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【二十九】今日決別する

挿絵(By みてみん)

今の聖女は口から火を吹いていた。

どういう経緯で身につけたかは正確にはわからない。

わかることは今の彼女は精神的に充填されているということだ。


「いつから火を吹き出した!?」


「今よ。今のあたしは完全に一皮が剥けたわ!」


炎が口から出るというのは、

どういった利点があるかと言うと、

両手がフリーだということだ。

だから炎を吐ききったら、それを両脚に纏って

高速で薙ぎ払う。


通常の高温など僕の頑強さを引き継いでいれば問題ない。

だが今の彼は筋肉が加速度的に増大し、

全膂力が爆発的に盛り上がっている。

そのせいで炎を放たれると被弾面積が上がっていた。


「さあ全力を出し尽くしなさい。

 あたしがまるっと全部粉砕しちゃるわ」


「吼えるじゃないか……さっきまで人間性を捨てたって顔していたのが!」


「捨てたら拾ってもらったのよ。

 今のあたしには何一つ弱点がないわね!」


シオンが体全てを使って体当たりしてくるのを、

炎の放射で足止めした。

そして相手がたたらを踏んだのを逃さずに、

スクリューキックで押し返し、

さらに三日月蹴りで顎を打つ。


「いつまでそうするつもりだ?

 お前がスゲーマンとの繋がりのためだけにヒーローをしても、

 しょせんは行き着く先はヒーローに飽きて別のことをしたがるだけだろう」


「その時はその時に考えるわ。

 少なくとも今のところは、あたしはやめる気がないから問題なし!

 だってスゲーマンとずっと一緒ならそうそう飽きないでしょ、ガハハハ!!」


ふんぞり返って大笑いするジェーン。

揺さぶりがもう一切通用しないとわかったシオンに、

わなわなと感情が激化していく。


「なんだそのザマは……! 前世の凡夫風情を父と呼び、

 あまつさえそのことに満たされるなど! 俺の知るお前じゃない!

 お前はただ偉業のみで空に座す者のはずだ」


「貴方とそんなに仲良くなかったでしょう。

 それが悪かったなら謝るけど……謝る意味がわからないからやっぱなし。

 ていうか貴方、学院長として成果をちゃんと出していたじゃない。

 どうしてそれを捨てようと思ったの」


当然のことのようにジェーンは言った。

そうしてシオンは学院を使って子ども達を鍛え、

貧民窟の環境を大きく上向かせた。


「それでは満たされない」


「何が足りなかったの?

 続けるだけでもきっと大きなことに繋がったわ」


全身の肉が盛り上がり、

形相から別のものに成り果てたシオンが

目を細めてジェーンを見つめた。

正確には、彼女の内側にあるなにかを想像したのか。


「……急ぎたかった。

 もういいさ。お前を殺せば終わる」


「いえ、もうあたしにあなたを殺す気はないわ。

 まあ勝手に死ぬならさっさと死んでほしいけど」


その言葉に、怪物は吐き気を催したのを隠さない。

あれほど殺意を宣言されて恍惚としていた彼にとっては、

それは到底受け入れられない言葉だったのだろう。

僕には理解できない概念だ。どうして相手が殺しに来たら嬉しいんだ。

人に殺意を向けられて嬉しいことなんてなにもないはずなのに。


「あの男め……! 農家の小男の分際でよくも……!!

 俺の太陽を地に落としやがった!!」


「ちょっとあたしの親を悪く言わないでよ!」


「たかが前世で魂の血縁者と言うだけの相手に何を見る。

 親だと! 思い出せ、お前の親はその才能と怪物性に怯えてお前を忌避して憎悪した!」


「魂の繋がりって血より上じゃないの?

 べつにどうでもいいけど……。この人が親に求めるものを全部くれたもの。

 愛情、寛容、共感、導き、称賛、励まし、共有。全部、全部よ!

