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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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27/52

昭和51年の楽器の故障(後編)

「……MiniMoogle D、用意するカネか、壊れた現物、どっちかはあるのかい?」


充の問いに、山田は虚を突かれたような顔をした。


「え、はい、現物を一応車に積んでありますけど……」


「よし。ちょっと見せてもらえる?」


充はカウンターから出て、山田と共に店の外へ向かった。未来(みく)も興味津々でついてくる。


山田の車はこの時代のものとしては比較的新しいセダンだった。トランクを開けると、厳重に梱包された大きなハードケースが現れる。山田がケースを開けると、中には黒く威圧的な筐体を持つシンセサイザーが収まっていた。それが、伝説のMiniMoogle Dだ。


「15kgはあるはずだ。重いから気をつけて、そーっと運ぼう」


MiniMoogle Dを店に運び込むと、充は慎重にケースから取り出してプリメインアンプへと接続、電源を入れてみる。電源ランプは点灯するが、鍵盤を押しても音が出ない。いくつかのツマミやスイッチを操作し、背面の端子を覗き込む。


「うーん、これは……開けてみないとだな」


充は唸った。


「回路図は手に入るんだよ、実は。コミュニティでは結構出回ってて、もちろん俺も持ってる。パーツリストもね。でも、これだけ広範囲に音が出ないってことは、まずはハンダ抜け、悪いとコンデンサあたりの破裂や液漏れなんだろうと思う。もっと根深い故障かもしれない。一つずつテスタで潰していくとなると、夕方までには正直厳しいな。何より山田さん、これ、開けちゃだめなんでしょ?」


「え?あ?」


「空輸時の輸送が原因なんだったらこいつ、まだ航空会社と修理や補償について話をしなきゃいけない段階なんじゃないのかな?そんな時に俺がバラしちゃっていいのかって話さ」


「あっああ?そうか。そうですよね?」


うろたえる山田。恐らく周りからギャンギャンにせっつかれて思考能力が低下していたのだろう。


「てことは、せっかく持ってきてもらっても修理できないじゃん!」


「本当だ……何やってんだ俺」


山田の顔に再び絶望の色が浮かぶ。充はそんな山田の顔を見つめ、意を決したように言った。


「……あのさ、山田さん。ぶっちゃけた話、100万、出せる?」


山田は目を剥いた。何よりその金額に。


「ひゃ、100万ですか!?」


「うん。修理じゃなくて別の方法だ。もし出せるなら夕方までには確実になんとかできるよ」


山田は混乱していた。100万という金額もそうだが、「別の方法」というのが全く理解できないらしい。


「あの、別の方法って……?」


充はニヤリと笑った。未来(みく)は楽しそうに状況を見ている。

いつものように充がなんとかしてしまうと考えているのだろう。


「まあいいから。予算管理してる人に連絡取れる?話を通してくれないとこっちも動けない」


山田は半信半疑といった様子だったが、藁にもすがる思いだったのだろう。慌ててショルダーバッグから手帳を取り出し周囲をキョロキョロと見渡した。


「あ、電話!電話貸してもらえませんか!?」


「え、店の?いや、あれ、これ、今使えるんだっけか?これフレッツ……」


充は一瞬渋った。未来の時代の回線がこの時代の電話網に繋がる保証はない。しかし、山田の必死な顔を見て根負けした。


「……分かった。店の電話、使ってみて。繋がらなくても文句なしだぞ」


「……電話代、滞納してるんですか?」


充は山田を店内に案内し、カウンターの隅にある電話を指差した。


「プッシュフォンなんですね……さすが秋葉原だなあ」


山田は震える手で受話器を取り、ボタンを押す。充と未来(みく)は固唾を呑んで見守った。


「……あ、もしもし!(つつみ)さんですか!?山田です!あの、楽器の件で……はい、それが、修理は難しいみたいで……でも、代替品が見つかりまして!はい、すぐ手に入ります!ただ、今日の今日なんでその……値段が100万、かかります!」


山田の声が店内に響く。充と未来(みく)は腕を組んで成り行きを見守るしかない。受話器の向こうから、怒鳴り声のようなものが微かに聞こえてくる。山田は必死に説明しているようだ。しばらくして、山田の顔に安堵の色が浮かんだ。


