【ニ】初めて聞いたな
【二】
クマリオンの歩調に合わせ、緑豊かな森林を進んでいく。
エルフというのは、僕が生きていた頃から、いるにはいた。
クマ王国が出るまでは、山奥に隠れ住んでいたのだ。
どこにいたのかというと、青森とか、長崎とか、新潟とかの山だ。
青森にイエス・キリストの墓があるというのは、
長らく与太話とされてきたが、
エルフの存在が確認されてからは、
山から降りてきたエルフをイエスと見間違えた、
という説が主流になっている。
本来のイエスは中東系だが、聖書のイエスはおおむね白人のイメージ。
つまりは、エルフをイエスと見るのは自然な流れである。
イエスは奇跡を使ったという。
僕の知っているエルフらは、魔術を使っていた。これもそっくりだ。
秋田にもこういう伝説があればなあ……と羨むのは早い。
秋田にある白神山地、イタコと幽霊のメッカ。
あそこの霊媒術はエルフからの技術を、
秋田なりに独自に高めていたものだ。
「青森だの新潟だの言われてもなあ」
「何を言ってるんですか、姉さん!
スゲーマン様のありがたいお言葉ですよ!!
昔は肌が白い人は、みんなエルフ扱いだったんですね!」
エドガーが目を輝かせた。
微妙に伝わっていないけど、僕はあえて頷くことにした。
エルフがどうなのかは、
これから実際に会うのだから、
ここでああだこうだ言っても仕方がない。
エルフの森というと、
森林の中で最も緑が濃いところにある。
そこまでに、いくつかの魔術罠を潜り抜けるのが一般的だ。
奥に行けば行くほど、
森が、生き物が、賑やかな調和へと収束する様は圧巻だ。
「しかし、話に聞くだけでしたから、楽しみですよ。エルフに会うの!」
「きっと気が合うことだろうぜ。
兄さんは、あいつら好みだ」
そうなのだろうか。
僕の知らないエルフの姿だ。
マナ、魔術の研究と実践に耽る彼らは、
本質的に、筋骨隆々な長身とは真逆の体型をしていることが多い。
それに、エドガーと違って物静かだ。
だが、何万年、何億年と経てば、それは変わるのだろう。
エルフは「不変」を美徳とする文化だったけれど。
周囲の空気が変わってきた。
それも、僕の記憶とは真逆の方に。
魔術の深奥にあるはずのエルフの里は、
常に高度な魔術の影響で、
里に近づけば近づくほどマナは濃くなるものだ。
だが、周囲の環境、鳥の声、昆虫の羽音、
水の滴る音。どれもが薄く、空気に呑まれていく。
「土にマナが籠ってないわ」
知識が消えても、農場の土のコンディションを一目で見抜く眼力は健在だ。
ジェーンは、ためしに裸足になって土を踏みしめた。
「やっぱりそうね。
あんまり、魔術が使われていないわ。
どういうことなの、クマリオン」
「あ、あの……わたしが見てきましょうか」
おずおずと、ベスが申し出た。
スピードスターは、
今のリトルファムには必須だが、
国家、世界転覆に加担し、
ジョナサンを一度消滅させてしまったのが尾を引いている。
消された当人が気にしていないと言っても、
彼女は、まだ立ち直れていない。
「ボクも行くよ!」
彼女のスーパーパワーで主食のプロテインを賄ってもらっている、
変幻自在のスライムのニュルも言った。
「そうね……気持ちは受け取るけど、危ないと思うから、一緒にいましょう」
やんわりと申し出を断ると、
森の奥から、奇っ怪なものが現れた。
いや、ここに来る前も奇っ怪なものは見たし、
世の中、そういうので溢れているかもしれないが、
これは、とびきりだった。
「テテテテッテ、テッテッテテテテ、
テテテテッテ、テッテッテテーン」
肩と肘を横一直線の高さに揃え、
肘から下と膝をプラプラさせながら、
やってくるエルフがいた。
街角で流れると、思わず小躍りする名曲を口ずさんでいた。
「なんだ、あれは……?」
「踊ってるエルフでしょ。
よかった、エルフがいたし、好戦的じゃなさそうだから、話しかけましょ」
これくらいは、よくいる範疇だろう。
そう言いたげなジェーンが、驚く僕に首を傾げる。
どんどん僕の日常に適応してきているのは喜ばしいかもしれない。
だが、僕が言いたいのは、そのことではない。
美しいブルネットを、低い位置のポニーテールに結ったエルフは、
僕の時代──正確には、僕の時代にミームが流行した名曲を歌っている。
「ヒィッ」
ベスが息を呑んで後ずさる。
しまった……彼女はまだ子供。
よくいる奇人変人でも、彼女にとってはきっと初めての変質者なのだ。
同じことを考えたジェーンが、
この時代に初めて会うエルフから、子供が見えないように庇った。
「テ~~~イクオ~~~ンミ~~~。
デデッデッデッデ、ワッヒィ~~。
あら、お客さんだわ! こんにちは!」
前方一メートルまで踊りながら接近してきたエルフは、
遅れて顔を上げて、ニッコリと笑った。
人好きのする笑顔だった。
僕の知るエルフとは、まるで違った。
「こんにちは。
あたしはジェーン、こっちは弟のエドガー、それと、クマリオンとベスとニュル」
「よろしく!
あたし、フィニーって言うの!
誰もいないところで、大声で歌って踊るのが好きなの。
エルフ空手白帯、よろしくね」
そう言って、笑顔でジェーンの手を握り、フィニーというエルフは、嬉しそうに手を上下に振った。
…………空手?
エルフが?
僕の疑問に答えてもらうより先に、森をつんざく掛け声が、地面と木々を揺さぶった。
─────征!──────
同時に、数百の拳が空気を斬り、
強風を巻き起こし、
こちらにまで、空気の乱れが届いてきた。
「これは……」
「ようこそ、エルフの里〈惑星・不動拳〉へ!
みんな空手が大好きだから、そっちのことも、教えてくれると嬉しいな」
誘導されると、森の向こうに、
道着に汗を流し、一心不乱に正拳突きを放つ、
エルフの人々が見えてくる。
僕のエルフの固定観念は、
この日をもって粉砕された。
人生とは、常に未知と、驚きと、発見で出来ている。
それは、転生しても変わらなかった。
この日をもってエルフは“魔術”と“静謐”、“森林”のイメージから
“空手”と“拳”と“巻藁”のイメージに塗り替えられた。
それはそれとして、
里の名前に「惑星」の二文字を使うの、初めて聞いたな。




