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【二十六】俺に勝つ気なのか?

腕を解禁した。

それはジェーンにとっては、というよりは

僕の超パワーと超スピードを継いだ者にとって大きな意味がある。

それはジェーンが戦闘の天才だということだ。


跳んで宙で回転して蹴りを落とす、

そこで終わらずに手で地面を掴んで両脚で相手の頭を挟んで

流れるように両腕で相手の両膝を打った。

普通ならこんなことをしても打撃にならない。

力を増すための腰の回転が入らない。


だが僕の身体能力ならできる。

だからジェーンもできる。


膝を打たれたシオンは激痛に眉を顰め、

大きく後ろにさがった。

彼も外付けで僕の力を得ている。

両膝に一度に痛打を受けたらまともに動けないが、

超回復力がそれを可能にした。


シオンが姿勢を低くし、

ステップを小刻みに挟んだ。

伸びるパンチ、フック、タックルとさまざまな攻撃を

超高水準で修めたのはわかる。


「なんだその素人丸出しの攻撃は。

 意表を突けばいいってもんじゃないぜ!?」


今のラスターはマントを展開させていない。

だが機動力はむしろ僕がアシストしたときより向上している。

今の聖女は両脚に追加して両腕も地面に付けている。

両脚では留まらない柔軟な動き、

ジャンプをして膝を浴びせ

避けられたと思ったらすぐに地面を片手で押し出し蹴りを飛ばす。


獣そのものな戦い方だ。

だからヴィジランテ仕込み、エージェント仕込みの動きを叩き込まれた

シオンには到底反応しきれるものではない。

対人の脅威だけを叩き込まれたはずだ(特にブラックストリーマーからは)。


ただのテクニックをいくら凝らしても

人と同じ頭の高さ、内臓の高さでないと

いわゆる体系化された武道の術理は無意味になる。

ならば僕はどうしてそうしなかったか?

ジェーンのしていることの有用性がわかるならできたのではないか?