「……はい!ありがとうございます!助かります!すぐに手配します!」


山田は電話を切り充に向き直った。その顔には先ほどの絶望は消え失せ、希望が満ちていた。


「OK出ました!100万、出せます!」


「よし!」


充は頷いた。


「じゃあ、キャッシュで100万用意してもらえる?それと、楽器を運ぶ業者を手配した方がいい。テレビ局から車両を出してもらうか、そこの日運で車出してもらって。夕方までに局に届けなきゃならないんだろ?」


「キャッシュですか……?」


「大丈夫。100万もらってとぼけやしないよ。渋られたら上役に言ってやんな。MiniMoogle Dは新品でも少なくとも本体150万と輸送費、輸入関税、それに納期が何ヶ月かはかかるってな。今、ここで、しかも100万ぽっちで手に入るのはもうお買い得どころの騒ぎじゃないんだよ」


山田は再び慌てて手配を始める。


未来(みく)さんや、お手伝いを頼むよ」


未来(みく)と充は店の3階へエレベータで向かった。


しばらくして、未来(みく)と充がその手に抱えて降りてきたのは、真新しいハードケースだ。ケースを開けると、中には紛れもないMiniMoogle Dが収まっている。光沢のある黒い筐体、整然と並んだツマミとスイッチ。それは、山田が持ってきた故障品と瓜二つだが、明らかに新しい。


「これ……!?」


山田が驚きの声を上げた。


「MiniMoogle Dだよ。俺が持ってたんだ」


充はそう言ってMiniMoogle Dを山田に手渡した。


「音、出してみな。ここのツマミをこういじって……」


山田は恐る恐る鍵盤に触れ、音を出してみる。クリアでギザギザ、力強いシンセの音が真田無線に響き渡った。山田の目から大粒の涙が溢れ落ちた。


「検品は終わった、てことでいいよな?」


「あ、ありがとうございます!本当に、本当にありがとうございます!」


山田は深々と頭を下げた。充は照れくさそうに頭を掻く。


「まあ、困った時はお互い様だ。これでTVの収録、ちゃんとできるといいな」


局から使いが来て、100万円のキャッシュが支払われると山田は充に感謝を述べ、手配した運搬業者と共にMiniMoogle Dを運び出していった。



*  *  *


店のドアが閉まり、再び静寂が戻る。


「サナッさん、すごいね!伝説のシンセサイザー持ってたなんて!」


未来(みく)が興奮気味に言った。


「まあな。実を言うと復刻版なんだ。MiniMoogle Dはあまりにファンが多くて、21世紀に入ってから何度かいろんなメーカーから復刻版が出てるんだよ。あれはオリジナルと同じ会社が作ったやつで、90万円くらいしたかな」


「それを買ってたのね?にしても意外。楽器好きなんだ?」


「昔ちょっと音楽に入れ込んでた時期があったんだよ。大した腕じゃなかったけど」


しきりに感心する未来(みく)。だが充は少々面白くない。

使っていなかったとはいえ自分のコレクションでも最上位のものを10万円程度の上乗せで持って行かれたのだ。


「まあ、この悲しみはお馬さんで……」


その日の夜、充と未来(みく)は店のTVで音楽番組を見ていた。耳を澄ますと存在感のあるシンセサイザーの音が聞こえてくる。それは間違いなく、充が山田に渡した復刻版MiniMoogle Dの音だ。バンドの演奏は素晴らしく、映画の主題歌は力強く響いていた。


翌日、山田が再び真田無線を訪れた。顔色は見違えるほど良くなっている。


真田(サナッ)さん!沢村(サームラ)さん!昨日は本当にありがとうございました!」


山田は深々と頭を下げた。


「いやいや、いただくものはいただいたし、無事に済んだなら何よりだ」


充は両掌で山田の勢いを押さえながら首を振る。


「それでですね、バンドのメンバーがあのシンセをすごく気に入っちゃって!音が良すぎて雑音が少ない、それに工作精度が凄いのか、いろんなところがしっかりしてるって、異様に褒めちぎるんですよ。で、結局、買い取ってくれたんです!」


