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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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30/52

昭和63年のメディアラボ(後編)

《前回までのあらすじ》

粟竹コレクションのデータを参照したumma4がA6の歴史認識の間違いを示し続ける中、充は粟竹の無事を確認する。その後起きたタイムスリップ先で来店したのは美大の4年生、増井。ビデオ編集機材がなければ卒業制作が進まない、ひいては内定が取り消しになるかもという事態。しかも、住んでいる下宿は相部屋でテレビを使った作業がやりにくいという。

「サナっさん、これでしょ?」


未来(みく)がバックヤードから持ってきたのは先刻真田がダメ出しした「技術者の夢」兼「残念デバイス」のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)だ。


「まさしくそれだな。増井さん、これをちょっとかぶってみてくれませんか」


増井はおそるおそるHMDを受取り、その形状から何をするものかを把握したようだ。


「こんなものかぶって大丈夫なものなんでしょうか?」


長身の増井でも上目遣いで不安そうな目をされるとなかなかの破壊力。充はなにかのアピールを躱しながら説明を続ける。


「両目の前にビデオカメラのファインダーがついてると思えばそう不思議なものでもありませんよ」


怖気づきながらも増井はHMDを頭に乗せ、各部の締め付けの調整に入った。


「いいかい?映像流すよ」


充はビデオをつないで映画を流し始める。


「あ、音は……?」


「これよ」


未来(みく)耳栓(カナル)型イヤフォンを増井の耳に突っ込む。

周りからは見えないがこれで増井はお一人様映画館状態のはずだ。

数分も映像に見入っていた増井は不意に我を取り戻し、ガバっとHMDを取り外した。


「ぶはぁっ!何なんですかこれは!大手メーカーの名前は書いてあるけど、こんなの見たことも聞いたこともありませんよ!」


「そうですね。見たことも聞いたこともないのにここにある、ということがどういうことか……お分かりになりますか?」


「あ……もしかして軍事用……?」


増井はハッとして両手で口を抑えた。充はそれを見てニヤリと笑いながら唇の前に指を1本立てる。


「では、そういうことで。これなら大画面用の編集が、誰にも迷惑をかけずにできますよ」


「え、でも……」


「内定決まってるんですよね?しばらく黙っていればそのうちこんな技術は世の中に出て来ますよ。ね?」


昭和のバブル期では世界の秘密に触れようとして大混乱を起こすのはだいたい米軍ということになっている。世界中の人々が「超大国の軍隊は民間の目の届かないところで超テクノロジーを駆使して悪いことをしている」となんとなく思っていたのだ。

その技術の出所としてエリア51だったり南極の地下空洞だったり秘密結社だったりが風評被害を被るのだが。


「ううう。そんなヤバいものなら見たくなかった」


「じゃ、やめときます?他にも欲しいって人はいると思いますから引き返すなら今のうちですが」


「いえ、いただきます。おいくらで……?」


充がガラスケースからいくつか部品を取り出して並べ、電卓をたたき始める。


「本体セットが箱と説明書なしで5980円。これにRCA2HDMIコンバータが1000円、消費税は……ないんだよな。じゃあ合計で6980円ですね」


「なんですかそれ!安すぎて逆に安心できませんよ!このヘッドフォンだけでもそれくらいしそうなのに!」


「めんどくさいわねー。いいじゃない。これであなたは自分だけの編集スタジオと劇場を手に入れたんでしょう?卒業できたらどこかに捨てちゃえばいいのよ」


未来(みく)が割って入った。やや棘のある言い回しに驚く充。


未来(みく)や充の世代から見て、増井の学生生活は圧倒的に(ぬる)い。腹が立ち、つい態度に出てしまうほどに。

映像系の学生であれば、課題の編集に使うビデオデッキなんてものは1年と2年の休みにはバイトをして買っておくべきものであり、3年目にはビデオカメラの値段の高さに歯噛みをしているべきなのだ。

それはIT系の学生が自前のPCを持ち、デザインの学生がスケッチブックを買うくらい当たり前のことのはず。卒業制作の期日が近くなってから作業環境がないことに気づくなんて、よくそれで内定が取れたものだ。


「で、どうすんの?まさかご機嫌取ってくれなきゃ買わないとか言わないでしょうね?」


「いえ、そんなことは。買います。買わせていただきます」


「じゃあ、早速配達しよう。今日からでも使いたいだろう?車回すわ」


充はレジ机の小物入れに置いてあるバンのキーを取り出すと、車を店の前に回し、2台のビデオデッキとHMD、そして周辺のあれこれをまとめて増井の家まで持っていった。男子禁制らしいのでケーブルの取り回しについては車内でレクチャーを済ませ、玄関までビデオデッキを持っていく。