答えは一つだ。僕には戦いの才能がなかった。

悲しいことではあるが。


「ならばさあ、こいつを嬲れ」


背後に控えていたスピードスターに指を鳴らす。

洗脳スイッチが入ったことで

魔女帽子が虹色の粒子を展開させた。


「ぐっ!」


超高速の動きがジェーンの脇腹を繰り返し蹂躙した。

思わず体が起きてしまったのを

シオンが逃さずにストレートを打ち抜く。

鼻っ柱から鼻血が溢れた。

息を大きく吸って無呼吸でフィールドを手で掘って掬い取る。

両手で握りつぶして砂にしてバラ撒いた。


ストリーマーの予測は半分当たっている。

シオンはクレオから奪ったマナ解析と妨害の術具で

暴発防止をした上で夜の砦の子どもを消した。

だが直接的に超えないと気がすまないジェーンには絶対にそれをしないだろう。

それはヒーローとアークヴィランの戦いを何度も見てきたが故の直感だ。


「目眩ましになると思うか?」


これくらいでは通用するはずもない。

だがジェーンは砂をこじ開ける虹色の粒子から、

スピードスターの動きを予測しようと試みた。

それはいくらなんでも無理があった。

圧倒的なスピードで一秒間に数千、数万の打撃をもらうという体験。

それは不快感をたっぷりと催し、ひいてはダメージになる。


「何か付け入る隙があるはず……」


二人がかりで来られるのを防戦一方で凌ぐ。

ジェーンの狙いは正しい。

スピードスターは敵、それもヴィランが非常に豊富だ。

つまり、音速・光速で移動したとしても、

速いだけというのは乗り越え甲斐のある好敵手に見えるらしい。


どうやって乗り越えようとしているのかは

あまり見ないようにしてきたからわからない。

スピードスターのヒーローは大事な親友の一人だ。

倒し方だなんてプライベートなことを知って良い訳がない。


「うらめしやぶほぉ!!」


攻めあぐねている横で地中から

ストリーマーが浮かび上がってきた。

向こうのノリに付き合う気のないジェーンは

幽霊の髪の毛を掴んで地面に叩きつけた。


「ちょっと何をするんですかあ。

 せっかくいいこと教えて上げようとしているのに。

 なんて酷い人なんでしょう。邪悪ポイント20ポイント加算」


「殺されたくないなら速く言え」


「戦いのリズムです。

 スピードスターを倒すにはそれを把握するのが一番確実です。

 特に洗脳されているのなら。申し訳ありませんが、あなたをずっと影から監視しました。

 このことについては私をどれだけ外道と罵り、後で命を奪っても構いません。

 とにかく、攻撃に展開される粒子のパターンと波長から法則を見つけ出しました」


リズムか。世界は音だと言っていたセイメイを思い出す。

超高速の相手からそれを導き出すとは。

ヒーローが困っている時、

打つ手なしの時は必ず起死回生の手段をくれるな。


「いいですか。敵のスピードスターは

 ターンターン、ターンターン、ターンターーーンターーーーーン、ターターーーーーン

 デデデデデッデデデデデッ、になります。

 青空に雷鳴が突き抜けるイメージです」


「わかった」


神経を研ぎ澄ませ、シオンの攻撃と

虹色の高速移動を同時に相手する。

実際には僕の超パワーは根性で耐え、

超高速の移動のリズムを掴もうとしている。


「青空の……稲妻……」


重要な急所だけを防御し、

スピードスターの移動方向が一瞬だけ予測できた。

虹色の燐光の点々の先、

ジェーンはスライムのニュルを腕に巻き付けて伸ばした。


「捕まえた!」


位置を少しぶれてもカバーできるように

スライムが堆積を広げ、

虹色の力場を丸ごとに覆った。


頭部、魔女帽子以外を掴まれたスピードスターに

血水魔法が発動し、四肢が痙攣して指一本動かすのが不可能になった。

超スピードは止めてしまえば無力だ。

それには血水魔法がうってつけだった。


「あなたはその子の側にいなさい」


体に付いていたスライムを剥がし、

ベス・イーストと呼ばれた少女の胸に乗せて

フィールドの外に置いた。


シスマが動かさずにいれば

もう逃げることもこちらを翻弄もできない。


「やれやれ。酷いなあ。

 好き放題に動かせるようになるまで、大変だったんだが」


「もうあなたの勝ち目は潰えたわ。

 せめて運命を受け入れなさい」


「力尽くでやってみろ」


スピードスターを剥がし、

ついにキングが丸裸になった。

チェスで言えばチェックメイトだ。


先ほどと同じだ。

ジェーンの戦いの才能が僕の力を使いこなし、

シオンに打ち勝つ。

その通りにジェーンはシオンの横蹴りを

反時計回りに躱して両手で足首を持ち上げた、

それから渾身の力で蹴り上げ、

跳ぶより先に両手を組んで破槌の要領で叩き落とす。


フィールドが半壊し、

観客、国民の歓声が立体映像を通して響き、こだました。 

決まった。これ以上はないという一撃だった。

土煙が空を覆うほどに立ち上り、

ダメージの余波でコロッセオの柱、客先が崩れた。


視界が晴れるまで待つ気はない。

ジェーンが音を頼りにさらに拳を下ろす。

だがカウンターの靴底がジェーンを跳ね返す。

シオンのダメージが浅かった。


あれだけの必殺の威力を浴びせたはずなのにだ。


「戦いを急いでいたのもわかる。

 スゲーマンと心が離れ、

 引き出せる力がたちまちに萎んでいたのだろう?」


特殊なアンプルで力を得ているシオンは

僕の力を安定して使うことができる。

そうなるとパワーバランスは逆転してしまう。

今やジェーンが何をどうしても動かない。


パンチを、蹴りをいくら浴びせても、

僕との心が離れたままだと、

力は戻らず、パワーのないままだ。


それだけではない。

シオンはジェーンを脅威でないとみなして、

せっかく救助したベスをまた奪いにかかった。

スライムが守ろうとするが引きちぎられ、

血水魔法がかかったスピードスターは

クレオ特性の反マナ回路グローブで活動を再開してしまう。


「うそ……!」


呆然とするジェーンを呵々大笑するように

彼女の周りを虹色の閃光と暴風が渦巻く。


「皮肉なものだな。

 親に見放され、捨てられた孤独で目覚めたパワーが、

 自分から前世に背を向けたことで喪われ、こうして全てを喪うんだ」


ジェーンの胸ぐらを掴んで

許嫁だったシオンが殴り飛ばす。

膝を腹部、丹田に何度も突き刺す、

額を鼻や唇に打ち付ける。


「そして俺は全てを手に入れる。

 お前が俺から掠め取った栄誉を何十倍もにして。

 俺から家と生活を奪い、手前勝手に利用して母の死に顔も出さなかったあの男の国を!

