表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/79

【七】調子が良くなる

頭から城の屋根に激突した。

いつものジェーンなら無傷だが、

今の彼女は弱点を突かれて肉体強度が著しく落ちている。


ともすれば首の骨を折りかねない危険な行為だ。

意識が断ち切られ、成すすべなく屋根を転がり、転がり、

すんでのところで意識が戻って屋根の縁に手をやった。

ぎりぎりのところで止まれた。

その下には10m下に石畳が敷き詰められている。


落ちたら今のジェーンでは死ぬ。

彼女はヴィジランテの訓練を受けてはいない。


僕の知っているヴィジランテはみな、

厳しい訓練によって、

人の頭をコンクリートより硬くなる角度と速度で

悪事を働く人間の頭部を何にでもめりこませていたものだ。


だが、シオンに育てられたフレディにそのような技術はない。

相手が死のうとも構わない残虐スタイルだ。


割れた屋根から起きる。

動こうとするジェーンの肩に激痛が走った。

マントの付け根に短刀が半ばまで刺さっていた。


「痛い……!! 痛すぎる…………!!」


気質として痛みにすこぶる弱いジェーンが頭に手をヤッてしくしく泣いた。

だが、それだけで済んでいる時点で大したものだ。

着実に“僕達”の戦いに慣れてきている。

人体はヒーローの戦いにおいて正しき心が強い頑丈さを敵にも味方にも与える。

特に根拠はなかったが、僕はそう推測しているのだ。


「んもう。前に貴方を助けてあげた人でしょうが……

 なんてことをしてくるのよ!」


「誰も頼んでなかったの、覚えてない?」


「人の胸元を鼻水まみれにしておいて……!

 悪い大人の言うことなんて無視しなさい!」


「あの人のことを悪く言うな!」


「言うわよ。なんか貴方達の扱いが妙にゴツくて嫌な感じだったし!

 なんか力ありますよを見せつけてたのすっごくうえぇってなる。

 あいつ絶対に肩を抱く時に妙に手に熱が入っているタイプよ、死んでくたばれええ!!」


自分の身体を自分で抱きしめて

全身に鳥肌が立っていることを訴えた。


「のたれ死ぬか殺されるしかなかった僕達兄弟に……戦う力をくれた人だ」


そう呟く10歳になるかどうかという幼い子どもの顔には憧憬と畏怖がある。

この顔に説得を効かせるのは骨が折れるに違いない。


「あたしはラスター。

 あなたも名前は決めてるでしょ?」


「ウンカ」


「おえええええええっ!!!!」


これまでで一番の不快感に、

その場で戻しそうになってしまった。


「マスターはホッパー、兄はロータス」


「げぼぼぼぼぼ」


さらに名前を聞いたせいで、

その場で胃液を吐いてしまった。

王城の屋根に聖女の胃液が飛び散り、

傾斜を流れて滴り落ちていく。


稲の栽培に関わる者にとっての大敵と言っていい虫を

ヴィジランテのネームに採用しているのだ。

これもシオンのジェーンへの嫌がらせの一環なのだろうか。

どれも稲を喰って枯らし、農家の努力を無に帰し、彼ら/僕らを殺す代名詞だ。


「おれ達はあの人の一番弟子だ。

 あんたを倒して俺の有用性を証明してやる」


激痛で思考が斑になっているだろうジェーンへ

ウンカが極細の鈎爪を取り出す。

急所や隙を突かなければ大人の肉体に有効な傷もつかないだろう。

普通は選ばない武器だ。つまり、それを通す技術がある。


仮装少年としてパーティに出そうな出で立ちが、

攻撃体勢に映ると、たちまちいっぱしの強敵のプレッシャーを発する。

さながら獲物に飛びかかる飢えた狼だ。


「見た目に惑わされたらいけないよ。

 僕は9歳児に負けたことが普通にある」


「どうやってって言いたいところだけども……」


肩に刺さった刃を抜こうか抜かまいか、取手を握って離してを繰り返す。

愛する者の骨が刺さってる状況では、

彼女は僕の力を使えない。絶体絶命だ。


「僕なら降参をする」


「誰が!!」


「今のところはこちらの命しかかかっていないし、

 彼が悪い人だとも思えないからね。

 それと、前もって言っておくと、僕はヴィジランテと戦っては負けて

 なにかにつけて理不尽にイジメられてきたことで、

 彼らとの戦い方がさっぱりだ。もう喧嘩になった瞬間に、

 心の奥底で“どうせまた負けるんだよ、チェッ”って臍を曲げていたところがある」


本当はもっと落ち着いた状況でカミングアウトしたかった。

しかし、今は状況を選んでいられない。

超常的な技術と戦略眼、そしてバトルセンスを持つ彼らは、

僕にとってはまさしく天敵。

言うなれば病弱少年が体育の時間にガキ大将を相手にするようなもの。


「…………それをどうしてあたしに?」


「君は僕じゃない。それはこれまでも繰り返し証明してきた。君がね。

 だから、君自身の力で彼らに勝利するんだ。

 僕はまったく力になれないと思ってもらおう。

 何故か? 彼らにイジメられたからだ」


「まあ戦いで貴方を頼るのはお門違いというのはわかってきたわ」


脂汗を垂れ流しにし、唇から赤みがきえようとしているジェーンが苦笑した。


「ごめんね」


「いいのよ。わかってきたけど。

 あたし、貴方が近くにいると思うだけで

 調子が良くなるみたいだもん」


ウンカよりもずっと子供っぽく笑いかけてくれた。

失望させていないようで安心する。

期待されていないだけ、とは思わない。


ジェーンはマントを肩から外して腕に巻き付けた。

これで攻撃を受け止めるつもりだろうか。

僕にはわからないが、彼女を信じる。


ジェーン・エルロンドなら

僕のトラウマ、ジンクスを跳ね除けてくれるはずだ。


「最期の会話は終わった?

 それじゃあ───行くぞ!」


高く上がった太陽を背に、

後光を小さな体躯が遮ってウンカが跳ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