただけなのだ。

そんな不確実かつ楽観的な未来でも、語ってしまったが最後、こいつは真田無線に居座って充の邪魔をするだろう。飯をたかり、金をせびり、下手したら店の商品を大々的にアピールしだすかも知れない。

そんなリスクを犯すくらいなら何も言わずに出ていってもらった方がいいのだ。


「どうって……とりあえず、女からは逃げ出せたし店への返済もなくなったし……」


「良かったな。じゃあこれからは好きに生きていけるじゃないか。どこへ行くか知らんが元気でな」


「待ってくれよ。俺ぁ行くとこないんだぜ?このまま放り出すつもりか?」


焦りだす桃黒。しかし充は意に介さない。現状、こいつを真田無線に置いておくことにはリスクしかないのだ。


「買いたい物もないのにわざわざウチの店に来たお前を、どうして俺が面倒見なきゃならないんだ?」


「え?……あっ……」


充が自分を庇護する必然性が全く無いことにようやく気がついた桃黒。憑き物が落ちたような顔で充を見る目が捨て犬の「拾って下さい」といわんばかりのそれである。


「俺だってしたくもないのにタイムスリップしたんだぞ?お前より何分か早く目が醒めて、状況を確認して、お前を起こした。それだけだよな?俺もこれからどうするか考えないといけないんだ。お前にかまっている暇はないんだよ」


「そんなこと言ったって……」


「さあ、さっさと出ていってくれ。さっきの千円札は餞別だ。この年代だと1万円くらいの価値はあるはずだから節約すればしばらくは飯も食えるさ」


「じゃあ聞くけど、なんで千円札(こんなもん)持ってるんだよ。偶然にしても都合良すぎやしねえか?ホントは帰る方法とか知ってるんじゃねえのか?」


桃黒がポケットからさっきの千円札を取り出した。伊藤博文の顔が印刷された少し黄色い千円札だ。

しかしそんなことで充は小揺るぎもしない。


「ウチみたいな昔からやってる店にはあるんだよ、そういうのが茶封筒に何袋も。そのうち価値が出るかもとかあれこれ理由をつけては銀行に行って交換するのをサボってるうちに店に居座ってしまうようなのが」


「じゃあ、俺もあれこれ理由をつけて(ここ)に居座るわ」


「どうしてそうなる。さっさと出ていけ。でないと防犯用のグッズ出さにゃならん。えーとクマ撃退スプレーがあったな」


充が棚からシール剥がしスプレーを取り出すと、桃黒の顔色が変わる。


「……悪かった。確かに頼めた義理じゃねえわ。出てくよ」


「これ、持っていけよ。何もないよりは多少マシだろ」


桃黒が受け取ったのは3万円ほども入った粗末な財布だった。


「こんなにもらって大丈夫なのか?アンタは」


「俺は寝るところと、台所には冷蔵庫もあるからな。冷蔵庫の中身がなくなる前になんとかするさ」


「じゃあ」


人混みに消えていく桃黒を見送る充。桃黒はその後もたまに顔を見せに来たが、地下鉄の工事現場にうまく潜り込め、住むところも雇用主がなんとかしてくれたらしい。

まだまだ行政システムが行き渡っていない時代で、戸籍がないのもそうめずらしいことではなかったそうだ。

肉体労働で飯は美味いが、やはり汚れた空気にはまいっている様子。空気清浄機はないかと店を覗きにも来ていたが、売れるものは店にはなかった。


*  *  *


桃黒が五分刈りくらいになったころ、充は一人、帰還を果たす。


充は彼の名前を最後まで聞かなかったのでその後の彼がどうなったのか、検索しないしできもしない。

彼をあの時代に置いてくることは充にとっては後悔のない選択だったが、彼にとってはどうだったのか。

生きていれば80かそこらのはず。置いて行かれたと充を恨んだだろうか。


(そういえば、俺が店を継いだばかりのころ、店に怒鳴り込んできた爺さんがいたような……?言ってることが支離滅裂だったので警察を呼んでお引き取り願ったが、もしかしたらあれが……?)


少しばかり昔を思い出した充だったが、彼の心はそんなことより遥かに大きく、自分が気付けなかった未来(みく)の真意に乱されていた。






* たまには未来さんのいないタイムスリップをしてみました

* そして過去世界からゲストが来ない!新しい……?

* キャスト=ホスト、ナンバー=売上順位が上位のホスト、だそうです

* 昭和41年はひのえうまですね。全国的に出産を控える夫婦が多かったそうです。

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