【十六】これが全部
転生と言うシステムについては理解できていないが、
心の何処かで僕が転生する先はジェーン以外にいないと思っていた。
他の誰かに転生するというのは、あまりそうぞうできなかった。
しかし実際に目の前に現れてしまうと受け入れざるを得ない。
あのパワー、間違いなく僕の持つそれだった。
「俺がこの力を見せるのがどういう時か、わかるか?
相手が間違いなく絶対の未来で死ぬ時だ」
「シスマが生きてるじゃない」
「これから死ぬ。せいぜい地獄で仲良くするんだな」
「なんであたしが地獄に行くのよ。
客観的に見ても功績・人格ともにあたしより上の者がいるわけないわ。
間違いなく天国に行ってそこからシスマを地獄に迎えに行って
あなたは一人で地獄で寂しくしているがいい」
ズレた反論だが凄い自信だ。
まあこの時代なら功績に限ればそうかもしれない。
そして、こういうのは否定できないものである程が厄介だ。
謙虚さの美徳を教えられない。
そしてどうして僕の周りはいつもいつんも“欲張り”だけ知ってて
“清貧”を知らない人ばかりなんだろう。
「フン。好きに言うがいい」
獲物として使っていたスティックを投擲する。
雷鳴の速さと音を立ててジェーンに向かってきた。
速い、それに重い。
話を聞くだけで想像していたものの十倍は上。
避けられずにジェーンの肋骨に突き刺さり、
血反吐を吐いた。
かなりのパワーを引き出していた。
生前の僕でもあれを無防備に受ければひとたまりもないだろう。
ジェーンが引き出す力はというと、
多少は上がっていても僕にはまだまだ及ばない。
「どうした。
それくらいの攻撃も避けられないのか」
「ふふん。敵の体に棒を生やしたくらいで得意がるなんて
貴方のお里も知れるってものね」
まあそれは普通にマズイ状況だしね。
身内の骨と違ってただの棒だから
抜くのは簡単にできた。
そのまま投げ返す。
全力で投げたが相手は達人だ。
簡単に受け取って無造作に投げ捨てる。
「ここは君の特異体質に期待だ」
「え、そんなんないでしょ」
「この間、異世界のイソギンチャクを押し返すのに火を吐いたでしょ。
今こそ、あれをマスターすべきだ」
どうやったらいいかわからないし、
後でもう一度やろうとしてもできなかった。
だが、やってみるべきだ。
「内緒話のつもりか?」
容赦なくシオンが突撃と殴打を繰り出す。
一発一発が僕、つまりスゲーマンのパワーだ、
防御をするも威力が交差した腕を突き抜ける。
鼻から血が出て歯が根本から取れかかる。
澄ましていれば凛々しい方であるジェーンの顔面が怒りに染まった。
「この野郎!!」
両腕で相手を突き飛ばした。
眦に大粒の涙を溜めたジェーンが乱暴に眦を拭った。
こちらから攻撃を起こそうとしたら、
流れるように再度接近されて攻撃の始まりを潰された。
「まだまだ!」
脚を振り上げて何度も蹴りをお見舞いする。
前蹴り、横蹴り、回転後ろ回し蹴り、踵落とし。
どれもクリーンヒットさえすればダメージを残せる。
蹴りが強力だがそうそうは当たらない理由。
それは防ぐのが容易だからだ。
キックをしている軸足はパンチと違って柔軟には動かない。
膝を押さえられればそれで威力が止まる。
そして何よりも──
「足元がお留守だぞ」
「ぐえぇっ」
脚を上げていればどうやっても重心がもう片方に集中し、
そこを払われてしまうと呆気なく転がされてしまう。
僕がマントを動かしてシオンの前に壁となって立ちはだかる。
慌てて四つん這いになって立ち上がったジェーンが叫んだ。
「ちょっとマント! あたしを浮かせてよ!!」
「え、浮かせてよかった?」
「…………わ、わかんない!」
マントと飛行担当の僕が空を飛ばせれば
転かされても地面に頬ずりしなくていい。
しかし、悲しいことに僕はキックをしたことがろくにない。
何故かと言うとそれは他人を蹴ることは失礼にあたるからだ。
だから殴り合い以上に、
キックのアシストをどうやってしたらいいかがわからない。
「わかった、一か八かのドロップキック!!」
「声に出すべきじゃなかったな」
「うわわわ」
すぐに対応されたと察するや
ただちに無理な体勢を取ってでも停止した。
今度は僕が翼になって空を飛ばせる。
ジェーンの大きな特徴。
痛みに覿面に弱いために無駄に痛い思いをするなら
迷わずに我慢しない方を選ぶ。
僕とは正反対だ。秋田の血潮、大雪と熊のプレッシャーに耐えて
米作りをしてきた誇りがちょっとくらいの隕石なら
体で受け止めたらいいでしょという覚悟を、僕は育んだ。
しかし、この状況では
彼女のチョイスがベストだ。
不利だと思ったなら素直に引く方が
心と肉体を切り返せる。
ずっと相手への怒りと嘲りで満々にしていた戦意が、
技術面で圧倒的に上回れ、攻撃しても空を切るばかりなことに
精神的につらい気持ちになっていたようだ。
戦う気持ちはなくしていなくとも、
どう動くべきか心に躊躇いが生じてしまっている。
「どうしよう。あの野郎には
戦いの達人で超スピードと超パワーがあるじゃない。
これどうやっても勝ち目がないやつなんじゃないの!?」
