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平成5年の新型ゲーム機参入

気がつけば午前3時。

「ふぁぁぁ」


大きなあくび。真田無線の朝は充のあくびとシャッターを開ける音から始まる。

それは2025年に戻る前も戻った後でも変わらない。

過去と現在を行き来する生活には少し慣れてきたものの、いつ、どの時代へ飛ばされるのか、その法則は依然として不明のままだ。


「サナッさん、おはよう!」


聞き慣れた声が入り口から響く。常連客の田嶋が、雑誌を抱えて店に入ってきた。


「田嶋さん、いつも唐突だね。仕事はいいの?」


「リモートワークなんで時々 Slack 見てちゃんと返事してれば大丈夫さ。それより店長、ちょっとこれ見てよ」


充は軽くうなずきながら田嶋から古びた雑誌を受け取る。表紙には「次世代ゲーム開発特集」とあり、1990年代中頃の家庭用3Dゲーム黎明期について、関係者がそれぞれ写真付きで苦労譚や理想論を寄稿していた。最終ページを見ると、1995年発行とある。


「懐かしいというより、ここまで古いと知らんことばかりですよ。レトロゲーム屋で売ってるようなゲームの話じゃないすか」


「わかってないね。これはゲーム開発やゲーム機開発の現場の人達が語る当時の空気感ってやつですよ。ほら、ここ見てよ。当時は3Dゲームを作るために、3Dデザイン用の何千万もするワークステーション(*0)が必要だったんだよ。小さなソフトハウスがこんなの買って、もしゲームが売れなければ破産しちゃうよねえ」


田嶋の言葉に、充は店の倉庫にある巨大なワークステーションのことを思い出した。


「……たしか、ウチの3階にも眠ってるはずだよ。そんなのが」


「それだよ!どこの何てワークステーション?何千万もするって、どう考えてもお宝じゃん!今でも現役で使えるかな?見せてもらって良い?」


「見せるも何も、一昨年おととしまで店で出してた赤い色のアレっスよ」


「え?あれ、サイドデスクじゃなかったの?」


「ちゃんとした商品だって。オプションモリモリだったから当時買ったら1億円以上したはずスよ。今じゃそこの中古のグラボより何桁か落ちる性能スね。10万で売りに出してたけど、誰も買わないから3階の倉庫に移したんスよ」


「あれかぁ……やたらでかくてウチじゃ置くとこないし、たしか配送料が本体価格より高くなりそうとかでソッコー諦めたやつじゃん。そっか、この9600円のグラボより遅くて、10万円でも売れないのか……」


田嶋は色褪せたGPUボードの箱の値段を見つめつつ、しょんぼりしていた。

好事家に売って小遣い稼ぎでもしたかったのだろうか。


「100kg近くあるんで、見るためだけに持って降りろってのはナシですよ」


「あはは……アレなら見るまでもないや。あ、メンションついた(*1)。ごめん、邪魔したね。また来るわ」


「おつかれさーん」


田嶋が帰った後、充は倉庫を覗いてみた。赤い色のでかいワークステーション、そして青い色のワークステーションが鎮座している。その上に、さらに藍色の小さなワークステーションがいくつかあった。


「当時はこいつらが1台で1億かあ……誰かもの好きが買っていかんもんかね?邪魔でしょうがねえわ」


充が古い機材に身も蓋もない感想を撒き散らす。

突然、視界がぐらつく感覚が充を襲った。


「なんだ?地震か?」


慌ててエレベータで店に降りる。

広がっていたのはさっきとは違う外の景色だった。


*  *  *


「……またか」


充は店の外に目を向けた。道で営業トークを繰り広げるコンカフェの呼び込みは消え、駅前あたりの高級ビルがない。パソコンショップにはPC-9801の広告が貼られ、VHSのビデオデッキの箱を持った男性が駅に向かって歩いている。


「1995年だともうちょっと、インターネット云々の気配があるはずだよなあ……それよりは前ってことか」


ひとしきり時代の推理をしたが決定的な情報が出てこない。

近くの店の展示PCで確認でもしようかと思いついたその時、店の入り口のベルが鳴った。


「すみません……こちらに、SZIのワークステーションのお取り扱いってありませんか?」


入ってきたのは40代半ばの男性だった。スーツ姿で、どこか焦った表情をしている。


「SZI、ですか?」


「ええ。うちの会社で、3Dゲームを出そうという話になっているんですが、開発に使えるワークステーションが手に入らなくて困ってるんです。正規代理店も直販も、全然タマがなくて……」


