【十九】ちょいビビらせたろ
「長生きするというのは大変なんですよ。
幽霊だからあまり行動できませんし、なのに悪いことする奴はいますし。
そうなるとですね……正義の心が暴走を始めるんです」
りさがこれまでのことをゆっくりと語り始めた。
自身の悪側面を分離させ、
それがシオンの側についてメンターとなったらしいが、
僕の知る限り、彼女は己の危険性を自覚していたはずだ。
知り合って長い、僕の内心を悟ったのだろう。
こちらの反応を氣にしつつ
彼女は話を続ける。
「いっそ私が幽霊として世界を支配したら、なにもかもを思い通りにしようとしたら。
方法はいくらでも思いつきます。
思いついたから私はいつかやると思っていました」
シオンも言ったことか。
“できると思ったからやる”ことに
天才は逆らえないだのなんだの。
僕の知る限り、リサは凄まじい性格の悪さを持ち、
世界中のスラムのドブを根こそぎさらい、
サイコロ状に固めたかのような高純度の性格の悪さの己に耐え抜き、
ヒーローで居続けた偉大な人だ。
それが長生きの前に屈服するとは。
にわかには信じがたい。
僕の視点では数億年くらいの時間で狂うなら
彼女はとっくに頭がおかしくなっている。
「そこで私は魂魄を分割する術を研究しました。
悪霊になるとかまるでヴィランですからね」
「根本的な解決になっていないわね」
「君から悪い面だけを器用に分離できるとは思えないよ」
僕とジェーンが揃って彼女の決断に疑問を表する。
「でへへ。やっぱり親友にはわかっちゃいますよね。
理解者なんですもの」
「あたしも似たこと言ってない?」
「だから貴方を殺してすっかり腑抜けたセイメイに相談しました」
無視されたジェーンは頬をふくらませる。
まだまだこいつとの付き合いが浅い。
じきに怒るのも馬鹿らしいと理解するだろう。
僕としては驚くのは、そんなことになってたの!? ということだ。
セイメイとりさが話し合う。
あまり想像できなかった。
二人は、お互いを道にある石ころと蔑んでやまなかった。
僕が死ぬまで生きてたなら
リサも万年は正気を維持できたということか。
こう考えると仕方ないことかもしれない。
僕は死に、彼女は正気に限界が来た。
お互いに100万年が寿命だったということか。
「未来に生まれるリトルファム建国の構想を初めとした
興味深いことを話し合い、多くのことに同意と合意を得ました。
私達は見事に悪い私を分離させ、
そして未来の宇宙防衛のために保管した親友の魂の一部と一緒に封印しました。
そして封印した百年後には悪しき私は封印を自ら解いて脱走しました。
シオンをそそのかして今回のことに繋がりました」
「おい人を散々に悪者扱いしといてなんだこいつ。
今から思いっきりぶん殴っていいか」
「ヒイィィィィッ!!」
ジェーンが額に青筋をたくさん浮かべて相手を指差す。
りさが怯えてガタガタ震えた。
二人を知らなければ、そう考えても不思議ではない。
勝手に巨悪を作ってなおかつ分裂させるとは、とんだ大バカ野郎だ。
だが悪気はないはず。
「いつかは悪の私を見つけられると思ってあちこちを探していたのですが……
すでに取り憑き先を見つけてしまっていたようです。
近年になって視界は同期できていたのですが、間に合いませんでした」
「じゃあ、貴方がシオンに教えたわけじゃないでしょ」
「悪の私ですし、私の技術と人格が教えたも同然ですから。
私が教えたようなものです。
近くにいるときは断片的にも指導している映像が見えましたし。
そうすることで貴女にも
こちらのキャリアをアピールして、ちょいビビらせたろと思いましたし、
シンプルな貴女には見事成功したってわけです」
「…………ふーーーーーーー!」
俯いて全力でため息をつき、
強引に脱力した。
「殴りたいわ、この人。本当に……この野郎めエエエエエエ!!
よし切り替える。スピードスターっていうのは?
あんなのいるなんて聞いてない」
「速さのシンボルだよ。
誰よりもスピードに優れていて
みんなの憧れになるようなヒーローが星の称号を得るんだ」
ヒーローは人気商売ではない。
しかし、それはそれとしてスピードスターは
いつ、どんな時代でも圧倒的なカリスマを誇っていた。
ヒーローとしての愛され度合いなら、
スピードスターに並ぶ者はいないだろう。
「それとあの力を手に入れる方法ある? あたしのものにしたい。
高速移動って夢の力そのものじゃない」
「僕だって速いよ」
「速ければ速いほどいいわ!