 ならあたしのお父さんでいいじゃない!」


「お前のような化物に親と慕われて喜ぶものか!」


「なら訊いてやろうじゃないの!!」


大声で言い切って、

ジェーンは大きく息を吸い、それから止まった。

顔が真っ赤になり、目が泳ぎ、唇が震えだした。

これから切り出そうとしていることに心底怯えているのだ。

もしも酷い返答が来たらどうしようか、と。

だが彼女はそのまま続ける。


「スゲーマン! あのね、あたしね、

 貴方を──おおおおおおおおおおおおおお父さんって呼んでいい!?」


「いいよー」


「っしゃぁ! テンションMAXになったぜええええええ!!!!」


マントを通しての返事にジェーンは大股開きになって

自らの膝を何度も叩き、

口から止めどない炎を轟々と流した。

酔っぱらいのゲロのようなとめどなさ。

それほどの勢いを自由に放ってるともなれば、

ジェーンは口から膨大な火炎を出せるようになったと言える。

……………………なんで? まあいいか。


大はしゃぎするジェーンに、

アークヴィランは不快感を露わにした。


「人間になるなよ……」


失望しきった泣きそうな顔で呟く。

彼はどういうことかはわからないが、

ずっと彼女になんらかの超越性を見出していたのだろう。

それはわからないでもない。

僕もセイメイに、かつては同じような自分ではない特別なものを見て、憧れた。


「あたしはね。スゲーマン、米倉毅を知って、

 過去とかどういう人生を辿ったか知ってなんとなくわかったの。

 この人は、ずっとお父さんお母さんにしてもらったことをしているんだわ。

 誰かにしてもらったことを、足が速くて空を飛べて力持ちだから、できるだけみんなにしてるのよ」


胸に手をあてて彼女は言う。

晴れ晴れとした表情であった。


「だからあたしも同じことをするわ。

 だって、そうされた時にどれだけ嬉しくて安心したか、もうわかったもの。

 それがあたしがヒーローをやる理由よ。あとお父さんに褒めてもらうわ」


話は終わりだと片脚を後ろに引いて

最大火力の蹴りを出せるように調整する。

シオンが自らにアンプルをなお打ち込み、

全身がもはや筋肉の塊となった。


どちらも気迫は十分。

ジェーンは昂りのあまりに口から炎が出て、

シオンは憎悪と不退転の覚悟で肉体が異常強化されていく。


……ところで二人とも、

僕の力を引き出そうとしてどうしてそうなるんだ。

僕は僕100%でもそんな体になったことないよ?


