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【三十一】何度も激しい殺意を抱きました

挿絵(By みてみん)

それからはちょっとした、

いや大規模な激動の時だった。

ジェーンはアレンとエドガー、そしてシスマに主にお願いし、

王都で暴れ始めた者から

被害者になりかけた人々を保護してもらうようにした。

全員とてもよく頑張ってくれた。


そして、彼女自身は国中を飛び回って各地の暴動を止めようとしていた。

これまでになかった元気ハツラツな目元は大きな色の濃い隈がはっきり出ている。

いつも赤々としている頬がコケて、

吐く息にも憔悴が深く混じっていた。


シオンが国が国である屋台骨を完全に壊し、

この国は荒れに荒れた。

どれだけの問題を抱えていたとしても、

一日で政府も司法も灰になっては終わりだ。


これから他国からの干渉だってあるかもしれない。

政治。僕が絶対に関われない領域だ。

親にも殺人犯とドラッグの売人と政治家にだけはなってはいけないと言われたものだった。

前者2つは道徳的な理由だが最後は純粋な適性のなさからだ。


つまり、これからはジェーン達がいっそう

この世界を守るために頑張るしかないということだ。


ジェーンの食料改革によって生まれた余暇、

農家以外のやることのなさによる将来の閉塞感。

彼女が遅まきながらも気づいて

改善しようとしていたものが、

間に合わずに暴動の嵐に呑まれた。


屋敷の主であるジェーンが両脚をテーブルに投げ出し、

天井をぼーっと見上げて停止している。

初めて見た光景だ。


「一息ついたらどうだい?」


「強盗308回、リンチ234回、盗み1238回、殺し468回。

 あと木に止まった風船と高いところから降りられなくなった猫の救助が数千回。

 どれも放っておくわけにはいかないわ」


ヒーローとして立派な心がけだが、

見ていると彼女の体調が心配だ。

僕は1ヶ月間寝なくても平気な体を持っているが、

それをするとメンタルがガタガタに崩れてしまう。

万全なコンディションをキープするには、

最低でも一日6時間の睡眠が望ましい。


きっとジェーンは今、五感をフル稼働させてもいるだろう。

気持ちはわかる。

一度、五感を研ぎ澄ませると、

助けを求める声がひっきりなしに聞こえてくるのだ。

無視はできない。

だが、続けると確実に心身を蝕む。

そういった時に大事なのは身近な大切なものに意識を傾けることだ。

しかし、今の世の中はそれを許さない。


彼女はしばらく走り続けるしかないだろう。


「シオンはいつもここに来たわね」


いつでも外に出られるように、

助けを求める声を聞き逃すまいと気を抜きすぎないようにしつつ、

あえていることを選んだ応接間の誰も座っていない席を睨みつける。


「それで君をからかって、君はムキになっていた」


僕の言葉に何も反応はない。

かつてならあえて怒らせてあげたとか、

いつかギャフンと言わせると言っていたことだろう。


「クレオやシスマが一緒にいることもあったわ」


彼女は決して彼を「好き」とは言わなかったし、

それに類するような好意も表さなかった。

だがこうして身近な者達で二度と集まることもないかもしれない空間、

かつての形では機能しないかもしれない応接間を見ると、

こみ上げてくるものがあったようだ。


「ダメね。どれだけ嫌っていたつもりでも、

 終わってしまうと、もっとどうにかならなかったかと考えてしまうわ」


何を言おうとも、

彼は彼女の人生の一部だった。

それは永遠に変わることのない事実だ。


