【七】固定観念の牢獄
【七】
翌日の正午、空手日和なポカポカ陽気。
エルフの人々が待ち合わせやSNS投稿のための一芸を撮影するのに使う大広場で、
巨大な土俵が設置され、
それを挟んでジェーン達とエルフ達が向かい合っている。
「みんなー! ママがごめーーん!!
あたしからも謝るようにお願いしたから!」
フィニーが観衆の山から何度もジャンプして手を振ってくる。
そうでもしないと認識できないくらいの人の多さだった。
エルフが空手を追求する文化を主としているのはわかったが、
改めて目の当たりにすると、熱狂も含めて圧巻だった。
熱せず動じずなエルフがここまで空手観戦に集まるとは。
「いいのよ気にしなくてー!
なるようになったからーー!」
「ありがとー! ほらママもごめんなさいして」
「いやだよ、里の人間として当然のことをしただけじゃないかい」
持ち上げられ、謝りやすい目線の高さになったフィニーのママが、
ぷい、とそっぽを向く。
僕もジェーンも彼女の決断を咎めるつもりはない。
里の人間がやるべきことをしたのだろうし、
むしろ手早く長期滞在を許可してもらえそうな芽も見えた。
「ちっ、おやおや、ハイエルフ様は他所者にご執心らしいな」
「由緒正しい出自の方は空手がへっぽこなだけでなく、友達作りの目もないと見える」
「卑しい墓荒らしに育てられ「あらくしゃみが出ましてよイーックシュ」ボアァーーッ!!」
くしゃみと一緒に高速で火球が射出された。
フィニー母娘に野次を飛ばしていたエルフの者達、
最後の一人の鳩尾に、ジェーンが高速で吹いた火球がぶつかった。
あまりの高速、それと不意打ちのせいで、目視できた者はそういなかった。
遠くへと吹き飛んでいくエルフの若者(見た目)。
「ちょっ……なにやってるんですか!?」
「あたしの視界に不快なものを入れた罰よ」
「こんな時だけ公爵令嬢みたいな傲慢さを見せないでくださいよ……」
「どうせ後で纏めて締めるんだから同じよ同じ」
「じゃあその時まで待てばいいでしょ!」
フィニー達に酷いことを言っていた者達は、
なにもわからずに口を閉じて沈黙していた。
暴力はよくないことだし、
ああいうことをしても根本的な解決にはならない。
決して褒められたことではないが、
とりあえず痛ましい光景が終わったのは良いことかな。
だが、ハイエルフがああいう言葉を浴びせられるのか。
僕の知識では、ハイエルフとはエルフの中でも、
とりわけ高純度のマナが凝縮したことで誕生する存在だ。
エルフ文化ではとても高貴で神聖視されていた。
過去のエルフの里でハイエルフにあんな暴言を吐けば、
その場で鞭打ちされかねなかった。
「見事なものですね」
大半はジェーンの行動に気づきもしていない。
一方で、長老は薄い笑みを浮かべている。
隣に並ぶ道着の者達も、今の出来事に気づいた上で動じた様子はない。
ジェーンの火球を、認識している。
凄まじい動体視力、または洞察力と言えるだろう。
ともすれば僕の全力の高速移動も捉えるかもしれない。
そうなれば……少なくとも、
僕との殴り合いは五分と五分の人間が五人ということか。
「それでは、始めましょうか? 先鋒は」
「ぼくが行くよ!」
「気をつけてね」
ベスの懐から出てきたニュルが、うねうね動きながら土俵に入っていく。
向かい合う敵側の先鋒は、4mはあるだろう超巨人タイプのエルフ。
僕の時代にはいなかったエルフだ。
「うーん? 紛い物の筋肉なぶよぶよ野郎が俺様に勝てるかなあ?」
そう言ってこれみよがしに、
両手両足それぞれで剣をへし折る演舞を繰り出した。
徒手空拳での鋼鉄破壊、攻撃力も僕に勝ると劣らないだろう。
「いや、劣るでしょ……」
ジェーンが呆れているが、それはあくまで向こうが弱点を使わなかったらだ。
仮に、その両拳と足に秋田米を擦り込んでいれば……力比べはわからなくなる。
このハイテク・エルフの里で四肢を秋田米にコーティングした敵が出る確率は、
おおよそ東京で野生のナマハゲと遭遇するのと同じくらいだ。
つまり、半年に一回はありえる。
フィニーのママが冷凍きりたんぽを武器にしたのを思えば、
確率はさらに上がることだろう……。
そんな僕の心配と並行し、先鋒の演舞は終わらない。
「征ッ!!」
むくつけきエルフの空手家4名が、
軽トラックくらいの大きさの岩石を持ち上げた。
細身のエルフでは持ち上げるのも難しいはず。
だが、重心と呼吸を上手く使うことで、軽トラ程の岩石を見事に持ち上げていた。
「さあ、投げぇぃ!」
「押忍!!」
僕でも知っているかけ声と一緒に、四つの巨岩が一人に投擲された。
普通なら、そのまま圧死させられかねない質量。
だというのに、気合を籠めて腕を交差させた空手家のボディに、
岩石の方が負けて砕け散った。
なんということだ……僕並みの怪力だけでなく、
僕と同等の耐久性も備えているとは……。
さっそく、無敵の空手家が現れたぞ……。
「いや言いすぎだろ」
僕の分析にジェーンが冷静に異議を唱えた。
「我は先鋒・ゴーテル!
