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【十七】疲れた


初めての経験だった。

拳を振るうと相手に激突し、ジャブをフェイントにし、

ステップを数回挟んでのフックを、

マントが巻き付いた腕が防ぐ。


普通の人と比べると圧倒的な身体能力を誇っているが、

戦いの駆け引きには引っかかって一本取られてばかりだった僕が、

ちゃんとした読み合い合戦についていける。


スポーツ、ゲームもそうだが、

やっていて一番、やる気が無くなることというのは、

戦っている相手が異様に硬いとか力持ちとかではない。

こちらの手がすべて読まれることよりもストレスの溜まるものはない。

それはさながら素面で居酒屋の暖簾相手にシャドーボクシングをするのに似ている。


だが今なら違う。殴ったら通る。

相手の技も防いでくれる。

僕に流れる秋田の米農家という血潮。

熊も大雪も日照時間の少なさも塩っ気が強すぎる食べ物とも果敢に戦ってきた

タフな闘志が満たされていくのを感じる。


「どんどんやっちゃいなさい!

 おいそこの殴られてるボケナス!

 こういう時にこそ普段の人間としての人徳が出るのよ、バーカ!!

 あなたが地下で膝抱えて陰険な企みしている間も

 ずっと動き回っていた人生の差が残酷な形で出ている」


マントに人格を移したジェーンが囃し立ててから

できるだけ淡々と冷静に

一番痛いだろうところを指摘した。

どれだけ響いているのかは伺い知れないが、

決して平静でいられはしないのがわかる。


「言うじゃないか」


口の端から漏れ出そうになった折れた歯を手でちぎり、

シオンは淡々と言う。

圧倒していたのがさっそく逆転されてしまい、

狼狽を露わにしていたのが

すでに冷徹な仮面に戻ってきた。


「スゲーマン。あんたに聞こう。

 この世界をどうするつもりだ」


「あんたと話す口なんて、この人は持ってないわ!!

 自分の中にいるのと話してればいいじゃない」


「悪いが、俺は前世を話し相手に引っ張り出してくるほど、

 孤独に心を病んでいない」


「きぃーーー! 嘘をつけ、こんなに子供に囲まれてガキ大将しといて!

 あなた20歳超えてるんでしょう!?

 いつも遊んでるお友達の年齢を考えたことあるの? ダッサ! ダッサダッサ!!」


「話にならないな。さあ答えろ、太古の地球で至高の栄誉に与りし勇者よ」


「おーっとあたしとの舌戦にちびって難しいこと並べて

 高尚なやり取りしてますってノリに逃げたわ!!

 気をつけて! 中身があるように見えて馬鹿にしかわからないあっさいことを言い出すわよ!」


…………耳元でえらく騒ぐなあ。

僕がマントをしている時はこんなに前に出てこないのに。

マント全体でマシンガントーク形態に様相を変化させている。

僕のようにマントで飛行をさせられはしないけれども、

それとはまた別のことをやっている。

僕の代わりにメガホン役をしている。


「この時代で何をするかだよね。

 僕は特に何かをするということはないよ。

 強いて言えばジェーンを見守って助けるだけさ」


「ふふん。そういうことよ。

 この人はずっとあたしと一緒ってわけ。

 みんなに去られてしまったあなたと違ってなあ!!」


マントが腕組みをしてふんぞり返って

僕よりも前に出てきている。


「それをいつまで続けるつもりだ?」


「ずっとに決まってるでしょ!