「それは大変ですね」


「とあるメーカーが、家庭用ゲーム機向けにサードパーティ(*2)を募集してるんですけど、第一期募集がそろそろ締め切りなんです。第一期の応募条件として、『当社のゲーム機の特徴を活かせるゲームソフトの開発環境があること』ってのがあるんですが、それって3Dの開発環境があるって意味なんですよ」


「第二期じゃ駄目なんですか?」


「死活問題とまでは言わないけど、第二期参入だと売上、ノウハウともに第一期の会社ととんでもない差がついてしまいます。ハードの発売直後は必ずハードの他に1つか2つはソフトが売れるでしょう?もし、ハードと同時発売のソフトが20種類で、そこに我が社のソフトがあったとしたら、それは大変なアドバンテージになるんです」


「なるほど……それは商機として逃せませんね。でも、うちはジャンク屋ですよ。ご存知ですよね?」


「まともなルートでは買えないと思ったから、オヤっさんに相談しに来たんです。SZIなんとかなりませんか?あれがないと、時代に乗り遅れてしまうんですよウチの会社!お願いしますよ!」


充はしばらく考えた。

この時代にも親父はいるみたいだ。親父は今、どこにいるんだ?

なんでこの店ごと過去に来てるんだ?

何よりこの客だ。親父の馴染らしい。

ここでこの客をがっかりさせて返したら、あとでこの時代の親父が困らないか?


「……ちょっと待っててください」


充は店の3階へ向かい、埃を被った極彩色の巨大なコンピュータ達を見つめる。


「こいつ……今でもちゃんと動くかな? ジャンク扱いで買ったって親父から聞いてたけど……」


とりあえず上蓋にうっすら積もったホコリを払い、キーボードとマウス、よくわからないダイヤルスイッチがたくさんついた何かを接続し、倉庫にあったおそらく同じメーカーのモニターも接続し、電源を入れてみた。

Linux (*3) の起動画面に似たメッセージが画面に現れ、ゆっくりとスクロールしていく。

そしてビジュアルログイン画面に到達。どうやら結構なGUIを備えたOSらしい。root パスワードは近くにあった管理者用マニュアルに挟まれたポストイットに書かれていた。


充は腹を決めた。


「お待たせしました。うちに、特殊なルートで流れてきた3Dワークステーションがあります。マニュアルなし、サポートなし、保証なしですが……」


不機嫌を絵に書いたような表情を顔に貼り付けながら男が答える。


「あのねえ……いくらジャンク屋だからって、マニュアルもサポートも、保証もなしでどうやって使えって言うんですか?」


「い、一応ここに管理者マニュアルなどはあるんですが……。あと、OSはUNIX系です。操作は似たようなモノじゃないですかね。3Dアプリはわかりませんけど、できればモノを見てもらえますか?」


「……どうせここが駄目なら諦めるしかないんだ。一応見るだけ見せてもらおう」


充は店の外に「準備中」の札を出し、男を倉庫に招き入れた。


「これは……! コピー品とかじゃなくて?」


暗い倉庫で低い唸りを上げる極彩色のサイドテーブルは、次の主を求めてモニターを光らせている。


「純正品だとは思います。SZIのコピー品を作れる国はないと思いますよ。ご覧の通り起動はしてます」


「信じられん……」


充はとりあえず、管理者パスワードでログインし、返す手でDEMOと書かれたアイコンをクリック。

しゃれた3Dアイコンが現れては去り、なかなか美麗なグラフィックデモが次々に画面を彩った。


「ほ……本物だ。そうとしか思えん……SZIの最高機種だ。これ、いくらで?」


充は一瞬考えた後、念のために確認を入れた。


「お支払い、現金一括払いでお願いできるなら相当お安くできます。これほどのものなので明日にも買い手が見つかるかも知れませんから、お取り置きはできませんよ。逆に、この条件を飲んでいただけるなら、ここにあるSZI製品は全部お渡しできます」


男はたじろいだ。それはそうだろう。普通に買えば脇に寄せられた藍色の小さいのだって1千万円はする。ましてや今デモを走らせているやつは最高機種だ。1台1億円越えが2台、小さいのがひぃふぅみぃ……