「これは試合じゃないからわからないよ」
「試合じゃないから困ってるんじゃない!」
「それは違う。彼はヴィジランテの教育を受けた類の人間だ。
そういう相手とは試合形式で戦うことこそ無謀だ。
絶対に場外戦術を使われるからね」
例えば入場までの道での不意打ち、
控室に毒ガスを流すか爆破、
食事に一服盛る、SNSでの嫌がらせ、
家族を人質に取ることだってある。
過去、もう我慢ならんと正々堂々たる決闘を申し込み、
何度もストリーマーにそうやって負けた。
家族を人質に取るのは反則だろ。
親友相手にそれをやる性格どうなってんだ。
…………あのクソ野郎め、良心がないのか。
おっと、ダメダメ! 親友に汚い言葉を浮かべてしまった。
反省しなければ。
話を戻そう。
「でも何でもありの実戦は違う。
試合なら競い合うのは一種競技だけだと勘違いしてしまう。
これが全てを想定される実戦なら、人生そのものを使った戦いだ。
ヴィジランテにある最大の弱点を突くことだってできるはずなんだ」
ヴィジランテにある共通の弱点。
それは人間としての人生経験が少ないことだ。
彼らは異常なスキルを育んできた代償に
ろくに学校に通わず、友達とも遊ばず、
世捨て人相手に膨大な時間を費やしてきた。
戦い以外の要素をぶつけるのが、
ヴィジランテに勝つ秘訣だ。
僕はそれを識っている。
「……あなたはあのクソムカつくメンタルした幽霊に一度も勝てなかったって」
「ジェーン」
力強く、僕は頷きかける。
「君を信じている。
君ならできる」
「ほっ」
ジェーンの顔に赤みが差して
咳き込むように聖女の口から火が溢れた。
なんでだ。わからないけれど、これは追い風だ。
僕は火を吹けないタイプだったけれども、
ジェーンは吹けるタイプなんだ。
それって彼女には僕とは違う可能性に満ちているってことだ。
「ごらん。口から火が出た。
君は僕とは違う人間だ。
それにほら、功績で言えば君はシオンよりずっと上の社会人だと思う」
「まあ……そう言うなら考えがあるけど。
試していい? 口から火は吐かないやつなんだけど」
「もちろんだ。僕も全力で手伝うよ」
「よーし、今からちょっと思いっきりぶん殴られるわ」
「なんで?」
僕が首を傾げる前でジェーンは無計画に突撃を決行した。
当然シオンは全力でカウンターを取る。
罠、作戦なのは見抜いていても
速度と圧力が避けることを許さない。
それにカウンターを叩き込むのはジェーン相手には容易かった。
シオンの拳が空気と割り、地面に陥没を作り、
溶岩間近の岩とで聖女の頬をサンドした。
肉片が残っているのが異常なパワー。
カウンターも見事にはまっている。
「なんのつもりかは知らないが。
意識を断たれてしまっては狙いも何も無い」
嘲笑し、足刀でジェーンの頸を落とそうとするシオンを
僕が全力で掴んで投げ飛ばした。
意識の交代。今は僕がこの体を動かしている。
シオンは即座に状況を判断し、
無数のフェイントを織り交ぜて攻撃を繰り出す。
何故“無数”と言ったかというと、
全部の引っ掛けにかかってしまったので
正確な数がわからないからだ。
そして、視認できる虚実の虚、
目線、肩の高さ、重心の移動、突きの矛先、
足運びと間合いのごまかし。
全部に混乱し、僕の動きは止まる。
そうなることをとっくに見抜いていたのだろう。
ジェーンと戦うなら僕が出ることは絶対に考えることだ。
そして、必殺のコンボも絶対に考えている。
「見抜いたわ!!」
僕の右腕に血液のマントが巻き付き、
こちらの意志を超えた動きをして相手の攻撃をいなした。
普段の僕がやっているように、
血水魔法で造った首飾りにジェーンの意志が顕現している。
それだけでなく、マントを動かして僕の片腕になってくれている。
「…………!!」
額に冷や汗が流れ、
奥歯を噛み締めたホッパーが
低姿勢でタックルを仕掛けに来る。
アマレスの動き、僕には対応不可能だ。
「これがあたしの全部よ!」
戦闘の才能に抜群に恵まれたジェーンが、
僕の腕を操って転倒スレスレの角度からの深く高く上がるアッパーを繰り出した。
シオンの顎をまともに捉え、彼の体が高く高く浮かんだ。
「馬鹿な……!」
ストリーマーの訓練を受けた、
たしかに動きとやり口にその面影が強く見られるヴィジランテに驚愕と敗北感が浮かんだ。
たった一発のパンチがもろに入っただけで。
僕を何度も負かせ、人を脅しつけては
とんでもない配信業に学生生活の大半を費やさせた超人の弟子がだ。
なんということだ、とんでもなく気持ちいい。
誰か僕の転生先がストリーマーの弟子に勝っているところを配信してくれ。
どうしてこの世界にスマホがないんだ……。
もちろん、これは直接的な復讐にならないし、
彼はりさの弟子だし、シスマの弟子でもあるし、
ジェーンの許婚なんだから優しさを忘れてはいけないのはわかっているが、
生前を思い出すと「やったぜ」って思ったね。
人を殴ることに耐えられる性格で得をし──駄目だこれ以上は、
りさが僕に期待した「本性非道なモンスター」そのものの思考になる。
代わりに心のなかでガッツポーズをとっとこ。