「もう会えなくなってようやく会いたくなるとか、

 本当に……うんざりするほど嫌なやつ」


顔を覆ってしばらくそのままでいた。

泣くわけではないが、視界を閉ざして、

過去に思いを馳せるのだ。

しばらくそうしている。

幸運なことに、この時ばかりは何も事件が起きていない。



長年ヒーローをやっていた経験から来る直感だが、

騒動というのは必ず凪の時がある。

すべての動きが奇跡的に止まり、

しばしなにも事件と事故、災害が起きないという魔法のひと時。


世界規模、惑星規模ならそれは一ヶ月に一度あるかどうかだが、

一国ならば頻度はもっと多くなる。

運良く、憔悴しきった時にその時間に滑り込めた。

そうして、ようやく自分のほんとうの感情と向き合っている。


「あんな奴に何を容赦する必要があるんだって思ってた。

 だって、あいつがあたしに何の因縁をつけてきても

 悪いのはあいつなのは間違いないわけだし……」


ずっとそういう主張をしていた。

だがそれでこの結末以外になったとは思えないだろう。

どれだけ憎くても、表に出すよりは、

べつのやり方をすべきだったと考えているかもしれない。


反省するのは立派なことだ。

過ぎたことは取り返しがつかないとしても

次の局面に活かすことができる。


「貴方の言うことが正しかったかも。

 あたし、敵にも優しくできるようになりたい。

 こんなもどかしさをもう味わいたくないわ」


「その気持ちをずっと抱えていられたら大丈夫だよ」


悲しいことだが、

ある意味で、これをもってジェーンはラスターとしての

ヒーローデビューを果たしたと言えるかもしれない。

特に、ヒーローを「ヴィランと戦う者」という意味に絞るなら。


ずっと張り詰めていた心と体が疲れ切っての、

弱音と後悔、それとこれからの抱負を口にしていたところで、

ドアから流野りさが顔を出した。

文字通り、ドアを開けずに通過している。


「今、いいですか?」


「疲れているからやめて」


「ここを出発しようと思います」


「わかった」


「いいんですか?

 私は旧世界最強のヴィジランテで

 過去・未来の万物と比較しても最も賢く、有能な存在ですよ」


テンポよく会話が進み、

りさがここを出発する話まで進んだ。

驚くことはない。

彼女はいつも勝手に何かを決めて勝手に行動していた。


だが、ジェーンは単純に

流野りさとこれ以上は話をするのを避けたい様子を見せている。


「貴女がどれだけ有能でもシオンがああなった原因の

 いくらかを担っているかもしれない。

 今は止める言葉も惜しむ言葉もないわ。

 できれば早くあたしの前から消えてほしい」


ハッキリとした決別の意志だ。

そこまで言うとは予想していなかった。

彼女は最終的にはりさ/ストリーマーの能力を求めるものだと思っていた。


「わかりました……

 この度は、本当に私のせいもいくらかあって、

 誠に申し訳ございません」


「あとね、これ次に会う時のために覚えておいて」


ジェーンが自分の首飾りを指で数回叩く。


「あたしの前でこの人が『邪悪』だとか二度と言わないで。

 脅したり人質取ったりも論外だから。

 いい? 約束しなさい」


彼女の発言に、りさが珍しく虚を突かれた。

こんなことを要求されるのは予想外だったようだ。


「あなたは知らないかもしれませんが……

 スゲーマンの大きな弱点として

 『精神構造がシンプルすぎて洗脳がめっちゃ効く』というものがあります。

 これは、5歳児が必ず猫だましをくらえば目を閉じてしまうくらいに確定したものです」


「それで人を殺したの?