 そんなこともわからないんだから人生無駄に過ごして

 あたしに先に国を変えられ「未定! 未定ね!!」」


マントになってから口撃の威力が上がりすぎだ。

たしかにヒーロー仲間には

とにかくヴィランをおちょくればいいという者もいるけれど、

僕個人としてはあまり口が回るタイプでないのもあって好きじゃない。

どんな時も敵の心には優しく触れられるようにしたい。


まあ彼女はシオンに家族も家も蹂躙されているから仕方ないんだけども。


「スゲーマンはいい。

 だがジェーン。お前は何故、ヒーローをやる?」


「……みんなの生活に余裕ができて別の意味で治安が悪くなったからよ」


「学院は俺が引き継いだ。政治もクレオがいる。

 シスマ以上の有能性をお前が持てるわけはない。

 自然災害や犯罪の防止と救助は結構だが、

 それは何を目的とする」


「スゲーマンがそれをしていたし。

 同じことをしたら力とか前の知識とかをもっと手に入るからだけど」


すっかり遠いことに思えるが、

スタートはそれだ。

前世である僕と心が重なればより強く深く、僕の力を引き出せる。

初めは、僕の転生先なのに彼女と会話することも出来なかった。

今はいくらでも会話ができる。嬉しい。


「違うだろう。お前がスゲーマンの人格と通じたのは

 親に見放された自分の怪物性と孤独を癒やすためだ。

 ヒーローごっこもお前が一人にならないためにやっているに過ぎない」


ジェーンが押し黙った。


「動機が行動と助けられた人の価値を損なうとは思わない」


僕が加勢するがシオンは納得しない。

彼はジェーンよりも遥かに僕と遠い気質の持ち主だ。

そこに通底する無尽蔵の傲慢さは

まさにヴィジランテそのもの。


それが敵に回る時の厄介さは僕はよく知っている。


しかし、そんなに僕という人間のメンタリティと違うのに

どうして彼はスゲーマンの力を使えているんだ?

