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【八】こっだ熊しがいねよなどご

 ヒーローになる気はなかった。

 農家を継ぎたかった。

 ならば何故か。

 子どもはいつかは自分で進路を決める時が来る。

 学業は概ね優秀。教師の評価も悪くない。

 農業を研究する大学に進学。

 卒業したら実家にUターンして家業を継ぐ。

 そのまま家業を継ぐという完璧なプランを僕は立てていた。

「おめには無理だ」

 座敷で膝を突き合わせ、その通りの人生プランを開示した。

 父は腕を組んで押し黙り。

 母は言いにくそうに僕の夢を否定した。

 ショックだったが、テレビでもよく見た光景だ。

 親は子どもの夢を最初は否定するもの。

 けれどもすったもんだあって家族はついに子どもの夢を認め、家族で抱き合って愛情を確認し合うものだ。

 僕は長期戦を仕掛けるつもりだった。

「んだなあ……おめにはもっと良い進路があるはずだでゃ(そうだなあ……お前にはより良い進路があるはずだ)

「だどもそんだこど言われだっでしかたねべさ。おぃはずっと農家さなりたがったんだしよぉ(だってそんなことを言われても困るじゃないか。僕はずっとこれを進路にしていたんだよ)」」

「おめが農家になるなな無理だ。小3の夏にあっだこど思い出せった(お前が農家になるのは無理だ。小3の夏にあったことを思い出してみろ)」

「なんのごとがわがんねっだ」

「害獣に悩まされでだ時があっだべ? おめ、その時になにしだ?」

 その時のことなら覚えている。

 熊の襲来が日常的にある秋田だが、その時は狸による被害に悩まされていた。

 見た目は可愛く、人に懐くこともあるから心が痛むが、農家の宿命として、僕は対処しなければならなかった。

 だから僕は狸が嫌がる臭いを発するスプリンクラーを設置した。

 自分で言うが、会心の出来栄えだった。

 液体は土壌に影響を与えず、狸も嫌がるだけで怪我をしない。

 量産もできる。

 これで両親の仕事の役に立てると思うと、誇らしかった。

 あと、特許を取ったらかなりがっぽり稼げる。

「初めての発明」

「おめっだら、自由研究で発表するつもりだっだな」

 効果はてきめんだった。

 狸はうちの土地には寄り付かなくなった。

 両親は毎晩、狸が来ていないかの見回りをしなくてよくなった。

 我が家の夜は静かになった。

「これが追い払われだ狸がみんな他所様の土地に行ってねがっだらな」

 事実だった。隣人が住まう10km圏内の土地はみな、狸の被害で作物が台無しになった。

 僕のせいとは言っても信じてもらえないだろうからそこは伏せるとしても、家族は「うちが無事ならいいじゃん」と言う人々では断じてない。

 僕の発明が原因で受けた被害をできるだけ補填した。

 そのせいで僕のために貯めていた学費と結婚資金が飛んでしまった。

 結婚はともかく、学費は奨学金で賄えるけれども、それで罪悪感が消えたわけではない。

「おめだっだら害獣を適度に駆除もできだべや(お前なら害獣を適度に駆除できただろう)」

「そ、そでは……(そ、それは……)」

 農家としてはそうする他ないのはわかる。

 一度、人里に降りる習慣がつき、人間の食べ物を漁ることを覚えたら、山に戻しても必ずまた降りてくる。

 だが狸が可哀想で出来なかった。

 結果、より広範囲に深刻な被害を齎した。

 両親は決して僕を叱らなかったが、気落ちする姿を見て、ただそっとしておいてくれた。

 僕は布団の中で何時間も涙で頬を濡らした。

「農家は生命を育てて、そのために駆除もする仕事だ。おめに後の方はでぎねもの(お前に後の方はできないさ)。おめにはもっど向いだ仕事があるった(お前にはもっと向いている仕事がある)」

「んだ。こっだ熊しがいねよなどこにいでもしょうがね(そうよ。こんな熊しかいないところにいてもしょうがないわ)」

 両親の言うことは正しい。

 僕に生命の選択はできない。

 したとしても精神が耐えられない。

 農家の適性がまるでないのはその通りだろう。

 けれども、それなら…………。

「僕はなにになればいいんだ?」

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