【二十八】全てに僕はいるんだからね
シオンの動きが変わる。
忍者と同じ、気配を消して意識の間隙を狙うものに──
僕のような、殺し合いの場にそぐわぬ者を討つためのものに。
僕はいつも、こうなると出し抜かれていた。
だが今は、やるべきことがわかる。
姿を消されたら大きく手を叩いて猫だましをする。
押し出された圧縮空気が周囲に広がり、
僕の五感が、消えた相手を捉えた。
高速で動き出す。
「ぐっ!」
次の刹那、シオンが目を見開いた。
信じられないものを見るかのように、目玉が飛び出る。
腹部にパンチが直撃。
そこで終わらせない。僕は続けざまに二発、三発と
拳を打ち込んでいく。
「がはぁっ!!」
力を溜めた一撃をお見舞いしようとすると、
相手が袖口から照明弾を発した。
網膜を灼く光の到来を探知し、
僕は反射的に目を瞑った。
次は、僕にしか聴き取れない音域の超音量。
耳に向ける意識を意図的に下げ、
老人──それも90代後半相当の聴力に鈍らせる。
「馬鹿な……ストリーマーが、スゲーマンはいつもこの流れで倒せると……!」
「夜の砦の少年と、まったく同じ順番、リズムだ。
彼らは本当に君からよく学んでいたね」
「それに、私もいます」
僕の影に隠れて身を潜めていたストリーマーが顔を出す。
彼女の悪側面から教えを受けたのがシオンなら、
彼のすること全部を善ストリーマーは予想できる。
彼女の指示どおりに動くのは大得意だ。
ずっとそうやって、目眩のするようなピンチも強敵も乗り越えてきた。
「馬鹿な……おい、ストリーマー!
出てこい!! 俺にすべての策と力を寄越せ!!
甘っちょろい方のお前をなんとかしろ!!」
その勘違いは命取りだ。
ストリーマーが甘っちょろいなど、あるわけがない。
彼の呼びかけに応じて、
赤いオーラを纏ったストリーマーが出てきた。
並べてみれば本当に瓜二つだ。
違いは、青いオーラを纏うのがこちら側で、
赤いのがあちら側――それくらいなもの。
これはまずい。
背中を冷たいものが駆け上る。
りさVSりさなんて想像したこともない。
絶対に実現させたくない対戦カードだ。
ムキになった二人が同時に宇宙崩壊ブラックホールのスイッチを押さない保証がない。
だが僕はスゲーマンだ。というか米倉毅だ。
いつも相手との対話を重視し、
相互理解に至ろうと努力する人間だ。
親友が相手ならなおさらだ。
生前に同じようなことをしたら、
りさが両親を人質に取りやがったことはあったが、
あったが……殺してやりたい……おっと危ない。
いくら彼女相手でも、そんなことは思っちゃいけない。
だってりさも生きているのだから、幽霊として。
「悪りさ! いや、この言い方はよくないな。
ブラック・ストリーマー! 話し合おうじゃないか!
君にとっても僕は親友のはずだ」
「おのれ、よくもぬけぬけと言いましたね。
私をふしだらな目つきでジロジロ見ながら連絡先を聞いてきた貴方が!」
「知らない過去だが、僕に至らないところがあったら謝罪しよう!
とにかく、僕と言葉を交わしてくれないか」
相手の目を真っ直ぐ見据えての懇願。
彼女が何を言おうとも、結局はこれが一番効く。
事実、僕と目が合ってブラック・ストリーマーはたじろいだ。
流野りさ。ヒーローイジメの異名を持つ最強最悪のヴィジランテ。
だが、その心根はずっと正しさと愛を信じたがっている。
だから、真心が一番の対抗策になる。
「おい、その男の話を聞くのか!