考えれば、ジェーンだってここまで使いこなすのには

時間と行動が必要だった。


答えに行き着く前に、

僕のもう一人の転生先は

会話を打ち切った。


高く昇った満月を背後に

彼は空に浮遊してみせる。


「もういいだろう。歴史の表から消えろ。

 後は俺が引き継いでやる」


「あなた、今の世の中を壊すんでしょう」


「その方が速い。

 こっちには能力も力も知恵もある。

 少なくとも、この程度の文明力でも魔法が広まっていれば

 産業革命も可能だというのは大きな情報だ。

 俺なら全てを管理できる。お前はお払い箱だ」


「貴方の言う事を聞くと思う!?」


「お前が本当に世の中のことを思っているならな。

 俺には力がある。証拠はそう──消え去れ」


シオンが呟いた瞬間、

僕の、引いてはジェーンの腕がマントごと粒子になって崩壊した。

劇的な経緯もなく、砂の城に触れたら崩れたといった風だった。

ジェーンがいたマント、切れ端も残らずに、

存在ごと消されたかのように見えた。


「な? これからは俺の番でいいだろう」


「何だっっ!! これは!?」


突如として起きた超常の出来事。

ジェーンがいたところを腕で押さえても

彼女から何の反応も来ない。


叫べばいいのか。

悲しめばいいのか。

感情があまりのことに停止してしまう。


色々なことを経験してきたが、

腕が風化したのは初めてだ。

これは断じて僕の力ではない。


「あんたはずっと偉大なる知性と技術を恐れてきた。

 それはそうだろう。

 どうやら俺やジェーン、セイメイにクレオにストリーマーは

 “できると思ったからやりたい”という誘惑に耐えられないらしい。

 あんたのような凡人にはさぞ危なっかしく見えるだろうな」


「ジェーン……ジェーン!?」


シオンの周囲に虹色の光輝が展開されていく。

七色の光が展開される空間の一切を

削ぎ落とした結果だとわかった。

誰かが術でこれを成している。

だが今はそんなことはどうでもいい。

彼女はどこに行った。

無事なら沈黙を維持しているということはありえない。

まさか……僕の視界が明滅して、現実感がなくなる。


この予兆のなさ、予想外さは、

まさに“あの夜”のことだ。

兄弟同然の親友との対立、彼の犯した罪。

僕の眼の前で爆死した知己の人々。


「あんたがヒーローをやっていた理由はわかる。

 アークヴィランが誕生した夜、

 助けられなかった故郷の者達への罪悪感だろう」


「違う……」


吐き気が止まらず、口元を抑える。

抱きついてきたジェーンが、少しずつ話と心が通じるようになってきたジェーン。

ずっと一人で高いところに浮かんでいたジェーン。


「助けられなかったからじゃない。

 他の方法を思いつけなかったからだ。

 あの夜、なにかが、どうにかすれば、僕達は憎み合わずに済んだんじゃないのか」


僕はずっと考えている。

ヒーローをやるのも、あの夜を超えるためだった。

生きている間は無理だったが、答えはジェーンが示してくれた。


「僕はずっと考えている。

 相手を信用したまま、戦わずに、憎まずにいる方法を」


失われた肉体は再生しない。

これで初めて理解した。

僕の超再生は喪失を補いはしない。

死んでから理解するとは。


「そうか……それならいい」


指を鳴らす。

戦いが信じられない事象で中断された中では

軽やかな音が銅鑼の轟音にも思える。


シオンの動きに応じて、

眼の前で粒子が固まって、

僕の前で腕とジェーンが戻った。


血のマントに宿っている形だから

あまり無事かはわからないが、

なんとなく平気に思えた。


「どうしたの?」


僕の真っ青な顔を見て

不思議そうにするジェーンに、

問題ないと確信した。


「今、お前を粒子に分解して、

 それから再生したんだ。

 お前はすでに知っているだろう。俺の目的を。

 無策で敢行していると思ったのか。

 あるんだよ、とっておきの最強兵器がな」


虹色の粒子を操っている本人らしき者が

シオンの背後に現れた。

文字通りに、音も光もなくだ。

小柄で巨大な魔女帽子を被っている少女。

王の幻覚を作っていた人で、

フレディのアシストもしていたのはわかる。


「こいつは粒子を操る。

 普段は光子だけに限定しているがな。

 夜の砦などいくらでも集められるがこいつだけは別だ。

 この時代に生まれた前世も何も無い特別な存在」


「なんですって……?」


シオンの言葉にジェーンは憤った。


「聞こえなかったか?

 こいつがこの時代のスゲーマン相当ってことだ」


正確には違うだろう。

だか、間違いなく度を超えた最強たる存在だった。


「違うわ。あの子達のことよ。

 フレディもジョナサンもいらないっていうの!?」


「俺の経験、ノウハウの蓄積にはなった。

 こいつはロータスがいないと不安定ではあるが……。

 じきに代わりを見つけてやるから安心しろ」


「この……!!

 あの子達はどれだけ痛めつけられても貴方を思っていたのよ!?」


「だから評価した。奴らも満足したんじゃないか?

 この俺に認められたのだからな。後はお前にやるから好きにしろ」


僕の腕が引っ張られ、

これまでとは違う、

完全な怒り任せの一撃がジェーンが動かす腕より放たれる。


「クソ野郎め!!」


口撃が直撃する刹那よりも小さな瞬間。

僕の体が突き上げられた。

強烈な一発ではなく、

無数の接触によるものだった。


スゲーマンである僕は空も自由に飛べる。

空中で旋回し降りようとすると

それさえ間に合わない圧倒的なスピードと手数が全身全箇所に刺さった。


「がはっ」


ジェーンを庇い、

体で攻撃を受け止める。

止まらない無限の乱打。

何が起きているかもわからず、

月が無感情に見下ろしてくる。


「ストリーマーより聞いたぞ。

 お前たちの時代には面白い法則があったようだな」


再生も上回る超スピードの攻撃。

膝を屈して体を丸めて耐え凌ぐ。


「スゲーマンは強く、素早く、至高だ。

 だが本当の意味で最強の力、それの出来栄え、

 さらにはどのサイドにつくかで、その世界の本質がわかると言う。

 まるで万物を統べて率いる王者が資格のようだ」


虹色の淡い光が徐々に慣れてきた瞳でわかってきた。

僕の前で、子熊浪人ではない剣客と

ストリーマーがシオンの側にいる。


「ここまで言えばわかるな」


虹色の閃光が踊るように僕の周囲を舞って旋回する。

意識が絶えようとする僕を、

姿を現した虹色の魔女が拳を振るう。


「俺が手に入れたのは粒子の支配者というだけではない。

 スピードスターを駒として支配している」


それから、意識がブラックアウトした。


次に目覚めると、

敵に回っていたはずのりさ、

ストリーマーが僕の顔を覗き込んでいる。

いったい何が起きているのか、すぐには呑み込めず、

じわじわと記憶が戻ってきた。


「ごめんなさい、

 話すのが遅れてしまって」


まあ、話していないことはやまほどあるだろう。

この女性は、とにかく極まった秘密主義者だ。

そのクセに、他人の秘密は暴かないと暴れたがるからどうしようもない。

良いところはあるが……どうしようもない。


「過去に分離した私の悪側面が

 シオンを拾って指導して、ブレインになっているんです。

 スゲーマンの力も王国の秘宝である

 貴方の魂を封じたアンプルを使っているんです」


……責められないだろう時に一気に明かしたな。

普段の僕ならそこをツッコむけれども

今は疲弊しきったジェーンが心配だ。


起き上がろうとすると、

僕はとっくにマントに戻っていた。

傷が癒えたジェーン・エルロンドが頭痛によって

両目を覆った。


「疲れた」


シオンが去った中で、

彼が捨てた者達の待つ家へと向かうために、

ジェーンはゆっくりと立ち上がった。


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