君がスライムなら俺様は岩石だ!!」
「ニュル。大丈夫?」
「やべえと思ったらすぐに下駄を投げるからな」
クマリオンが下駄を両手につけて言う。
エルフ空手の立ち会い文化では、
リングにタオルを投げる代わりに、
土俵に下駄を投げるらしい。
オリエンタルな風情あふれる文化だった。
「大丈夫。ぼく、がんばるよ!」
スライムがマッチョな肉体になって対戦相手と向かい合う。
太さにおいては及ばない。
この時代のエルフはあんな巨体も生まれるのか。
「さあ、来るがいい。
パワー比べだ!
か弱きゼラチン体よ」
「むぅぅん!」
空手家の誘いに乗ったスライムが応じる、指四つの力比べ。
ボディの巨大さにおいては、ニュルではまだ荷が重い。
「うわっ、この人、なんだか違う……!」
どれだけスライムとしての巨大で強靭な体になれても、
天然かつ初めて見るエルフの巨人を前に、戸惑いが生じている。
それによって、たちまちに力負けをして、
人間ならば膝が地につくほどに形勢が傾く。
「はっはーーー!
どうしたのだスライムよ!」
「強い! 強いよ、この人……プロテインが尽きそう!」
特に明確な効果があるわけでもないが、
プラシーボ効果のためにやっているプロテイン100%のボディ。
それが限界超過の筋肉行使で底が見え始めている。
「大丈夫だよ、ニュル!
わ、わたしが、がんばるもん」
ベスがフルスペックを振り回せば、どんな相手にも勝てるだろう。
しかし、それができる精神状態なのか。
大切な仲間を分解してしまった事実に苦しんでいる中で、空手家と健全な果たし合いができるものなのか。
可愛がって、衣食住の一切合切を世話しているニュルが負ければ、その精神的な弱体化はなおのこと加速するだろう。
ベスはスピードスター。
スピードスターは素速いヒーローというだけでなく、そのアースの希望の火を体現し、運ぶ者だ。
成り行きで始まった試合だが、その中でも彼女の心はできるだけ保護したい。
「なんかない?
あたし、スライムのこと全然わかんないから」
応援しつつもおろおろする少女の肩に、ジェーンが手を置いて呼びかける。
そうすると、少女はなにか言いたそうにしてはいる。
だが、自信が持てていないのと、ジェーンの覇気に押されて躊躇ってしまう。
ジェーン・エルロンドの大きな欠点だろう。
活力が大きすぎて強すぎて、心が弱まっている人は自然と圧倒されてしまうのだ。
聖女と呼ばれた女性の目のパワーに射すくめられると、どうしても目を逸らして、言葉を呑み込んでしまう。
「よし、じゃあ俺に教えてくれないかな?
俺が代わりにあの子に伝える」
膝を折ってしゃがみ込んだエドガーが、下から見上げるようにしてお願いした。
時たまにおかしな感情の振れ幅を見せるエドガーだが、騎士団を率いる程には人望を集めた傑物だ。
真摯な呼びかけに、ベスも魔女帽子を揺らして、彼に耳打ちをした。
「ありがとう!
スライムくん!
空手家の土俵での力比べはやめよう!
人間の枠に囚われるな!」
「で、でもぼくは、スライムとは思えない逞しさが欲しくて……」
二本腕で力と力の比べ合いをしているが、押し負けそうになっているニュル。
このまんまで何かアクションを起こさなければ、敗北は必至だろう。
「だから君はマッチョなスライムなんだろう!
なら君自身の筋肉の声が聞こえるはずだ!
骨格だのの固定観念の牢獄を破壊し、自由な発想を楽しめ!」
「……そうか!
