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【二十ニ】聞いてくれてありがとう

ギャンブルとは娯楽に飢えている人ほど魅了する。

僕の故郷もコンビニやボーリング場、公園よりも大きなパチンコ店の方が圧倒的に多かった。

綺麗なお店、アトラクションだと思ったらパチンコだと知ってがっかりした少年少女は田舎なら枚挙にいとまがない。

食料革命によって人々の余暇が増え、そこに漬け込んだのが賭博業。


その中でも大手がプランクスターと呼ばれるマフィア、ヤクザモノだ。

僕にはギャンブルの楽しさがよくわからない。

友達に誘われて体験したパチンコは三千円で飽きて

ツレが終わるまでずっと待合室で漫画を読んでいたものだ。

ラスベガスに行った時は得意のフラッシュ暗算力でブラックジャックによって大勝ちはしたが、

生涯出禁措置を受けてしまった。

……あれ今も出禁なのかな。


金の集まるところはどこも豪華なものだ。

プランクスターと名乗る賭博組織による最も大きな施設は

外壁を磨かれた黒曜石で覆われ、

床は月光を封じ込めた白色の大理石。

燭台が電気よりも明るく魔石で照らされている。

カードを切る音、ルーレットが回る音、

それらと呼応して歓声と悲鳴が遠慮なしに轟いている。


貴族も平民も同じ卓で金額を賭け合い、

どちらも大金を手にして

一夜にして人生を喪う。

そこまでなら平等に聞こえるが、

カジノはどうやっても胴元が勝つようにできている。


「よおし。それじゃあちゃちゃっと助けましょうか」


「なんで僕までいるんだよ」


屋敷襲撃の時には子ども達に成すすべなく倒されたアレンがぼやいた。

巨大なゴーレム同然だった体躯は、

惨敗の経験を通じての自己改造でグッとスマートなものになっている。

暗視、マナの流れを視認するグラスをつけ、

胴体部は細く、両腕と両脚は鋭利に伸ばしている。


「向こうはこの子のことを知ってるけど

 貴方のことは知らないでしょ。

 前とは見た目も変わっているし。ロータスと一緒にいなさい。

 いざとなったらこの子供を連れて逃げて」


そう言いながらジェーンは耳に集中し、

カジノ内の造り、誰がいるかを把握している。


スミスが言うには、

彼の息子はここに囚われているそうだが、

しかし何処にいるかはわからない。


「あの……罠に気をつけてください。

 たぶん予想もつかないところから仕掛けてきますから」


「わかった、あなたは何が来ると思う?」


そう訊いて振り返ると、

ロータスは忽然と姿を消していた。

隣りにいたアレンも同じタイミングで気づいて周囲を探している。


「貴方、あたしの言葉聞いてた!?