力持ちさはそんなにいらないから」
まあ最速は仕方がない。
正直、僕も羨ましく思うことが多々あった。
あのスピードスターは僕の知る人物とは力のありようが違うけれども。
今回の方がずっと強い力を持っている。
粒子の操作。
それは、もはや全能に等しい。
この能力に通じる人は僕の時代にもいた。
同じくヒーローをやっていた。
けれども、振るうパワーがあまりに段違いだ。
あちらは手からビームを放つくらいにしか力を使わなかった。
どうやって粒子を操る能力で手から光線を出す程度の
よくある攻撃に調節できていたのだろうか。
振り返ると不思議なことこの上ない。
「でもあの能力はかなり怖いよ。
どうやっているかわかるかい?」
「速く動いているんでしょう?」
「自分を粒子に全分解させてね」
あの魔女帽子のスピードスター、
フレディやジョナサンは
プリズムレインと呼んでいた。
あの娘の高速移動に翻弄された時、僕は何度も虹色の極小発行体を目にした。
そして、それらを観測すると、そこを起点に相手の姿が再構築された。
一歩間違えれば体に不純物を取り込み、
それどころか組み合わせる粒子が少しだけズレても見るも無惨な姿になってしまう。
よく高速移動に能力を調節してこれまで生き残ったもんだ。
「よくあんな短期間で見抜けたわね」
「目がいいからね」
「作戦は?」
「それは思いつかない」
「よし。あたしが考えるしかないわね」
時間によって相互理解が進んだおかげだ。
僕がシンプルな分析と知識の提供ができても
それで相手を打ち負かす術を考える才能がてんでないのをジェーンは理解している。
「と言っても、あたしがされたみたいに開幕全分解されたら終わりねえ」
「やらないでしょうね」
腕組みをして考え込むのをりさが邪魔した。
「可能な限り、そのスーパーパワーは使わないはずです。
シオンは夜の砦を丸ごと支配的なアプローチで従えていましたからね。
光子を使った幻を作る能力を普段はメインとさせているのは、
反抗と暴発の防止策でしょう。おそらくはなんらかの心理スイッチを用いているはずです」
「たしかジョナサンと仲良しだって他の子達が言っていたわ」
「心理ストッパーをこちらが握っているならなおさら力の大きな行使はしないでしょう。
あれはいちかばちかのパフォーマンスです。
今のところは超スピードだけを考えましょう」
「なるほど。ストリーマーだっけ? 話がスイスイ進むわね!
あたしだけだと途方に暮れていたわ。
なんでこいつは死刑になってないんだとか思って、ごめんなさい。凄いわ、貴女。
スゲーマンにはできないことをバッチリできてる」
「でへへへ」
そうだ。流野りさを知る者全員が何度もこいつを殺したくなる。
しかし、どれだけ馬鹿にされ、イジメられても
世界のため、そして守るべきもののため、
あと彼女との友情で踏みとどまると、
たちまち最強ヴィジランテのストリーマーは理路整然とした戦略と方針を打ち出してくれる。
素晴らしい人間である彼女と親友になれて、僕はとても光栄だ。
それと同じくらい、殴られないと思って
超えてはいけない領域を越えたおちょくりをしている時に思いっきりぶん殴ったら
さぞかしスッキリするだろうなあ……とも考えてしまうところはある。
もちろん絶対にやらない。彼女は親友だし、ヒーローだからだ。
「それじゃあ。私はもっと情報を集めますから、
あなた達は夜の砦と一緒にお出かけしてきてください。
特に、ジョナサンと仲良くなりましょう。
彼は間違いなく利用できます」
「そんなひどい言い方……。
相手の気持ちを思いやろうよ」
「オッケー! いっちょ利用するわ!」
親指を立ててジェーンは請け負った。
この二人は意外と仲良くなれるのかもしれない。
「いざとなったら弟を攻めましょう。
とても仲良しの兄弟のようですし、
見たところ、弟はツンデレだからこそ兄を人質にされたら瞬殺です。
まだこっちに敵対する気ならお互いが拷問される姿を見せ合いっこさせましょう。
それで心をへし折れますよ」
「…………やっぱりおかしいわ、この人」
途中まではよかったんだけどなあ。
りさの止めどない情の欠如に触れて
聖女は憮然とした。
「とにかく彼を連れて貧民窟に行こう。
きっと故郷の方が落ち着くからね」
僕の提案をジェーンは受け入れ、
ベッドから降りて窓から飛び出そうする。
ふよふよと浮かんでいるりさは手を挙げて僕に呼びかけた。
「今、言いますけれど。
あなたと再会できてよかったです。本当に」
「僕もだよ。君となら何だってできる気がするからね」
「そうじゃなくて……」
いつもの卑屈ぶった中の傲慢さと尊大さを隠さない態度とは違う。
心からの感謝を告げる時の真剣な顔だった。
「いつも私を許してくれて本当にありがとう。
死んでも変わってなくて安心しました」
彼女は親友だ。
それを続けられるのも、
たまにこうやって本当に嬉しいことを言ってくれるからだ。