「はは……あの雑音が味があっていいって人もいるんだけどなあ」


2025年の技術で作られた復刻版には、この時代のオリジナルよりも品質が高い部分があるのだろう。充が苦笑する中、山田は嬉しそうに報告を続ける。


「利益取ってないだろうな?」


「それは……局と映画会社のお話になるので」


「しょうがないか。気に入ってもらえたなら MiniMoogle も本望だろう」


充はそう言って笑った。

山田は改めて感謝を述べ、足取り軽く帰っていく。


*  *  *


数日後、真田無線にはいつもの気だるい午後の時間が流れていた。「揺り戻し」はまだない。


充はパソコンに向かい競馬のデータを見ていた。

未来(みく)は雑誌を読んで、この時代の常識と2025年の常識のあまりの違いにケタケタと大喜びで笑っている。


「ねえ、サナッさん。次のタイムスリップ、いつだと思う?」


未来(みく)が唐突に真顔で尋ねた。


「さあな。A6とumma4の機嫌次第だろう。ログを見る限り、タイムスリップ先までA6は追いかけてきてないけどな」


充はモニターから目を離さずに答えた。


「ただ、今回のタイムスリップであのADを助けたことがA6のデータ収集にどう影響したか……ちょっと興味はあるな。umma4はいろんなところに接続しようとして、全部失敗を繰り返してる」


「何してるのかしらね」


「この時代にもインターネットがあるという前提で、知ってる新聞社なんかのサーバーにつなごうとしてるみたいだな。馬鹿だなあ。そんなおバカに育てた覚えはないんだが……どれ」


「どうするの?」


「ああ、これを引っ張り出してと……」


充は店の奥にあったアナログTV一体型のPCにアンテナを繋げ、アプリケーションを起動。そのPCを店のハブに繋げてやった。


「これで、このPCは少なくとも地上波放送を受信できるってわけだ。あとはこのTVの画面をストリーミングでumma4に流してやるならffmpegで……」


充は今回の「お助け」が単なる善行で終わらない可能性を感じていた。現代の技術が過去に持ち込まれ、歴史に介入したこと。それがA6の「正しい歴史」のデータセットにどのような「ノイズ」を加えるのか。


「……よし。マルチチャンネルとは行かないがこんなもんだろ。未来(みく)さんや、この後ちょっと付き合ってくれ」


「え、どこ行くの?」


「場外馬券売場だ」


「あー。大事なコレクションを失った傷を埋めるのね」


未来(みく)はしょうがないなという顔をする。充はニヤリと笑った。


「京王杯オータムハンデキャップ。14頭立ての14番人気に、10万突っ込むぞ」


「……当たると分かっていても、穏やかじゃいられないわね。オッズとか大丈夫なのかしら」


充の手元には各年度の重賞レースの結果が記されたデータがある。充は、その結果が変わってしまうほどの干渉を今まで起こした覚えはない。今回にしても、14頭立て14番人気の馬券に100万も突っ込めば38倍を超える単勝倍率は一気に下がってしまうだろう。


「だからこその10万円制限だよ。気にすんな」


充と未来(みく)は真田無線を出て場外馬券場へと向かう。秋葉原の喧騒の中、二人の足取りは軽い。

A6が何を考えていようが、充と未来(みく)はその時代の人々をささやかに救う。そして競馬でちょっぴり儲けてその報酬を得ること、そこに迷いはなかった。


*  *  *


数日を経て、充と未来(みく)は2025年へと戻っていた。


未来(みく)さんや、ちょっと面白い話があるんだが」


「ん?何?」


「これ見てみなよ」


充が指さした先にはこの時代の衛星放送の画面。国営放送が放送100周年とかで過去の特集番組のリバイバル放送をしていた。


「ああ、最近良くやってるやつね。何が面白いの?」


「この、シルクロードを行く調査隊の、ほらここ」


未来(みく)はあっと声を上げた。


「山田さんじゃないのこれ?」


「どうやらヤンテレは辞めてこっちに移ったみたいだな。それにしてもシルクロードとは大きな看板背負っちゃったなあ」


未来(みく)が無邪気に喜ぶ脇で、充はあれこれと考えていた。


「シルクロード……シルクロードか……そういえば粟竹(あわたけ)コレクションもそっちだったな」



* ダイヤル式ではなく、番号を押して電話が使えるようになったのは1969年以降です。この時代はまだ、プッシュフォンと呼ばれ、電話機はメーカーが勝手に作って売って良いものではありませんでした。

* 秋葉原には当時、世界有数の物流企業の本社がありました。

* 実際の復刻版にはMIDIインターフェイスなどの拡張機能が少しだけあります

* プロモーション費用になったとたん、予算がじゃぶじゃぶになるのはよくあることです。

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― 新着の感想 ―
局のADみたいな使いっ走りって将来出世するかもしれないから虐めたら後が大変っていうよね 恩を着せてもまた大きいという
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