 殺してないでしょう、絶対」


りさもジェーンも事実を言った。

ストリーマーは何度も洗脳された僕を倒してきた。

そうだ。だから彼女が僕を邪悪予備軍扱いするのも受け入れてきたところがある。


そして、ジェーンは何も疑うことなく、

僕が洗脳されても一線を超えなかったと信じてくれた。

りさもその意味がわかり、目を細めて頷く。

心からの笑みが口元に浮かんでいた。


「わかりました。この人のことはあなたに任せます」


「あなたを見ているわよ」


自分の両目を人差し指と中指で指し、

それからりさを指した。

絶対に目を離さないというジェスチャーだ。


それをしてから、糸が切れたようにジェーンは崩れ落ちた。

疲労の限界が来たのもだが、

ここは僕に任せようという意識もあったのだろう。


僕達が親友なのを忘れないでいてくれたのだ。

彼女の体の主導権が移った僕が

一対一でジェーンと向かい合った。

こっちは来世の体で、りさは幽霊だが、

その程度のことでは動じない冒険を繰り広げてきたのが僕達だ。

向かい合うだけで生前と同じようになる。


「では、ひとまずお別れです」


「これからどうするんだい?」


「悪の私を探します」


「…………? もう成仏させただろう」


「彼女の封印地点を調べたところ、

 悪霊としての総体が十倍にも膨れ上がっていました」


驚くには値しない。

彼女はありとあらゆることで

マイナスの感情を爆発的に増やし、増殖し、分裂させられるタイプだった。

狭い箇所に何年も封印されていたとなれば、

りさなら無限にマイナス面の感情を増やせるに違いない。


「ですが、実際には一人分しか悪霊がいませんでした。

 おそらくは、封印を抜け出した私は、

 その後も私がしたように自らを分離させています。

 この世界で最も制御不可能な存在が私なのは自覚していますからね」


「そうか……それじゃあ、

 悪の自分を成仏させ回る旅に出るんだね」


自業自得だが、雄大な旅路になることだろう。

あらゆる他者の邪悪さを糾弾し、公衆に晒してきたヴィジランテが

死後は己の悪を探し回ることになるとは

なんとも示唆的ですらあった。


「本当に私の過ちでこのような騒ぎになってしまい……

 これからも迷惑をかけるかもしれませんが、

 いくら頭を下げても下げたりません」


そう言ってりさは頭を深々と下げた。

後手に武器を隠し持っていない。

つま先からなにかを発射してもこない。

頭をロケットにして飛ばすかと思ったがそれもない。


純粋なる謝罪だった。


僕はその様に衝撃を受けた。

彼女は誰に何と言われようと、

どんな扱いを受けようとも

決して自分の過ちを認めない人間だった。


幽霊として過ごした遠大な時間は、

彼女に大きな変化を与えていたのか?


「驚いたな。君がそんなことを言うだなんて」


「もう私が貴方と組み続けなくても大丈夫とわかりましたから」


「どういうこと?」


「貴方はそんな性格ですからね。

 ヒーローもヴィランもいつも貴方を騙して悪用しようと企んでいました。

 間違いなく、彼らの陰謀が実行されれば、貴方は絶対に騙されます」


出た出た。

ヒーロー仲間による僕がまるで人を疑うことを知らない

蝶よ花よと育てられた無菌人間みたいな物言い。

まったく、僕が何年社会人をやっていると思っているんだ。


「そんなことはない」


「親や子供が病気ですぐに助けが必要なんだと言われたら?」


「隣で話を聞いて、落ち着かせて、手を取って

 『まだ世界が終わったわけじゃない』

 って言葉をかけて、一緒に解決方法を探すよ。

 それがどうかしたの?」


「はい、貴方は騙されました」


なんで?


首を傾げたのに答えを教えてくれない。


「貴方を守るためにも私は決して私であるブランドを崩すわけにはいきませんでした。

 時には、あなたの親御さんを人質にしてでも」


納得いくようないかないような。

全体的に釈然としない。

だが、長年の親友が僕のことを思ってくれていたのは事実なのだろう。

それはとっくに知っていることだった。

改めて感謝するべきことに思えた。


「生前は世話になったね」


「あなたの暢気さと鷹揚さと純朴さと正直さに、

 何度も激しい殺意を抱きました」


カミングアウトだ。


驚くには値しない。

彼女がそう思っていることは周知の事実だ。

“ヒーローイジメ”の二つ名を持つヴィジランテは、

この世のありとあらゆる善行を邪悪を呼び寄せる危険行為と見なしていた。


「ですが、我慢して付き合ったおかげで、

 この世界には常に希望と善があると信じられました。

 さようなら。あの娘の言うことをよく聞いてくださいね。

 私よりもずっと貴方を愛していますから」


「僕だってたまには一人で何もかもを決めて行動したいときがあるものだよ」


「ええ。ですから、それを絶対にしないようにしてください」


どうしてか訊いたら答えてくれるだろうか。

しかし、説明されても納得できなさそうな気がしてならない。

結局は僕は僕なのだし、死んだからってこの気質は治りそうにない。

それはりさも同じだと思っていたが、

頭を下げて謝罪してみせた。


僕も見習うべきだろう。

流石は自慢の親友だ。

常に学びをくれる。


色々な疑問点を脇に置いておいても、

流野りさ、ストリーマーは

めったに明かさない本心を明け透けにしている。

そのことはわかった。

彼女の僕への好意や想いもわかった。


「それじゃあ、またお別れだね。

 寂しくなるよ、親友がいないと」


「貴方の娘さんが怖いですからね」


「それは君が全部悪い」


「とにかく、あの日、コンビニの駐車場で貴方に声をかけて良かったです。

 私が人生最大の勇気を振り絞った瞬間は、

 あの時だってずっと胸を張れます」


お互いに後ろ髪を引かれつつも、

僕の親友はこうして旅立った。

ぽつんと一人だけいる応接間。

ジェーンはまだ起きる気配がない。


────助けて!


耳元に誰かの声が聞こえた。

本当は体も休めてあげるべきなのだろう。

だが助けを求める人がいるなら、

申し訳ないけれども行かなければ。


大丈夫だ。

僕の方が空を飛ぶのが速くて

力持ちでもある。


すぐに窓から荒れる王国へ飛び出した。



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