【三十三】人生は常に
時間が跳んだ。学院は崩壊し、王国はまた荒れた。
だが、今回は事情が違う。
玉座に腰掛けたままの者がいる。
そこから指示を出している王がいる、あるいは一柱の神が。
だから僕は瓦礫の階段を登る。
覆われた空は黒煙に染まり、
国のあちこちは救いを求めて空に手を伸ばすか、
互いに庇い合ったまま炭化した人々が、時間が止まったように存在している。
僕の足元の横にも夥しい血痕があり、
またしても間に合わなかったことに歯噛みした。
「来たよ」
階段を登りきると、
そこには一人きりの玉座の支配者がいた。
長い脚を組み、錫杖を手にし、
頭には王冠を載せたジェーン・エルロンドが。
漆黒のドレスに身を包んでいた。
「来るべきではなかった」
鋼のように鈍く、鋭い声だった。
溌剌としたものはなく、冷え切った、傲慢さに満ちた威容。
かつてこの宇宙を何度も滅亡させかけた魔の巨人と酷似していた。
「そういうわけにもいかないよ。
僕はお父さんなんだ」
僕が構えると、
ジェーンは玉座を破壊し、
途中動作を一切見せずに立っていた。
「待つんだ。話し合おう。
こうなってしまったけれど、まだ交渉の余地はあるはずだ」
「ない。
お前と話すことはなにも」
この会話の経緯はわからないが、
ジェーンのものとは思えない言葉だった。
黒い雷が掌から流れ、
全身を貫く。速く、強大だ。
一瞬、意識を取られた。
すぐに覚醒したが、もう遅い。
首を捕まれ、宙吊りにされている。
逃れようとすると、
ジェーンの全身をさっきの黒い雷が走り、
逃れられない膂力へと進化する。
僕自身のパワーとスピードが歯が立たない。
「さあ、宙から星が蹂躙されるのを見るがいい。
俗に穢れし矮小なる巨人よ」
こちらから何かをすることもできず、
投げられた僕は星の外へ出てしまいそうになるのを堪える。
すぐに戻ろうとする僕の前に、
天からではなく、空間の裂け目より
黒い稲妻が弧を描いて集中するのが見えた。
それが何かを判断するより先に、
僕の経験と本能のすべてが警鐘を鳴らし、
地上へと飛ぶ。
最高速度なら地上までおよそ10秒。
成層圏より下へ潜った瞬間、
ジェーンのいる場所を中心に、
漆黒の力で大地が細切れにされた。
「ひっ!?」
悲鳴をあげてジェーンはベッドから起き上がった。
ボサボサになった髪、
冷や汗で寝巻きごとびしょ濡れになった全身、
部屋の中を見渡して、そこが自室だと確認する。
鼻を何度かクンクンして、
自室の匂いも検め、首を傾げた。
「今のは……夢?」
──同じ夢を見たようだね。
「すっごくリアルだった……
二度寝したら続き見れるかな?」
──見たいの?
「だって夢でしょ。
あなたに予知夢の力ってあった?」
──ないね。
ジェーンにその力が芽生えている可能性はある、かもしれない。
しかし、火を吹いた次が予知夢というのは脈絡がないようにも思える。
もっとも、力がどう芽生えるかなんて、僕自身もわかっていないけれど。
「じゃあ夢じゃない。
二度寝しましょ二度寝、ねむねむ」
そう言ってジェーンは、すぐに大きな寝息を立てた。
寝汗を拭いてからの方が気分よく眠れるだろうが、
日頃の疲れで気にならないのだろう。
あれがただの夢なのは十中八九、そうだろう。
しかし、一つだけ気になることがある。
最後に見た黒い雷、それが星に走った紋様、
あれは──
僕が考え事をしていると、
ドアがわずかに開き、こちらを覗く目があった。
里帰りしたクレオが、気まずそうにしている。
「ごめん。
ドッキリで、お土産の“予知夢を見れる香”を焚いたんだけど……
まずいの見ちゃった?」
真夜中に、親友とはいえ他人の家に忍び込んで、
勝手に未来を見せてくる。
生前ならよくあることだった。
これで怒っていては、堪忍袋がいくつあっても足りない。
ジェーンはすでに眠っているので、
代わりに僕が人格の主導権を取り、
起き上がって手を振り、否定した。
「ギロチンで処刑されるよりはマシな未来だったから大丈夫だよ」
「それはいいけど、
嫌な未来が見えたなら話し合わないと」
「起きてからでいいさ。
落ち着いてからでも」
「そんなお気楽だなあ。
帰ってそうそう寝室に忍び込んだ僕が言うことじゃないけど」
それはそうだ。
仲間に盗聴されたり盗撮されたりすることが多い人生だったから、
基礎的な常識が、自分絡みになるとすっかり抜け落ちていた。
「まあ大丈夫さ。
だって君達には未来があるんだ。
ジェーンはヒーローをやる以外に、
何の仕事をするかも決めていないんだし」
「貴方はデザイナーだったね」
「そう。
秋田とクマのマスコットで、
故郷に少しでも目を向けてもらおうとね」
成功したか、失敗したか。
それはここで語ることではない。
人生をかけた挑戦の成否など、
簡単に判断できるものではない。
「ジェーンに話してあげるといいよ。
適性ゼロの仕事をするって、どういうことか」
「失礼なこと言うなあ」
頭の後ろで手を組み、ベッドに横になる。
夢の正体がなんであれ、本来あった一年後のギロチン処刑は、
アレン、クレオ、シオンとの戦いを越えて克服した。
それなら次の未来が決まっても、同じように頑張るだけだ。
ジェーンなら、それができる。
「ごめん、ちょっと横にズレてくれるかい」
帰ってきたクレオが、いそいそとベッドに潜り込んできた。
親友同士の添い寝。よくあることだ。
未来において、大切な思い出になるだろう。
親友同士の時間を邪魔しないように、
僕も眠りに入り、ほどなくして体を明け渡した。
デザイナーをやっていたので、いつでも眠れるのが特技だった。
来世に主人格を移すのにも役立つとは、
人生とは何が役に立つかわからない。
とにかく、これから何があるにしろ、
人生は常に To be continued. ということだ。
今、安らかな寝息を立て、
親友に熱い眼差しで両手を回されたジェーン。
彼女は明日もまた、次の一歩を踏み出す。
そして、そこには必ず、僕もいるのだ。