第三の腕ーーーー!!」
人体力学に基づいたパワーの発揮をしてきた彼だが、筋骨隆々の両腕に縛られず、胸の部分からも巨大な腕を出した。
対戦相手の頭部を掴んで、三腕をもって相手のパワーのバランスを崩しにかかる。
これまでに両手に集中していたパワーだったが、頭への干渉に対処する必要が出てきたせいで、向こうの美しき調和が乱れ始めた。
「ほおっ……!
これがスライムの薄汚いやり方か!!
ここのパワー比べは敗北を認めよう!」
巨漢空手家が両手を離してニュルの手を頭から取り外す。
ベスのアドバイス、そこにエドガーの付け足しも乗ったことで、素直で純粋なスライムが最も必要とする指針を与えられた。
「やったー!
僕って二本の腕じゃなくてもいいんだ!」
全部の腕を突き上げてニュルが喜ぶ。
ゴーテルは卑怯だと言ったが、決して卑怯ではない。
「筋肉の声か……!」
「え、お父さん、知ってるの?」
「僕は特に苦労せずにすくすくと体が大きくなったタイプだが、エドガーやニュル、おそらくはゴーテルも、筋肉について専門的に学んで鍛えた一種の学者だ。
そして、マッチョは鍛える過程で、己の筋肉がどう動くか、筋繊維が飼い主の意向に背くお転婆ニャンコの性質を持つと学ぶらしい。
時に気まぐれな筋肉を学んで、理解を深める。
すると、いつしか筋肉の声を聞くことができるようになるらしいんだ」
「ハァーー。興味ない分野って長々と解説されても全然入ってこないわね」
「ニュルもいつの間にか、筋肉の声を聞けるレベルのマッチョになっていた。
親友のベスと、マッスルボディのエドガーだけがそれに気づいていたってことなんだ」
「流石は超師匠……!
俺のことも完璧に理解してくださっている」
「え…………!?
そんなの全然知らない……」
話を振られたベスが目を丸くして固まった。
「本気を出そうではないか」
そして道着を脱ぎ捨てた。
すると、土俵のみならず周囲50m平方が大きく揺れた、気がした。
それほどの重さを、道着は孕んでいた。
上半身裸になった男は、肉体を二周り大きくして全身の筋繊維を緊張させた。
「我が縛りを解き放ってくれたこと、礼を言おう!
だが、震えるが良い。
我がエルフ空手・剛体派とは、常日頃、超重量の空手道着を纏って鍛える流派!
今、君はただのパワー比べではなく、完全無敵の剛力に打ちのめされると予言しよう。
その予言を絶対成就に導くが我が、流派の伝統。
久方ぶりに我が鎖を抜け出す機会をくれた恩には、
完全なる敗北で返礼するとしようでは──」
「オラーーーーーーっ!!」
「ぐあああああ!」
口上を言い切る前に、ニュルの右腕が、左腕が、中央の腕が、さらには次々に巨大な腕を無数に形作り、本気を解放した全身に拳という拳をぶつけていく。
我が親友のヴィジランテ、ストリーマーに人体力学から運動力学まで隅々まで叩き込まれて放てるようになったスライム流のパワーパンチ。
だが、ベスの言葉によって、人間の域からスライムの領域で、パワーパンチを錬成できるようになった。
一発一発がジェーンの頭を割った威力。
それほどのハードパンチのガトリングに、向こうが全身を錐揉みさせていった。
殴り飛ばされた男が群衆の塊に飛んでいき、呑まれて沈んでいった。
それから這い出てくる気配も、継戦の意志をアピールする様子もない。
正々堂々たるパワー空手を相手に、スライムのボディを無尽に振るったことでの勝利。
伝統と古典を最重要視する文化とされるエルフに、この勝ち方は許されるのか、不安だ。
観戦者もしばらくは無言、自分らの代表が圧倒されたことに水を打った静けさだったが、ややあって、爆発的な歓声とブーイングが沸き起こった。
「俺等の代表が負けたではないか」
「スライムに負けるなんて嘘だろ!?」
「あんなのズルに決まっている!!」
「長老の判断はどうだ!?」
「でもあんなのは千年生きて初めて見たぞ」
「スライムの動き……空手に使えるのではないか?」
初戦でエルフの代表をスライムが撃破。
伝統と格式を重んじるエルフ社会において、歴史的な出来事に違いない。
観客は賛と否がくっきり分かれていた。
否定一色でないだけ、大きな進歩と言えるだろう。
「ふっ……予想以上に面白い。
次鋒、出なさい」
「がんばって!」
「う、うん……」
ニュルに手を振られ、ベスが土俵に進み出た。