「テストをしていただくので本当はこちらから幾らかお支払いすることも考えましたが、そちらのお申し出に沿った形になっておりますし、今回相殺ということで」


「あ、はい。終わったら連絡します」


「不具合がありましたらお知らせ下さい」


増井の部屋は港区で、真田無線からはそう遠くなかった。地元の親が心配して、送り狼の心配のない場所に住むことになったのだという。

帰りの道中では、未来(みく)が増井を「駄目でどうしようもないやつだ」と何度もこき下ろしていた。

この時代「ガクチカ」なる言葉はない。バブルの熱気に浮かれ、パソコンを持たない情報工学の学生も、ポートフォリオを持たないエセイラストレーターもそこかしこにいたのだ。

充は言葉の端々から、未来(みく)が就活に相当苦労したのだろうと予想はしていたが、たまたま目についたはずの増井にここまでの敵意を持つとは思っても見なかった。


「まあ、一息ついたしあとは競馬で機嫌を直そうや」


「そうね。一番近いレースは何なの?」


「そりゃ、有名な秋の天皇賞だな。最強2頭の一騎打ちだ。このレースは150億を軽く超える売上があったらしいよ」


「じゃ、有り金突っ込んでも問題ないわね?」


「倍率は低いけど、数百万なら突っ込んでも誤差かもな」


*  *  *


数日後、未来(みく)は年収の2倍近い額の札束を抱えてホクホクしていた。

もっとも、本人も気丈に振る舞ってはいたものの、換金の際は犯罪にあったらどうしようとかなりビビり散らかしていたので幸せ気分は半分といったところか。


充は見たかった伝説のレースが見れただけで満足していた。灰色の馬が頂点を争うのには特別の意味があるのだと充は力説したが、未来(みく)には届いていなかったようだ。


そんな、「揺り戻し」が来ない穏やかな日が続いていた――


♬ぴぽぴぽぴんぽーん


「こんちはー」


「らっしゃい。どうですかテストは」


やってきた増井の格好はかなり際どいボディコンシャス。体の線が露骨に出るような服だ。

充は普通に接客しようと頑張ってはみるものの、どうしても短いスカート、飛び出しそうな胸、荒い目のストッキングに目が行ってしまう。


「順調ですよぉ。友達にも手伝ってもらってぇ、あとは細かい作業だけです。あの2台はどんな作業もすごい画質で軽々こなせてしまうから助かってます。HMDもなんとか慣れましたぁ」


顔をしかめる充と未来(みく)。こんな頭の悪そうな、媚びたような話し方をする娘ではなかったはずなのだが。


「そいつは良かった。今日のその凄い格好は、これからどこかへ行くんですか?」


「ええ、久しぶりに踊りに行こうかなって。男友達(アッシー)の車に乗って今からちょっと……」


増井は羽扇子を頭の上でプラプラさせて腰を振り出した。充が困っているのを見て楽しんでいるようだ。

男友達やらお立ち台やら、今日の増井はもう「そちら側」に全振りらしい。

話し方が変わるのもそのせいか。


「この間ウチの店に来た時は泣きそうな顔してたのに、ほんの数日で随分変わっちゃうもんですね」


「それくらぃこちらのお店のご協力が有り難かったってことなんですよぉ。作業はあとチョットなんですけどぉ、終わりは見えてきたかなって。それでデッキをお返ししようと思って、今日はそのご相談にぃ」


「返しに来なくていいわよ」


未来(みく)が増井の前に立ちはだかるように出てきて、凄みのある声を発した。

その声にこもった敵意が分からないわけはない。増井は混乱しつつも臨戦態勢を取った。


「は?意味分かんないんですけど?」


「勘違いしないで。アンタにとってもいい話よ。アンタが借りてるデッキは私がアンタに買ってあげるって言ってるの」


未来(みく)はそう言うやいなや一万円札を30枚、耳を揃えて充の前に差し出した。


「30万あるわ。これであの2台買えるでしょ?」


「あ、ああ……どうしたんだ急に?」


未来(みく)は充の問いかけに応えようとはせず、増井に向き直る。


「増井さん、今見たように私が払っておいたから、あれは貴方が使うといいわ。これでもうこの店に来る必要はないわよね?」


「あれは真田さんに頼まれて、再生機器のテストで使ってるのよ。それにあたしは乞食じゃない!何?これが客への態度なの?」


「残念。あたしも客なのよ。あたしはここの常連でね、店の居心地が悪くなるような要因は自力ででも排除したいのよね」


「あたしを排除したいってわけ?」


「あんたはその格好で今から男漁りに行くんでしょ?あたしはこの店を男漁りの前にちょいと寄る店にはして欲しくないってだけ。ほら、素人ストリップをしに行くんでしょ?早くしないといい場所取られちゃうわよ」