今のお前の仲間はこの俺だ!!」
呼び出したシオンが業を煮やして声を荒げようとしたが、
先んじて善ストリーマーが悪の側面の背後を取った。
「────」
耳元に何事かを囁やくと、それは起こった。
「ぐえぇー、心身がスッキリしゅわしゅわになっていく~~」
魂にもこびり付いた悪性の赤がホイップ状に泡立ち、
次々に弾けては、ブラック・ストリーマーの
怨霊としての姿が、隣の善りさと変わらなくなっていく。
ストリーマーが至近距離で何事かを囁やくと、
赤いオーラがたちまち浄化された。
世界を蹂躙せんと企んでいた悪霊が天に召されようとしている。
そのことに驚いたのは弟子であり、
僕達打倒の切り札として活用していたシオンだ。
「どうしてですか~~私、こんなの知らない~~」
泡立つ己の体に困惑するブラック・ストリーマー。
「誰かが言うまでもなく、一番危険で邪悪になりうるのは私自身です。
ですから自身にプログラミングしておきました。
“一言聞いただけでたちまち自害するワード”を」
「私は、そんなの知らない……おのれ……
もっともっと培った知識と技術で世界を好き放題おもちゃにするつもりだったのにぃ」
「だから私が善なのです。
暴走した私が死ぬべき存在に成り果てるのを知って、対処できますから。
自害コードの有無が、私が善か悪かをわける境界線になります」
「流石はストリーマーだ。
相変わらず、君ほど頼りになる者もいないよ」
「私が何をしても許してくれる彼のような人間がいてこそできることです。
どうやっても彼と私では、私の方が邪悪ですからね」
「嫌だ……消えたくない……シオン……!
もっと……もっと遊びたい……!」
「ストリーマー! 堪えろ!!
俺にすべてを手に入れろと呼びかけたのはお前だろう!!
そんなにあっさり昇天していいと思うのか!?」
「ぐっ……無理……!!
成仏が止まらない……」
全身がメロンクリームソーダのような
ホイップクリームのまろやかさと
炭酸の爽やかさに包まれ、
天から楽園へ案内しに来た天使に連れられていく。
優雅な喇叭の音色に誘われ、彼女は昇っていく。
……あ、天国に逝けるんだね。
ダメダメ! 親友になんてこと思っているんだ、僕は!!
両腕を広げて成仏を受け入れたブラック・ストリーマー。
できれば最後まで見届けてやりたいが、
今はシオンを優先しよう。
「待て……お前抜きでどうしろと言うんだ!
逝くな、やめてくれ!!」
「もう手遅れだ。
彼女を旅立たせてあげるんだ」
そう言っている内にもブラック・ストリーマーは天に昇った。
頼みの綱、参謀としていたのだろう。
無限の知恵と策略を持った師匠をあっさり奪われ、
シオンは頭を掻きむしり、目玉を血走らせ、
舌を口から垂れ流すほどに憤怒して叫んだ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
同志を連れてジェーンの心身をあれだけ追い詰めたのが、
たちまち一人になってしまい、
シオンはなりふり構わぬ獣のように慟哭した。
もう彼の野望、やりたいことは一つも叶わないと分かってしまった。
そのことがギラついていた双眸から光を奪い、
膝を屈して頭を垂れさせるまでになった。
「もういいだろう。君のやりたいことは終わりだ。
今なら、まだ間に合うはずだ」
「本当にそう思うのか」
「もちろんだ。君のしたことは許されるものではないが、
だからといって償えないことなんて一つもないと、僕は信じる」
手を差し伸べる僕を睨みつけ、
ややあって差し伸べられた手を取ろうと立ち上がった。
「あんたは……」
「何も言わなくていい。まずは握手から始めよう。
それから色んな人にごめんなさいを言っていくんだ。
許されなくとも、それこそが大事なんだ」
「秋田米だぁ!!」
僕の掌に何かを振り下ろした。
激痛が走った。
一粒一粒が鋭利に研がれた米が、僕の皮膚に突き刺さっている。
滅んだ地元の米。
僕の弱点の最たるもの。
これを叩きつけられたら――なおかつ皮膚に刺さるよう細工されたものなら、
僕のパワーはたちまち激減する。
「ハ、ハーーーハハハ!
愚かな慈悲の心を出したのが命取りだったな!
考えてみれば、ジェーンの存在を許容したのもそうだ!
それほどの力がありながら、相手を思い通りの清然たらしめんとしないのが過ちだ!」
片手を押さえてよろけたところを、
シオンは逃さず距離を詰める。
僕は気を強く保って問う。
「ジェーンを受け入れたことがなんだ?
それの何が悪いと言いたい?」
「あいつはお前とは違う! わかっていたんだろう!
あいつはヒーローとやらに、何の思い入れも目標もない!
ただお前との繋がりを求めて、家族に褒められたくてやっていただけだ!
実の両親に殺したいほど憎まれていたのを知ってか知らずか、な!!」
そのことを、すでにジェーンは知っている。
だが知る前から、どこかで察してもいただろう。
自身が、血を分けた両親に憎悪されていることを。
「さらばだ!