 力と技術だけ渡して、幸福を与えずに家族を奪いやがった王を!

 全部ぶっ壊して俺の好きなようにしてやるんだ! 立派な人間になってな!」


夜の砦に全く同じことをしていると

彼はもう自覚することは永遠にないだろう。


万感の勝ち名乗りを叫んでも、ジェーンを殴る手はやまない。

ここから巻き返すのは容易ではないだろう。

周囲にはスピードスター、目の前にはパワーで圧倒する戦士、

そして頭もとびっきりにキレるときた。


メイド長が血水魔法でシオンを拘束するには、

彼の付けている術具が邪魔だ。


「これは全部、返してもらうだけだ。

 この国とお前が奪い、俺に見せた絶望と憧れ!

 どれも手に入れてようやく俺は母に顔向けできる。

 貴様という太陽を叩き落として、俺がより高みに至ろう」


「わかった……わかったから……

 あたしは殺してもいい。

 だから、シスマと、子ども達は……」


「なんだまだ喋れたのか。

 生かすわけがないだろう。

 あの世で俺の玉座にコーラスでも送っているんだな!!!」


もうダメだ。

希望の一切は断たれた。

エドガーは怪我で療養し、クレオは熊の帝国にいる。

他の仲間は消されたか、手を出しあぐねている。


どうしようもない。


「ごめん、ごめんなさい。

 あなたにあんなこと言って、ずっと無視したのに……」


シオンにではない呟き。                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

攻撃から回復する速度も遅くなってきた。

じきに自己治癒力を上回るダメージの蓄積に、

ジェーンは命を落とす。


「でも、お願い。助けて」


腫れ上がった両目は何も見えず、

ジェーンは動く片手で

指を祈るように曲げた。


「助けて、お父さん」


瞬間、僕の力が爆発的に高まり、

シオンの拳を握っては

真正面から全ての指をへし折った。


「ぎゃあああああ!!」


予想外の反撃に絶叫し、たたらを踏んだ彼を、

僕は思いっきり蹴り飛ばした。

崩れかけていたコロッセオが全壊し、

シオンが遠く大森林を超えた平野にまで跳んでいった。


馬で走れば一日はかかる距離だ。


時間は稼げた。

虹色の燐光が僕の周囲を回っている。

攻略方法は一緒に聞いていた。

ジェーンは考えが至らなかったことだろうが、

僕は一切の人を打ちのめす策戦とかを思いつけないタイプだが、

代わりに誰よりもストリーマーの指示と攻略法で相手に勝ってきた。


「シスマ!」


僕の背後に回ろうとしていたのを、

移動速度とリズムで位置を予測し、

そのまま片手で捕まえ、シスマにどうにかしてもらう。


「ニュルくん。

 こんどはもっと彼女に語りかけてあげてほしい。

 きっと、家族の声なら洗脳にも勝てるはずだ」


「それであんたは俺に勝つ気なのか?」


馬鹿にしきった声で、

戻ってきたシオンが鼻を鳴らした。


「知っているぞ。あんたはこういう状況では

 一度もヴィジランテに勝ててない。ストリーマーにも勝てていない。

 ヴィジランテのスキルを持ち、ストリーマーの弟子の俺に勝てるとでも思うのか」


「ハードルの高さは問題ではないよ」


拳を握り、開く。

髪は全て黄金色に染まり、

両瞳は漆黒に輝いている。

フルモードの僕のコンディションだとわかる。

まあどっちにしても、今の僕にはさしたる要因じゃない。


「親っていうのは子どものためなら限界を超えるものさ」


子ども同士の喧嘩に口を出すみたいになってしまったけれども、

泣いて助けを求められたんだ。

僕は全力を尽くす所存だ。

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