「このオバン!」


未来(みく)の意図をだいたい理解した増井は敵意を隠しもせずに未来(みく)に掴みかかった。そこに増井を乗せてきた男友達(アッシー)とやらが介入。言われっぱなしの増井はまだなにか言いたそうだったが、未来(みく)は勝ち誇ったような顔で増井の運転手(アッシー)に増井を連れての退店を促し、彼もまたそれに従った。


「どうしたんだ未来(みく)さん。いつもの君らしくない。びっくりしたよ」


「気に入らないのよ……何もかも」


充は冷静に問いかけるが、未来(みく)はまだ戦闘モードを解けずにいる。よほどアドレナリンを大量に分泌したらしい。


「それじゃ解んないよ。解るように説明してくれ」


「……あの人ね、私が東京転勤でこっちに来た時、散々私に意地悪をしたお(つぼね)なの。最初は人違いかなって思ったけど確信が持てたわ。男への媚び方も女には敵意丸出しになるところもこの頃からなのね」


「あー……そりゃあ冷静でいるのは難しいなあ。店の外でやれってわけにもいかないし」


充も店主としてはそういった客同士の個人的なトラブルは店の中にまで持ち込んで欲しくない。しかし未来(みく)は客とはいえ過去(こちら)にきている間は家族同然。なかなか判断の難しいところではある。


「何より、サナっさんの優しさにつけこんで甘えまくるのはどうかと思うわけよ。サナっさんもあんなの見て鼻の下伸ばしてるし」


「いや、俺は鼻の下なんか」


と言っては見たものの、車で配達した時あたりから鼻の下は伸びていたかも知れない。


「あの女、あとちょっとだけど細かいところ解んないとか言ってたわよね。あれでサナっさんを自分の部屋に上がらせて、手伝いさせた後、何かやらしいことしようとしてたね。絶対」


「え、俺そんなヤバかったん?」


「あれが私の知ってる増井ならそれくらいのことは朝飯前ね。その後何を要求されるか解ったもんじゃないけど」


「うはぁ……」


充はドっとレジの椅子に座り込んだ。



翌日、増井はもう一度来店。HMDを置いていった。持っているのが怖いらしい。

彼女は派手な格好で()()を作ってはいたが、未来(みく)がいたこともあり、必要最低限の会話だけをして帰るしかなかった。


*  *  *


5日ほどが過ぎ、充と未来(みく)は2025年に戻る。


「こんなに帰りのタイムスリップが待ち遠しいと思ったのは初めてだよ」


そんな充の言葉に未来(みく)は真面目に切り返す。


「サナっさん、女性トラブルを避ける意味でもそろそろ身を固めたらどう?そういう人いないの?」


「研究一筋、そのあとは店の維持で大変だったからな。未来(みく)やんが駄目なら一人もいないよ」


「別に駄目じゃないわよ?でも『未来(みく)やん』はやめて。いい思い出ないのよ」


「え?」


「えっとね……」


未来(みく)の耳は、今まで見たこともないほど真っ赤になっていた。




* 内定を出した社員が他の会社に行かないように、内定おめでとう海外旅行や自動車のプレゼントをする会社もありました。

* この時代に大学の授業そっちのけで映像を突き詰めた人たちがどうなっているかは皆さん御存知の通り。未来(みく)はそういう意味でも、増井が怠惰な学生であることを疎んじているのです。

* ガクチカ=学校時代力をいれたこと。これがない就活生は21世紀は相当苦労します。逆に、1980年代後半の日本の大学生は「レジャーランドに遊びに行っている」と言われるほど外から見て乱れていました。

* 1話あたり5000文字は越えたくないのでかなり削りました。

* 世界線のお話したい人いると思いますが、しないでください。


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― 新着の感想 ―
この話、過去に嫌がらせされた人間に似てるから嫌がらせされたみたいなループしてる話なのかな
未来やんだとソ連の戦闘機みたいな・・・
最盛期はSL-HF900×1台+EDV-9000×2台持ってたなぁ EDV-9000は初期ロット手に入れたのでEDβIで録画編集して遊んでた
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