俺の英雄を堕落へと唆した悪霊よ!!」
「堕落じゃない」
意図せずクロスカウンターが成立した。
シオンが前のめりに全開攻撃を仕掛けたところを、
米の刺さっていない方の腕が
彼の頬を打って歯を10本へし折った。
「ゔぁっ!」
皮膚に張っていた薄膜の血を、米ごと手から剥がす。
たちまち悪くなっていた生気が戻り、全身に力が戻ってきた。
ジェーンはやらなかったマント生成だ。
なくても空を飛べるから不要だが、
こういう小細工には役立つ。
完全な防護ができなくとも、効果の減退はできた。
「私の読みが当たりましたね」
「君の弟子だからね。
それに本当、僕達は最強のコンビだなあって思うよ」
「でへへ」
頭の後ろを掻いて鼻の下を伸ばすりさを置いて、
斃れた青年にしゃがみこんで語りかけた。
「僕もジェーンと同じだった。
両親に畑仕事を任されようとしてたし、両親と同じ仕事をするのが夢だった。
夢の方は僕の職業適性で断念したけれど、
家事を手伝ったのは両親に褒められたかったからだ」
そういった概念を、シオンは知ることができなかったのだろう。
ジェーンもずっとそうだったのだろう。
父と同じく剣を握ったその日に、
彼女の才覚は武門の棟梁たる実父を打ちのめしてしまった。
それからジェーンは、家族の繋がりを持てるものがなかった。
「僕は両親との繋がりを感じたくて畑仕事をやった。
ジェーンにとってはそれがヒーローなんだろうけれど、
それが悪いなんてことはない。
だって僕達は家族だ。
家族、親のやることを子どもがやろうとするのを止められるわけがない」
「そんな甘い気持ちで、お前の領域にガキを踏み入れていいというのか……!」
「やめたくなったらやめればいい。やりたいなら僕は支持する。
だって僕達はずっと一緒なんだ。
彼女がなんと言おうとも、ジェーンの辿る進路のすべてに僕はいるんだからね」
「そんな気の長い……ふざけたことが……。
俺が、俺がこの世界に何かをしてやらないと」
「みんなが世界に何かをしているんだよ」
「みんなのために何かを、この俺が……」
「みんなで、みんなのためにやってもいいんだ。
僕だって、そうしていた。一人でやったつもりは一切ない。
残念なことに、君はその繋がりを真っ先に手放してしまったけれど」
シオンが打ちひしがれ、
立ち上がる気力もなくした。
僕はただ静かに、彼が落ち着くのを待つ。
立ち上がるのは、いつだって当人の意志だ。
「それにね。僕の目から見ると、今もこの世界に足跡が残っているのは、
僕やりさ、セイメイじゃない。
農家としてクマ王国と協力してベアリタ帝国の基礎を築いただろう両親だ。
君のやりたかったことは、本当に永遠に遺るものなのかも考えてご覧よ」
「まだだ……」
手からアンプルが何本も落ちる。
通常は一度に一本のはずの、
僕の力を発動させるアンプル。
それを四本も一度に活用している。
「何をしているんだ!?」
僕の力をそれだけ無理に引き出せば……どうなる?
まるで分からない。
「もういい。貴様らを殺し、スピードスターを取り返して、
無理矢理にすべてを壊す。
それから俺は、お前たちのいない世界を生き直す!」
「そんなことじゃない。君の体のことだ。
全身の血管から血が出るほど自分を追い詰めて、何もないと思うのか!?」
シオンの全身が二十倍近く巨大化している。
腕と脚の太さが十倍以上になった。
髪が腰まで伸び、筋肉が凶悪な割れ方をしている。
悪魔の如き巨漢だった。
「さあ、最終ラウンドだ。
俺が終わるまで耐えられるか?」
身構えた僕の手、足──
全身の支配権がジェーンにシフトする。
ジェーン・エルロンドが、
スゲーマンから行動権を奪ったのだ。
「ごめんね。ここはあたしにやらせて」
「ジェーン……ジェーン!!」
シオンが腹の底から、
クジラのような鳴き声を発して体当たりしてきた。
それを正面から、ジェーンの口から大量に放たれた炎が迎え撃った。
「さあ、決着を付けましょう、シオン」




