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【十一】安全な天才になって帰って来るから


日が地平線に沈もうとし、

一日が今日も終わる。

王にクレームを言いに行ったというだけで

ひどい目に遭ったジェーン、ラスターの疲労は重い。


ウンカを回収し、そのまま家に帰ったジェーンは、

捕虜をシスマに託した。

それからいぶりがっこでご飯をかっこみ、

一息ついてからいそいそと10円チョコめいたチップに手を触れる。


光の粒子が集まって、

ジェーンのよく知る形が出てきた。


『やあ、白チョコちゃん。

 今度はシオンが敵だそうだね。

 すでに彼のお稚児さんを連れてきたとか、やるじゃない』


クレオが手を振ってくる。

最後に見た時よりも顔色がよくなり、

全身に少しだけ逞しさが加わったように見受けられる。

以前の彼女にあった不健康さが消えていた。


ジェーンが家に仕事とは無関係の他人を連れ込むというのは初めてのことだ。

それも少年の捕虜ともなればなおさらに。

別れ際に持たされた通信ガジェットを使うのは今日が初めてだが

使い勝手に問題はなさそうだ。


画質は僕の頃の映像通信よりも良いくらいだ。


「ええ。どうしてこんなにもあたしが

 みんなに殺意を向けられるのかわからないわ」


ついこの間、それで殺し合った当人にぼやいた。


『君がモテモテだからさ』


そう言ってクレオがウィンクをして投げキスをしてきた。

投影されたホログラムは

彼女がどこにいるのかはわからないが、

少なくとも、こちらの国にいないのはわかる。

背後からは駱駝の鳴き声が聞こえるからだ。


「今、どこにいるの?」


『べアリタ帝国の領土だよ』


「へえ、どんなところ?」


「かなり文明が発達しているよ。

 鎖国している理由がわからないくらいにね。

 まあこの星最大の国だから、鎖国と言えるのかは正確には微妙かな」


べアリタ帝国とは熊が主な人種の巨大かつ強大な国だ。

この時代、この場所が生前の僕視点では遠い未来の地球だったと知る前はわからなかったが、

僕の時代に誕生した秋田県と熊の連合王国だけはまだ残っていたらしい。

それどころか、事実上、地球のほぼ統一政府になっている。


日本で最初に消滅した都道府県である秋田県が

形を変えて世界一の強国として残っている。

なんだか不思議な気分だった。


もっと早くべアリタ帝国と秋田県の関係に気づいてよかったのでは?

と思わないでもないが、

べアリタ帝国という名前も、そこからやって来たクマも。

見たところで、秋田とも地球ともリンクがない。

歩いて話すクマがいるからと同じ地球とは限らないのだ。


色々な星を渡り歩いた僕は、

この宇宙には色んな人種や国があると知っている。

第三者にこの世界が地球と断言されないと、永遠に確信は持てなかっただろう。


「お土産待ってるわ」


『持ち出し禁止だからそれは難しそう。

 でも君を1億年生きさせる何かを見つけてくるよ』


あの戦いの後、クレオはその足で

この国から出て行った。

“愛する人に二度と手を挙げない強さを造ってくる”と言い残してだ。

大臣である彼女がいなくなった国を、どうするかは知らないが、

彼女の賢さなら僕には及びもつかない解決法があるのだろう。

王が死んでいたのはずっと前からのようでもあるし。


『それでシオンの部下を連れてきたんだよね』


「あの馬鹿野郎がもう亡くなった王の影武者をしていたらしいんだけれど、

 どういうことかわかる?」


『私も王を見ることはしばらくなかったからね

 ずっとこちらが報告をしていくつかの指示をもらうだけだった。

 亡くなって成り代わられていたとするなら、いつからかを知る術はないよ』


驚くような事実をシームレスに告げたのに、

クレオは特に反応しない。

こうなっていることを知っていたのか。

予想をしていたのか。


「王様が死んだのって……」


『シオンのせいかもね。彼は本来は革命と支配、制度の改革を求めていたから。

 だが彼が行動を起こすまでもなく、君の食料革命で世の中が一気に良くなった。

 おかげで私も他の同志も、師匠のシスマさえも、彼の革命案を降りたけれど、

 彼だけはずっと変わらずにいたんだろう』


ジェーンの知らないこと。

それを明かされて複雑そうな顔をする。

自分がどれだけ何も知らず、

周りに置いていかれていたのかがわかってしまう。


「あたしの知らないところで

 みんな色んなことをしていたわね」


寂しそうにぼそりと呟く。

家族と思っていたシスマも、親友のクレオも、許嫁のシオンも、みんながそうだ。


ずっと親しくしていた相手は独自の人生と価値観、人間関係を持っている。

それは当たり前のことだが、ずっと農場と研究室を行ったり来たりだったジェーンには

少し背伸びがすぎる概念だったかもしれない。


『そうだ。私の代わりに置いた“彼”はどうだい?