 見ててって言ったでしょ!!」


「だ、だってマナの歪みを探してたし……」


さっそく、今回の装備を活かしていたようだ。

だがそれを聞いてもジェーンは納得しない。


「なにか見つけたんでしょうね」


「最上階の突き当たりに空間の歪みがあるから

 そこで待ち受けてるんじゃないかなあ」


「ぐ、すぐに成果を見せたわね」


もっと怒りたいところだったが

具体的な成功を見せられれば口を噤むしかない。

当人もカジノ内の音に集中して、

子供に一切注意しなかったミスもある。


「しかたないからこのまま進むわ。

 あなたはいつでも逃げられるようなルートを考えておいてね」


そう言って階段に向かい、立ちはだかるボディガードの首根っこを掴み、

気道を圧迫して意識を奪った。

階段を上がった先に行くと他にもいたのでとりあえず投げる。

ジェーンが高速で動く前に、

アレンが先んじて片付けていく。


腕の先端が変形してさすまたになっては

次々と相手を刺し挟んで持ち上げ、眠らせていった。

ジェーンの高速移動は空気が大きく動く。

こちらなら音も気配も違和感を生み出さずに済む。


「まあ、あたしに負けたにしては役に立つわね」


「前世に乗っ取られてた時のことはやめてくれよ!」


うんざりとした風にアレンがぼやいた。

前世に呑まれ、世界征服を企て、

頸だけになって前世の記憶と知識を奪われたにしては、

とても爽やかで恨みというものが見えない。


「あなた、あたしやクレオのことが憎くないの?」


僕と似たようなことを考えたんだろう。

ジェーンが尋ねた。


「何も感じないと言えば嘘になるけれども、

 家に居場所はなかったし、前世に突き動かされてやってしまったことを考えるとなあ。

 君たちがいなかったら、僕じゃないままに世界征服して終わるか、

 誰かに止められて死ぬかの二択しかなかったと考えるよ」


「その力と体であたしたちに復讐とか」


「やめてくれ。君たちを恨んでないってだけで

 元の体は当然に恋しいんだから。

 とにかく今は行くところもないし、君たちの助けになるつもりだ」


「あなたって……お人好しねえ!」


感心されたのをからかわれたと勘違いしたアレンが首を竦めた。

そうこうしていると、最上階に到着した。

ボディガードをすらすら倒していったことで、

秘匿された場所なのも相まって、今はただの薄暗い物置エリアのようになっている。


窓から外を眺めようとすると、外が見えない。

空間が遮断されているのだ。


「ロータスは大丈夫かしら」


「ここに来るまでに見なかった以上は、先にいるんだろうね。

 見つけ次第、僕が保護して君に任せるよ」


「お願い」


そう言って、物々しさもない、

普通の一室に通じるとしか思えない扉を開ける。

ここがスミスのお子さんが捕まっているという場所のはずだ。

アレンが分析するには、部屋全体に特殊なマナの歪みがあり、

なにかしらが仕掛けられているという。


ジェーンやロータスが言うには罠らしいが、

それが本当かは今わかる。


「あれ」


どこか魔界や地獄にでも連れて行かれるのかと緊張していると、

普通通りの部屋に出た。

そして、中央には寒天ゼリー(秋田の人はみんなこれを最高のスイーツと思っている)から

高度を少し取ったかのような、白色のぷるぷるがいた。


大きさは大人用のバランスボールほど。

一般人には脅威だろうが。

ジェーンたちには何にもないだろう。


「スライムね」


「他には何もないぞ。

 どういうことだ」


殺風景な部屋というよりは、

手つかずの部屋だった。

家具の一つもなく、

敷物もカーテンもない、誰かの息吹が根付く前のままにされていた空間。


「ふうむ。これは違う場所ね!」


「そうかもしれない」


部屋中をスキャンしても、

とくにめぼしい手がかりが見つけられず、

アレンは肩を落とした。


「あのスライムはどうする?」


「放っておきましょう。

 デリケートな飼い方のペットかもしれないわ」


「待って!」


子供、それも五歳くらいの舌足らずさが見える声。

スライムからだった。

僕の時代にはあまりいなかったが、

この時代にはスライムはさほど珍しくもない。


湿気の強いところ、水気の強いところで、

生息しているのを見かけられる。

野生なら群れ、群体を成しているのが普通だった。


だがこのスライムは白色かつ、

大きくて人語を介していた。


顔を見合わせ、少し調べることに同意した二人は、

まずは鋼鉄よりも頑丈なジェーンから

近づいてみることにした。


「どうしたの?

 あたしたちに用があるのよね?」


スライムは体をぶるんと震わせた。

怯えているように見えなくもない。


「誤解しないで!

 ボク、敵じゃないよ!」


「大丈夫よ。あなたを傷つけはしないわ。

 どうしたのか言ってみて?」


「ありがとうお姉さん、いい人なんだね!

 ボク、悪いスライムじゃないよ!」


「うんうん」


「でもマッチョなスライムなんだぁ!!」


「何……? ぐおっ!?」


脈絡のない話の運びに

ジェーンが眉をひそめたままに固まった。

その間に、筋骨隆々の英雄の姿になったスライムが

大理石柱よりも太くて硬い腕を振り下ろし、

ジェーンの頭をかち割った。


スライムが筋骨隆々になると、

術式が作動して部屋の壁という壁から棘が生え、

床はじっと立つことも許さないように

膝下まで炎が湧き上がる。


これは────罠だ!


「聞いてくれてありがとう!

 ボクがマッチョなのはわかってくれた!?

 ならボクが殴って君が殴って、でもボクの方がパワーだから

 君をそのまま殴り続けられる。そんな戦いをしよう!!」


ジェーンもアレンもとても賢く、理髪的だ。

だが、これはボクの方が長じた分野だろう。

ヒーローをしているとちょくちょく出会うタイプ。

眼の前のスライムはいわゆる“どうかしている人”だ。

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