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【六】えんだがおっどぉ

【六】

 今の僕の記憶は人生をわけるとごくごく序盤までと、何歳まで生きたかしかない。

 だからか、大切な思い出の数々でもとびきりのものが、鮮明に思い出せる。

 夕方のオレンジに染まる稲穂。

 たっぷりと実って頭を垂れるアーチの下で僕は泣いていた。

 最初は暗闇、次に手で闇が払われ、頬に土をつけた壮年女性の顔が見えた。

「あんれまあ(なんてことでしょう)」

 女性はすぐに作業をしている夫を呼んだ。

「おっどぉ、来てけれ!! なんぼめんけ子が泣いてっで!!(お父さん、来て。とてもかわいい子が泣いてるよ)」

「なしだど(なんだって)!?」

 言葉を覚えていない僕は、泣いていたのに、彼女らの言ってることもわからずにきゃっきゃと笑った。

 首に巻いたタオルで汗を拭きながら麦わら帽子の男性も覗き込んできた。

「こっだばたまげだ! なしてこっだめんけのがごじゃねなんだ(これは驚いた。どうしてこんなにかわいい子がここにいるんだ)」

「まずねまきだねまき(まずはパジャマよパジャマ)! おっどぉ、持ってきてけれ(お父さん、持ってきて)」

「んだばすぐ持ってぐっがら!(すぐに持ってくるから)」

 これが両親との初めての出会い。

 特濃の訛りは上京する時にすっかり矯正したが、僕が話すのを聞くと誰もが訛りを聴き取ったという。

 それだけ魂にこびりついた血潮。

 僕の魂は農家だった。

 育つにつれて僕はそこの文化、言語、トレンディさを身に着けていった。

「よし、これ運んでけれ(よし、これを運んで)」

「えんだがおっどぉ(いいのかい、父さん)! おっがぁは家の仕事手伝うのまだ早ぇっつってだぞ(お母さんは家の仕事を手伝うのはまだ早いって言ってたよ)!」

「なんもだ(そんなことないよ)。あいづはおめがめんげぐてしがだねがらよぉ(彼女は君が可愛くて仕方ないんだよ)

「なしだごとだ(何言ってるの)!? 言ったのおめだべった(言ったのはあなたでしょ)」

 上京前は、僕は何の疑いもなく農家を継ぐと思っていた。

 子どもができなかった両親は同級生の親御さんよりも高齢で、放っておけなかった。

 高校も本音は農業高校に進学したかったが、ぐっと堪えた。

 母に農業高校に進学せずに、普通に進学校に通った方が良いと説得されたのもあった。

「運んだで、おっどぉ(運んだよお父さん)! 次なにせばいー(次は何をすればいいのー)!?」

「おうこちゃけこちゃけ(そう、こっちに来てこっちに来て)」

 僕は何も疑ってなかった。

 まさか家業を継がずに大学に進学して上京するだなんて。

 僕は18になるまで予想もしていなかった。

 でもファッションモデルをやってみたかったという気持ちは少しあった。

 この尖ったセンセーショナルなファッションキングぶりを、世界に見せたかった。

 結局ファッションモデルになることもなかったけど。あれどうやってなるんだろ。

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