【十四】別だもの
「当てが外れたな。
スゲーマンは不意打ちに覿面に弱いと効いたが」
先程の感情が劇したものから、
波が引き、男はいつもの調子に戻った。
だが、ただではないことはわかる。
眉間のシワは取れず、
血走った目は力が抜けていない。
これがジェーンを子供のようにからかっていたシオンか。
少し図星を突かれただけで
あまりに動揺している。
これが本来の彼だったのかもしれない。
ジェーンに対して深いコンプレックスを抱いていたのが。
「さあどうする?
シスマから取ったのは両腕。
それなら武器頼りもネタ切れでしょう」
それはその通りだろう。
上腕骨はすでに兄弟それぞれに使われていたものを回収した。
つまり、致命傷を与えられそうなものはすでにゲットしている。
後はシオンが使ってきた指の骨などを活用した投げナイフ、
それにクマ浪人が持っていた尺骨。
シオンとしては絶好の機会を逃さず奪った
ジェーンを倒すための鈎だったのだろうが、
実際にはどんどんと残弾を浪費している。
「お前は知らないだろうな。
人を殺すには魚の小骨一つで足りるものさ」
「なんでも大げさに言えばいいってもんじゃないわ。
こっちは子供じゃないのよ。
あなたの子分と違って、こ〜ぶ〜んと」
厭味ったらしく舌を垂らして白目を剥いてバカにしている。
…………いくらなんでもやりすぎでは?
いくら憎んでいる敵対者と言えども最低限の敬意があった方が後々に後悔しなくていいと思う。
「もっと優しくしよ?」
「シスマの腕を武器にしてうちに攻め込んできてるのよこいつら!?
しかもあたしの背中にシスマの骨を生やしたのよ!?
どう考えても、めっちゃ優しいだろ、あたし!!!」
「まあそれはそうか……」
納得したので諌めるのをやめる。
たしかに身内に重傷を負わせられてしまえば仕方がないかもしれない。
「そうだな。なら、後は仕掛けを御覧じろだ」
ついにシオン、ホッパーが動きを始めた。
一振りの深い黒色をした棒を振るうと、
3倍の大きさに伸びた。
仕掛け武器だ。
しかし、ジェーンのボディにはまず効果がないはず。
ならばここは体で受け止め、相手の武器をへし折るんだ。
僕なら生前はいつもそうしていた
────それで仕込んでいたトリックに引っかかって窮地に追いやられていたってわけ。
「あくびが出るわ!」
棒による刺突を余裕を持って避ける。
その合間に蹴りをお見舞いするが
そこは避けられた。
相手はヴィジランテとして
こちらの戦い方と動きを完全に学習している。
ジェーンの高速移動でも攻撃を当てるのは難しいだろう。
それでも向こうの全てに警戒を持ち続けるのなら、
勝つのは聖女の方だ。
なにせ体力そのものが違う。根気比べで負けるわけがない。
「どれだけ棒きれを振っても無駄よ。」
棒、杖を武器とするのは
剣や槍の劣化版ではない。
持ち手を変えられる、間合いをコントロールできる。
斬ることも刺すことも払うこともでき、薙ぎ払うことも可能だ。
故にポテンシャルを活かすには熟練が要求される。
相手はそれができる力があるということだ。
風を切って斜め、前、後ろ、下、横と球体内に近い角度から
畳み掛けるように攻撃を仕掛けてくる。
僕ならとっくに攻撃をあえて受けて相手の策にはまっている。
天才である彼女は僕と同じ轍を踏まない。
「さあ、見せなさいよ。スゲーマンの力を。
其の上で格の違いを教えてあげる」
「勘違いするな、お前には使ってやる価値もない」
最強無敵の術として知られれるシスマの血を操る魔それを撃破したのが僕の力、
数ある内の怪力によるものだとは知っている。
向かい合ってよーいどんでお互いの手札を知り合っているなら
おそらくはシスマが勝っただろう。
なぜなら、こちらの血を操るという術は、
僕も抵抗不可能な代物だからだ。
しかし、シスマに直接聞かれているので、
相手が何を奥の手にしているかは知っている。
僕には力で押し切るしか勝ち方を思いつかないが、
ジェーンは賢いからもっといい方法を思いつくだろう。
「さあ武器にシスマの骨の先端を仕込んでいるんでしょう?
他にも全部使いなさい。シスマに返さないと」
「固形じゃないとしたら?」
棒を捻ると先端から骨粉が噴射された。
煙状のものが顔にかかり、
ジェーンの全身から力が抜ける。
骨を粉末にしたもの。それなら僕がマントとして
風を巻きおこせば問題ない。
「させない!」
僕が行動を起こす前に、
武器を奪って拘束をして無力化したジョナサン、
ヴィジランテ名ロータスが縄抜けをして攻撃を仕掛けてきた。
手持ちにあるのは何の変哲もない木刀。
だが、骨粉で弱体化したジェーンがもらえば痛手になる。
「シスマ!」
どこにいるかはわからないが、
いないということは、
シスマは隠れて形勢を見極めていたということだ。
ジェーンはいつでも彼女が、
自分の力になってくれると信じている。
その通りに、天井から血の糸が降りてきた。
どおだけ鍛えて技を修めていても、
少年の躯では両腕を絡めてしまえば発揮できる怪力は大したものではない。
「ふん! ほらこっちは成熟した強くて自立した大人同士の信頼関係があるのよ。
そっちみたいな子供を洗脳して依存させるみたいなねっちょりしたものじゃないわ」
足の甲でホッパーの頬を撫でるように蹴り抜こうとしたら、
ついにシオンの腕が爆発的なエネルギーを発した。
ロータス、シスマを置き去りにした攻撃。
砲弾の嵐には耐えられる設計だった邸宅を大きく吹き飛んだ。
「一人でやればよかったと言ったな。
ならお前はどうだ? 孤高の道を歩み続け、家族を狂わせて絶縁し、
その結果は頭の中に住まう前世の己と会話する異常者だ」
「…………」
静かに立ち上がり、口に入った泥の塊を吐き捨て、
ジェーンは不敵に笑った。
「それで論破したつもり?
言っておくけど、論破されてもあたしは戦うわ。
だってそれとシスマの腕を取って
子供の集団を洗脳して戦いの道具にしているのは別だもの」
相手の反応を待たずに彼女は続ける。
「でもあなたは論破されると屈辱みたいだから
ずっと刺していくわ。何度も、何度も」
…………恐い。