「た……多少まけてもらえるなら助かるかな……?なんて……」


「では、現金一括、3000万円でどうでしょう?」


予想とあまりにかけ離れていたのか、男の表情がまた一変する。


やすっ?やっぱり偽物なんじゃないかねこれ?」


「ではこのお話はナシということで……惜しいですね。偽物だとしてもこれだけのグラフィックが出てるんです。ゲーム機メーカーの現場視察があっても難なくやりすごせるでしょうし、お買い上げ直後に動かないなんてことになったら御返金させていただきますよ。それに、うちが駄目なら他に頼むところないんでしょう?」


充の強気の発言。

実際はアプリケーションの使い方やOSに多少の違いもあるだろう。だが、そんなのはSZIのアプリケーション講習にでも潜り込むか、他社のSZIワークステーションの利用経験者でも雇えばすむことだ。

あとはコンデンサーの液漏れやHDDの劣化だけが心配だが、そこはもう、どうにもならない。とりあえず今動いていることに感謝。

それに何と言ってもその分安い。

すぐにぶっ壊れて怒鳴り込まれたら、覚悟を決めて店にあるGPUマシンとフリーの3Dデザインソフトを渡せばいいだけだ。


「か、買う!買います! 取締役会の承認をもらうからちょっとだけ待ってくれ!」


「まいど。オヤっさんも喜びます。現金と商品引換なんで、大きめのバンかトラックで次回ご来店ください」


*  *  *


数日後、男は会社の名前の入ったバン数台で真田無線に乗り付けた。


「た……退職金を担保に承認を貰ってきたぞ。確認してくれ……」


ずしりと重く、分厚い札束。それが入ったアルミのケースの受け渡しに充はホクホク、男は会社に戻って電源を入れるまではビルの間を渡した鉄骨渡りの気分。


「この度はお買い上げ、ありがとうございました」


札束の確認終了の言葉と引き換えに、男とその部下達は、持っていけるだけのものを持って行く。

そしてその後何日経っても男は怒鳴り込みに来なかった。

代わりに短い動作確認の報と礼の言葉を受け取ったのだが、どうにも尻切れトンボというか、その後どうなったのかが気になってしょうがない。

ふと、田嶋が忘れていった雑誌を見ると、そこにはさっき現金を持ってきた男の写真が大きく載っている。どうやらハードの発売と同時にヒットを飛ばせたらしい。


「前回は20日ほどで元の時代に戻れたよな……」


充は、手元に残った3000万円のうちいくらかをその時代の真田無線の銀行口座に振り込み、事の次第をぼかしながら書いた手紙を配達日指定郵便でその時代の父に送った。

信じてもらえなくて良い。ただ、さっきの客がその時代の父に「この間はどうも」なんて言った時にトラブルになるのは避けたいのだ。

そして大事な一文も忘れずに。


「SZI社のワークステーションが安くなったら、何台か買っておいてくれ」


*  *  *


「いやあ、これがなくなると倉庫がだいぶスッキリするな……」


店の倉庫では、2025年に戻った充が畳3枚分ほども空いた空間を見てほくそ笑んでいた。


「……3000万円か。さて、どう使おうかな」


田嶋が店に戻ってきて、珍しそうに充のニヤケ顔を見つめる。


「サナっさん、なんかニヤニヤしてない?」


「いや、なんでもないスよ」


充は、目の前の雑誌をパラパラとめくりながら、しばらくその余韻を楽しんだ。


(*0) 当時としては、PCよりメモリも潤沢で計算能力もお値段も一桁以上違ったお仕事用のコンピュータのこと

(*1) Slack では自分に関係のある、または自分向けの書き込みがある場合そういう連絡が来ます。それをメンションがつくなどといいます(方言いろいろあり)

(*2) ゲーム機を開発している会社以外が、そのゲーム機で動作するゲームを開発する時、そのゲーム会社は「サードパーティ」と言われます。新しいゲームハードを売り出す時は、人気のあるゲーム知的財産を保有する企業を何社囲み抱えられるかで勝負が決まります。

(*3) 世の中で広く使われているOSです。PCでも動きます。世の中のサーバーやらAndroidタブレットやらはだいたいこれで動いています。

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