「…………終わりだ」


シオンがヴィジランテとしての技術や理知を捨て、

純粋な腕力を凝縮させて

一撃を繰り出そうとしている。

空気がプレッシャーに押されて蜃気楼のように歪んで波打った。


シオンが地面を蹴ると足元にクレーターが発生し、

巨大な大砲もかくやといおう迫力で接近する。

それに応じてジェーンが脚を振りかぶり、

真正面から蹴り上げた。


「お前は俺に何を言われても、

 俺なんかとの時間は仮初の人間性を補充するだけに利用し、

 一度、天上へ昇れば俺など一瞥もしなかった。

 我が魂を灼いてやまないその背中に、俺は今日決別する」


拳と脚が拮抗する。

しかし、それも一瞬。

徐々にジェーンは押されていく。


口から炎が漏れ、

そのまま相手に吹き付けるが効果はない。

押し出すのには活用できるが、

あまりに重量級過ぎる。


面で吹き付けても埒が明かない。

脚だけでは押し負けるが必至。

炎を吐くことをようやく修め始めたジェーンは、

さっそく息を大きく吸って炎の出力の仕方を変えた。


ついにシオンが脚を押しのけ、

ジェーンを荒々しく突き飛ばす。

尻もちをついた彼女は相手を目一杯引きつけてから、

外しようのないタイミングで火を放った。


直径10cmまでに絞った直線ジャベリン状の火線が

ジェーンの口から放たれる。

分厚い肉を焼き、大きく後退させるがまだ足りない。


「頑張れ! あと少しだ!!」


「ゔぉぼぼぼぼぼ」


口いっぱいを炎で満たしたことでろくに返事ができないが頷く。

徐々に熱量に慣れてきた怪物が動きを再開した。

彼のボディそのものが熱を防げるように硬化して盛り上がっている。

いったいどういうことだ。ジェーンと言い、どうして僕の力を引き継いで僕のできないことをするんだ。

これが個人差というものなのか……? ジェーンは心が充足して口から火が出て

狂ったシオンはボディが人ならざるものになろうとしている。


「どうした……もう熱さも感じなく……!?」


口の両端を吊り上げ、

巨大な牙と様変わりした乱杭歯を露出させたモンスターの動きが止まった。

両腕が背中に回り、胸を張って直立不動の姿勢になった。


ずっと遠くで潜伏し、

いつでもスピードスターを確保できるようにしていたシスマがこちらに接近していた。

その場の誰も察知できなかった。

流石のスニーキングスキルだ。


「シスマ……!!」


憎々しげに唸る。

この拘束は長くは続かないだろう。

彼はクレオが使っていた術解析と阻害のグローブをつけている。

事実、血水魔法の干渉を持ってしても彼はまだ動こうとしている。

そこに虹の奔流が周囲を旋回して耐熱仕様になった皮膚に

100万の打撃が刻まれた盛り上がった皮膚が剥がれ、

急速に対応しようとしていた体がまた別のダメージに晒される。


スピードスターのベス・イーストが洗脳より解き放たれたのだ。

超高速、僕のパワーをもってしても捉えられない速度で

復帰した魔女帽子が虹の軌跡を残して動き回る。

こうなってしまってはもはや彼の計画は根底より崩壊した。


参謀は成仏し、最大兵器は正気に戻り、

仲間は自ら放り捨てた。

だが彼はもはや何も気にしていない。

その濁った双眸は許嫁、太陽とさえ呼んだジェーン・エルロンドから片時も離れていない。


「もう何もいらない……お前を超えることさえできれば」


「ボクがいるよ!」


シオンがジェーンのみに集中しようとするも、

ベスが展開していたスライムのニュルの網が怪物の脚を絡め、

足を滑らせ、転倒させた。


ジェーンが口の前に両手を筒の形にして持ってきて、

そして当てた。口と両手、2つで

出力をさらに絞った。


「右脇腹の下だ!

 そこはまだ皮膚の効果が弱い!」


消されたはずの男による分析、

疑うよりも先に信用し、その通りに切り込んだ。

これまでが嘘のようにあっさりと熱戦が焼けたナイフとなって

怪物の加速的に硬度が増していく皮膚に入り込んだ


そのまま、切断性を帯びた熱はシオンの胴体の8割を断った。


口から大量の血を溢れさせ、

だが両脚でさらに跳躍し、

上半身が胴体から千切れようとも

ジェーン、ラスターの顔面を破壊するのを優先した。


それだけで1mはある拳が

迫り、目の前いっぱいに広がっても

気にせずに火を放ち続ける。

胴体が完全に両断されるという直前、

拳が彼女の鼻頭に当たらんとし、

ほぼ同時に怪物の胸から木刀が生えた。


背中より突き刺されたそれは、

僕やジェーンが殴っても倒しきれなかったのが嘘だったかのように、

呆気なく鋼鉄よりも硬い皮膚を破って根本まで刺さった。


怜悧な目つきで、ジョナサンがシオンを突き刺していた。

遠くではアレンと、一緒に消えたスミスの息子もいた。

ダメ押し、というよりは最後の一撃役を引き受けるため、

ジェーンは火の残滓を纏って天高く跳躍した。


宙を回転し、遠心力をつけて

斜めに足を撃ち降ろす。

その様に、シオンは眩しそうに目を細めて、悔しそうに呟いた。


「クソっ、やっぱり綺麗だ」


怪物の巨体が高らかに打ち上げられ、

そして大の字で倒れた。

死にはしない。手加減をしていたから。


シスマが、かつての弟子を見下ろす。

そこには感情は伺えないが、

声には無念さが滲んでいた。


「親密な関係の相手を殺すのではなく、分解して隔離。

 それなら洗脳相手の人格を破壊しきらずにすみますね……

 だからと言って、貴方のしたことは許されませんよ……」


スピードスターはジョナサンらを消したのではなかった。

厳密には粒子状に分解し、そしてエリアごと保管していたのだ。

彼女を正気に戻したことで保管していた彼らもすぐに戻せた。

膝を屈して四つん這いになったシオンをシスマが見下ろす。


「もう終わりですよ、シオン」


もう勝敗が決しても、

ジョナサンは獲物から手を離さない。

ブルブルと震え、両手がへばりついたように獲物に貼り付き、

両目からはとめどなく涙が流れていた。


「ありがとう。もう大丈夫」


ゆっくり優しく、少年の手、指を木刀から剥がす。

それから彼を胸に抱きしめ、

背中を撫でつつもシオンの状態を検めた。

胴体はすでに上下に分かたれた、

胸には巨大な穴が穿たれた。


ただの人間なら死ぬが、

僕の力を持っていれば死なないかもしれない。

少なくともジェーンは彼の胴体を合わせ、

熱線で癒着させ、胸の穴も塞いだ。


「俺を生かすのか……」


「この子達のためよ」


アークヴィランを見下ろす瞳には同情も共感も見えない。

だが憎しみもなかった。


「この子に人を殺させるわけないじゃない」


「なら、お前が──」


「お父さんが悲しむからやらない」


一言で切り捨て、

ジェーンは肩を竦めた。

彼がなんと言おうとも絶対に意志を変えないとわかる頑なさだった。

その鋼鉄の意志が一瞬緩んで、眉尻が下がる。


「貴方も、あたしみたいにスゲーマンと話せたらね……」


「ごめんだな。甘ったれたお前を見ていると、特に思う」


「まあいいわ。代わりにあたしが貴方を死なせないから。

 これからちょっとずつ落ち着いていきましょう」


そう言って彼女は手を差し伸べる。

男は見上げるだけで動かない。

最終的に、彼はその手を取ったかどうか、

それは問題ではない。


「ほら、人生やり直すわよ」


結局、この次の日にシオンはリトルファムを崩壊させ、

新たな時代を到来させることになるのだから。



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