 こき使ってあげているかな』


「ああ、いえ、そんなには……。頼りなさそうだし。

 一応は護衛としてシスマと一緒にいさせているけど」


『彼は凄いよ。私と違って前世の知識を持っても、

 その辺によく転がってる程度の野心家にしかならなかったんだ。

 スゲーマンを前世とする君なら、

 その凡人たる耐久性がどういうことかわかるだろう』


よくいる野心家、その言葉。

本来は彼に断頭台の露と消されるはずだった聖女は納得しがたい。

それに、あの男はシヴィル・リーグの代表的存在でもあった。

どこにでもいるようなヴィランかというと、僕としても疑わしい。

それはそれとして、彼が前世に呑まれた頃の振る舞いは、

僕の宿敵と比べるとよくいる独裁者然ともしていた。


「あの人がスゲーマンにボコボコにされてるの見たからなあ……」


『納得できない?

 前世に頭をめちゃくちゃにされた私の有り様を見ておいて?』


「うーーーーん……クレオのことは大好きだから、贔屓目で見ちゃうのかしら」


『えーー。そんなこと言われるとくすぐったいよ』


ジェーンとクレオがはにかんで

笑顔を見せ合う。


『まあ取り敢えず彼のことはよろしく頼むよ。

 面倒を見たら絶対に応えてくれるからね。

 絶対に私より見どころあるよ』


「ハードル上げるなあ……」


『超常的な力や才気を持つ者にとって

 凡庸でいるというのは最大の強みになることがあるんだよ』


クレオの言うことは僕は理解できる。

人並み外れた能力、才能を持つ人間は

えてして“何もしない”、“力を使いすぎない”ことが

最大の試練になるものだ。


『それじゃあ、またね。

 安全な天才になって帰って来るから』


「はーい」


手を振りあって通信を切ると、

待っていたかのようにドアがノックされた。

入ってくるように促すと、

ドアの幅より横に大きい巨体が身を折りたたんで入ってきた。


クレオとの会話で話題に挙がっていた当人。


首から下を金属ゴーレムにした、

今や人体よりも機械体の方が圧倒的に割合が高い青年。

人体を持っていた時代はシヴィル・リーグを率いていた者。

名をアレンという。


「ウンカが目を覚ましたよ。

 君のメイドのシスマが相手をしている」


「ちょっと、二人きりにするのはシスマの安全を考えてなさすぎでしょ」


「羽交い締めにされているならよくない?」


「あなたねえ」


指を振って訳知り顔でジェーンは胸を張る。

物事を一から説明する先生の仕草で

アレンに教授をする。


「ヴィジランテっていうのはもうね。すっごく危険なのよ。

 一度戦ってみるとわかるけども、

 理解できない動きと仕掛けでひたすら精神を削ってくるわ。

 あらゆる可能性と危険を考慮しないと足元掬われる感じよ」


「にわかには信じられないな。

 だって、ただの人だろ」


「結局はみんな、ただの人なんだわ」


良いこと言ったぞと、

人生の先輩然とした彼女は満足気に頷いた。


前世の記憶、人格は血を媒介にして引き継ぐ。

血を全て抜かれたという彼は、

前世の記憶と人格から解放されて、

大半の知識を失っていた。


地下室に降りて、物置にしか活用していなかった空間を訪れる。

意図的に灯りが制限され、

湿度が高く、吸い込む空気に息苦しさもある。


茫と揺れる火が揺れると、

真紅の腕が振り上げられて

捕虜の頭を叩く。


繰り返し、何度も。


「さあ、今すぐにこちらの質問に答えなさい」


左肩の腕で子供の全関節を締め、

逆の手では何度も少年をぶっていた。

誰の目から見ても尋問と拷問の境目にあるような

非人道的な扱いだった。


「ジェーン様、ちょうどよかった。

 私が悪い兵士役をやりますから、

 あなたは良い兵士役をお願いします」


淡々と事務的に告げる。

血の鞭が皮膚を打つ音がして

その度に幼い子供が怯えて、身を捩った。


一瞬、度肝を抜かれて固まり、

それからキッと身内のシスマを睨みつけて、

彼女から捕虜をひったくった。


「ちょっと駄目よ! 相手は子供よ!?

 あたしが悪いやつと良いやつ両方やるわ!」


聖女は捕虜の少年を抱きかかえ、

シスマに血相を変えて怒鳴った。

主に叱られたことでメイド長は素直に下がり、

抱きしめられた子供は聖女の横顔をじっと見つめて、

急速に瞳孔が開いた。


「なんで……?」


「痛い思いをするのなんてみんな嫌に決まってるでしょ!」


どうして庇ったのかを聞きたい少年に、

ジェーンは微妙にズレた答えを出した。


今、フレディのジェーンへの好感度が大きく上がった。

これもシスマの作戦の一つなら、

本当に強かな人だと僕は内心で震え上がった。


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